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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章9話 オークション開催

 捕らえられてからどれほどの時間が経っただろうか。

 再度、牢へと納められてからというもの、モルダたちは牢の外から俺の様子を確認することはあってもその扉を開くことは一度としてなかった。

 逃げ出す機会を与える隙すら貰えなくなった俺は、思考するという気力すらわかなかった。

 数時間の時を隔てる毎に与えられる僅かなパンと水で空腹を紛らわしながら、俺はただただ時間が過ぎていくのを待った。

 すると、静けさに包まれていた地下に反響する足音が響き渡り、その音から数瞬後、俺の耳には金属音が響き渡り始める。



 「……さあ、出なさい。あなたのご主人様になられる方々がお待ちかねよ」


 「い、嫌だ! 僕をおうちに返して!」


 「……!」


 (あの子の、声だ……)



 キィという扉が開かれる音の後に響き渡った叫びは、記憶に残る少年のものと同じ叫びだった。

 嫌がる少年を無理矢理引き摺り出そうとする音、それをする女性の声に、俺はそれが何を表すものなのかを悟った。



 (そうか……今日が、オークションの日、なのか……やっぱり俺は、この世界でも金の道具として……いや、もっと酷いか……俺、奴隷なんだもんな。金の道具だけじゃない……本当に、ただの道具として扱われるんだろうな……)



 少年の泣き叫ぶ声が響き渡り、それに苛立ちを見せる女性の声が響く中、その次には木製扉が開かれる音が響き渡る。

 心が痛むような叫びは徐々に遠ざかっていき、そしてしばらくの時を経て、その声は完全に鳴り止んだ。

 しかし、少年の声が鳴り止んでからも、同じように連れ出そうとする声が鳴り止むことはなかった。

 流れ作業のように荒々しく接する声は途絶することなく何度も響き渡る。

 そして、その声は徐々に徐々に近づいてき、足音によるカウントダウンはゆっくりとゼロへと時を刻む。

 そうして静かに音を待ち続けること数分、牢の錠を解く音が響き始め、キィという扉が開かれる音に俺はゆっくりと視線を眼前へと向ける。



 「あなたで最後ね……今日は暴れないでちょうだいね? 面倒だから」



 すると、そこには手錠を手にして微笑むモルダと付き添いで来た様子のリゼの姿があった。

 扉が開かれた今、これが最後の逃げ出す機会となるであろうことはわかっていた。

 しかし、俺は二人を押し退けて逃げ出そうということはしなかった。

 それは気力が尽きたからではない。

 二人が今までにないほどに警戒を露にしていたからだ。

 力で負け、人数差で負け、劣悪な環境で数日過ごして体力もまともにない上に、対する相手に油断の色は感じられない。

 どう足掻いても逃げ切れる様子の感じられない状況を前に、それをすることが無駄だと悟ったがゆえの諦めだった。

 俺はされるがままにモルダに手錠を掛けられ、それと結び付く鎖を引っ張られるのに従って立ち上がって二人に連れられて歩み始めた。


 連れられていく場所は記憶に新しい通路だった。

 階段の横に延びる通路、かがり火が揺れる、木製扉の先にある長い一本道を、俺はモルダに引っ張られながらリゼに背後を取られた状態で言葉もなく歩んでいく。



 「それにしても、一週間も経たない内にオークションを開くっていうのに、よく人が集まったわね。皆そんなに金を持て余してるのかしら?」


 「そりゃそうでしょう。人を買うだけの余裕があって、その上で贅を尽くした生活ができるくらい私腹を肥やしている人たちよ? たった数日の内に大金を叩くことくらい大したことじゃないのよ。それに、開催を知らせる手紙に滅多に手に入らない代物が入荷したって書いておいたもの。そういったものには目がない人種だから集まるのは当然のことよ」


 「なるほどね。確かに、そんなことが書いてあったらこぞって寄ってくるはずだわ。それに、買わずとも興味本意で見に来たっていうのもあるだろうし」


 「そういう理由もあるでしょうね……買ってもらわなきゃ困るけど」



 そんな俺とは対照的にリゼとモルダの二人はオークション会場が賑わっていることに話の花を咲かせ、その声音には、どこか嬉しそうな雰囲気が垣間見えていた。

 そうして二人の対話を耳にしながら歩くこと数分、視界には再び木製扉が姿を現す。

 しかし、その扉から感じられる雰囲気には、以前訪れた時のものとは明らかに違うものがあった。

 扉を開かずとも聞こえるガヤガヤという多数の話し声、その先には進みたくないと心が強く訴えかけてくるほどの暗く重たい空気。

 それらの要因は視界に映る扉に黒いオーラを纏わせ、俺の瞳にはその姿はまるで、死へと誘う魔物であるかのように映っていた。

 俺の足は自然と止まった。

 先頭を行くモルダがその扉を開けて一歩足を踏み入れる光景を目にしても、足に根が生えたかのごとく、付き従う一歩が出なかった。



 「……! こんなところで立ち止まらないでちょうだい」


 「……ッ!」



 すると、扉を開けて数歩踏み出したモルダは鎖が張るという異変に気がつき、乱雑に鎖を引っ張って俺を引き寄せる。

 そして、そのまま急かすように鎖は引っ張っられ、リゼが両脇に並ぶ一つの牢の扉を開くと、俺は投げ捨てられるように、乱暴に牢の中へと押し飛ばされた。



 「そこで大人しく待っていなさい」



 モルダは短く言葉を残し、リゼと共にその場から去っていく。

 俺はもう全てを諦め、言葉なく、立ち尽くしたまま静かに床を眺めた。



 「お兄ちゃん……?」


 「……!」



 すると、俺の耳には唐突に聞き覚えのある声が響き渡る。

 間近と言えるほど近くの距離で響き渡ったその声に、他の人の存在が一切視界に入っていなかった俺はゆっくりと顔を持ち上げて声の方向へと首を傾けた。



 「……大丈夫?」


 「……ッ!」



 同じ牢に納められ声を掛けてきたのは、記憶に強く残る少年だった。

 俺はこの数日の間に聞いた言葉でで最も優しい言葉を、まだ幼いにも関わらず不幸な境遇に見回れ、自分自身も辛い気持ちであるはずの少年から投げ掛けられたことに俺は胸に熱い気持ちが込み上げてくる感覚に襲われる。



 「……ごめん、ごめんよ……助けてあげられなくて、ごめん……!」



 俺は崩れるように膝を着き、床に手を着いて座る少年にすがるような形で、涙を溢れさせながら噛み締めるように謝罪の言葉を呟く。

 自分の無力さに対する悔しさからか、少年から与えられた暖かさによる心の充足に依ったものかは定かではなかったが、涙は止めどなく溢れ出た。

 止めたくても止まらず、視界は涙にぼやけ、何もかも鮮明に映ることはない。

 少年がどういう表情をしているのかは今は確認ができないが、少年は体を動かすことはなく、言葉も発することはなかった。

 そんな中、俺の耳にはオークションの開催を知らせる司会者の演説と、それに盛況する大勢の人々の声が響き渡った。

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