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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章47話 全てを出しても足りぬのなら

 それは、東洋の国ラプスへと向かう道中の船の上での出来事。

 俺がクレアと共にレンから剣の師事を受けていた時のことだった。



 『自分の全てを引き出しても勝てぬほどの相手、か……』



 クレアから飛んできた質問に、レンは顎に手を当て暫し考える。



 『それなら簡単だ。それほどの相手であれば戦わずして逃げれば良い』



 そうして、僅かな間の後に返ってきた答えは、あまりにも雑で、拍子抜けするような回答だった。

 俺もクレアも同じように目を丸くし、言葉を失い、口を開けて呆然とレンを見つめる。



 『フフッ、冗談だ。そんな顔をするな。確実とは言い切れないが、勝つための方法ならちゃんとある』


 『な、なんだ……冗談ですか』


 『あまりにも当然といった感じだったので、ちょっと信じちゃいましたよ……』



 すると、そんな俺とクレアの表情を前にし、レンはクスリと悪戯な笑みを浮かべる。

 レンからの唐突な悪ふざけに不意を突かれ、完全に信じきっていたがゆえに俺とクレアはどっと疲れたように肩を落として苦笑いを浮かべた。



 『……それで、本当はどういった方法があるんですか?』



 三人で笑顔を見合わせた後、俺は気を取り直してレンへと問い掛ける。



 『……確実に使える、とは言い切れない方法だから、その方法を知っていれば誰にだって勝てる、などとは慢心しないで欲しい』



 すると僅かな間の後、レンは真剣なものへと表情を変え、注意が必要であるということを前置きする。

 そんなレンに、俺とクレアは言葉なく首を縦に振り、一言一句逃すまいと静かにレンの回答を待った。



 『……勝つための方法は至極単純だ。持ちうる力全てを使いこなしても叶わぬのであれば、相手の力を使えば良い』


 『相手の……』


 『力……?』



 僅かな沈黙を破ってレンはようやく問いに答えを示し、俺とクレアはその言葉に疑問符を浮かべる。

 戦いに慣れていない俺にとって、示されたその方法は想像し難いものだった。

 すると、俺とクレアが難しい顔をしているのを見て、レンは静かに微笑を浮かべる。



 『まあ、言葉で説明するより実際に見て、体感する方が早いだろう。シンジ、私に向かって剣を振り下ろしてみてくれ』


 『えっ……は、はい』



 木剣を構えながらそう言い放つレンに従い、俺は万が一にもレンが傷付かぬようにと配慮しながら手にする木剣を軽く振り下ろす。

 カンッ。

 木と木のぶつかり合う小気味の良い音が鳴り響く。

 レンは剣を頭上で横にして構え、振り下ろした俺の剣を受け止めていた。



 『……あの、これでどうすれば?』


 『ではシンジ、私を押し倒すくらいの勢いで目一杯力を掛けてみてくれ』


 『えっ……あ、はい』



 疑問符を浮かべる俺を気にすることなく、レンはさらなる要求を告げた。

 言われるがままに頷き、俺はグッと手にする木剣に力を込めてレンを押し込む。



 『なッ……!?』



 するとその瞬間、俺の体は成す術もなく宙を舞い、頭が理解する間もなく、俺の視界はぐるりと回転していた。



ーーーーー

ーーー



 (そうだ……! 俺の全部を出し切っても足りないのなら……!)



 腰を入れ、足を踏ん張り、全力で押し返そうと力を込める。

 すると、力が膨れ上がってくるのを感じたモルダは、さらなる大きな力で捩じ伏せようと、より大きな重みを掛けてくる。



 「……ッ!?」


 (相手の力を使えッ!)



 その瞬間に、俺は記憶に残る術を以て切り返した。

 相手の力の増幅に合わせて自ら膝を崩し、床に背中を付け、有り余る力の制御が出来ずに前のめりになるモルダを誘い込む。

 そして、巴投げの要領で無防備となっている腹部へと足を捩じ込み、蹴りを放つようにして俺はモルダを投げ飛ばした。

 腹部への痛みに顔を歪めながら宙を舞い、モルダは受け身を取ることも出来ずに床に背中を打ち付けると、小さく苦悶の声を漏らす。

 それを耳にしながら俺はだらだらと体を起こし、荒い呼吸を響かせながらモルダへと視線を注いだ。



 「ハァ……ハァ…………ぐぅッ……!」


 「……!」


 (息が乱れて……!)



 悔しさや怒り、苦悶といった、様々な感情がない交ぜとなった声を響かせながら、モルダは荒い呼吸を響かせて立ち上がる。



 (あいつも人間だ。これまでのダメージが効いていないわけないよな……!)



 着実に体力が削れている。

 その事実を確かめ、体の内からは尽き掛けていた力が僅かに溢れ始める。

 数瞬前には遠く離れたかのように思われた背中はすぐ目の前だ。

 あと少し手を伸ばせば必ず掴み取れる。

 そう思えば思うほどに、心に溢れていた諦念はみるみる内に掻き消えていった。



 (終わらせる。攻めるチャンスはもう、ここしかない……!)


 「ハァァアァッ!!!」


 「……ッ!」



 息吐く暇を与えてなるものか。

 そんな思いを抱きながら、俺は準備の整わぬモルダへと駆け出す。

 焦りを垣間見せながら剣を構えるモルダに対し、俺は両手で握った剣を力一杯に振り下ろした。

 受け止め、弾き返し、斬り返す、そんな一連の行動を繰り返すような、単純な剣劇を俺とモルダは繰り返し続けた。

 互いに小技を挟む器用な戦いをする余裕は残されていない。

 今にも倒れそうな体に鞭を打ち、心に檄を飛ばして剣を振るい続ける他に、俺たち二人のどちらかが戦いに勝利するための術は残されていなかった。

 何度も、何度も、何度も。

 互いの刃は火花を散らすようにその身を削り、血肉を求めて甲高い声を響かせる。



 『ここから出して……!』


 「……ッ」



 剣劇の音が響くほどに、牢に囚われていた日々の記憶が蘇る。



 『ごめんよ……』


 「……ッ!」



 滲んだ血が雫となって滴るほどに、無力さに頬を濡らした記憶が蘇る。

 剣を振るう腕は、それを握っているのかすらわからぬほどに、限界をとうに越えていた。

 しかし、忌まわしき数々の記憶が止まるなと背中を押すかのように、俺の腕が力尽きる瞬間は一向に訪れることがなかった。



 「うぉァあぁぁあッ!!!」


 「……ッ!」



 記憶を切り裂くように、掻き消すように、俺は咆哮を上げて剣を振り払う。

 すると互いの刃が衝突した瞬間、僅かに振り遅れたモルダの手からはナイフが離れ、宙を舞ったそれは勢いよく壁へと突き刺さる。

 モルダは状況を理解出来ていない、そういった様子を表情の全面に映し出していた。

 体は開き、上体は浮わつき、まともな思考すらままならぬほどに疲労が蓄積した体では体勢立て直すことなどもう不可能。

 俺は最後の一歩を大きく踏み込んだ。



 (迷うな……! 進めェッ!!)


 「うぁあぁぁあッ!!!」



 同じ過ちなど繰り返すな。

 そう自分を叱咤し、モルダの心臓目掛けて切っ先を傾ける。

 徐々に剣の先はモルダへの距離を詰め、しかしながら、モルダのもう一方のナイフがそれを防ごうと動き出すことはない。

 瞳に映る光景は、全てがスローモーションのように映っていた。



 「……ッ!」



 剣から手へと、肉を貫く感覚がハッキリと伝わってくる。

 傷口から溢れた血は刃を伝って手を濡らし、床を打つ金属音が響いた後、俺の体には大きな重たさが寄り掛かってきた。



 「リゼ……今、そっちに…………」



 そして、モルダは虚ろな瞳でそう呟くと膝を折り、力なく滑り落ちてドサリと音を立てて俺の真横に倒れ付した。



 「ハァ……ハァ……」



 辺りには俺の荒い息遣いだけが何度も何度も響き渡る。

 だがしかし、自らのその呼吸も、モルダが響かせた音も、俺の耳にハッキリと響いてはいなかった。

 視界は地震に見舞われているかのごとく、激しく、小刻みに揺れている。

 体力の喪失によって正常な意識を保つことが出来なくなったのだろう。

 体を支える力もみるみる内に抜けていき、誰に小突かれるわけでもなく体はフラりと傾いて、痛みを感じることもなく、俺は床に強く全身を叩き伏せた。

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