三章45話 全身全霊
膨大な広さがあるとはいえない一本の廊下。
そこで戦いを繰り広げるレンとセンドウは、互いに一歩も退かぬ剣劇を繰り返し、絶え間なく身を削り合う金属音を響かせ続けていた。
そうして幾度とない剣劇を繰り広げた後、二人は示し合わせたかのように飛び退いて終わりの見えぬ戦いに一呼吸を挟む。
「……解せんな」
「……?」
すると僅かに一言、レンは目を細めながらセンドウへとおもむろに疑問を投げ掛ける。
あまりに唐突な質問に、センドウは言葉を返すことなく眉を寄せる。
「あなたはシロウを倒すべくして私たちの前にやって来たのだろう? だが、その割には実力は私と同等程度しか持ち合わせていない。シロウとは一合交えた程度だが、それでも実力差がハッキリと感じ取れるほどにはシロウには計り知れないものが感じられた……私と拮抗する程度の実力であれば、シロウには到底勝てるとは思えんのだが、あなたは本当に勝つつもりでこの場にやって来たのか?」
過去の時点で既に大差があった。
その話を知っていたからこそ、レンはセンドウに対して強い疑問を抱いていた。
勝つための秘策が、冷静さを欠如させること、だけなはずかないと。
すると、レンの問いを耳にしたセンドウはフッと微笑を浮かべる。
「勝つ算段がなければノコノコとこの場にやって来るわけがないでしょう? その疑念、今ここで晴らして差し上げましょう……!」
そして、否定を返すや否や、センドウは自ら駆け出しレンへと詰め寄り始めた。
迫るセンドウに対してレンは剣を構え、腰を落とし、どこからでも掛かってこいと言わんばかりに鋭い視線を投げ掛ける。
すると、互いの刃が届く距離まで迫った瞬間、センドウは素早い動きで刀を持ち上げると、間髪入れることなくレンへと鋭い一振りを振り下ろした。
振り下ろされる刀の軌道をすぐさま読み取り、レンは剣を横に構えてそれを受け止める。
金属音と共に幾度目となるかもわからぬ鍔迫り合いを繰り広げ、競り合う二人はそこで硬直した。
しかし、その光景も僅かに一瞬。
無駄な時間だと言わんばかりにレンは力強く弾き返し、二人は二度、三度と互いの剣を弾き返し合う。
まるで今までの光景の複製を映しているかのように。
すると、同じことの繰り返しでは均衡を崩せぬと踏んでか、レンは変化をもたらせんとして一歩深く踏み込み、刀を叩き折らんとしてこれまでよりも強い一振りを振り払った。
二つの刃が交わった瞬間、一際大きな金属音が鳴り響き、今まで以上の強い衝撃を受け、センドウは弾かれてよろめく。
そんな僅かに生じた隙を立て直さんとして、センドウは飛び退きながら近付くなと言わんばかりに腕を振り払った。
「……ッ!?」
すると、その行動に脊髄反射したかのような反応速度で、レンはセンドウに届かぬはずの刃を振り払って空間を切り裂く。
しかし、その行動に伴って鳴り響いたのは、虚しく空を切る音ではなく、甲高く小さく鳴り響いた金属音だった。
微塵も動揺することなく落ち着き払ったレンに対し、自ら仕掛けたはずのセンドウは対照的に驚愕を露にした表情を見せる。
「……まさか、今のが見えたのですか?」
「やはり、今のが秘策か……無論、見えていたさ。いや、正しく言うのであれば知っていた、だな」
未だ驚きを隠せぬと言った表情で問いを投げ掛けるセンドウに対し、レンは感情もなく淡々と受け答える。
「その毒針を用いた戦法はフェイ・ウィンリーから受け継いだのであろう?」
「ええ、その通りですよ」
「であれば、避けられた理由などもうわかるはずだ。私は一度やつと戦ったことがある。あの洗練された暗器裁きを一度目にしていれば、今のわかりやすい奇襲など当たるわけがないだろう……もし、あれが当たる相手がいるとすれば、およそ、あなたがそんな手法を取ってくるとは思ってもいない、冷静さを欠いたシロウくらいだろうな」
「……まあ、わかってはいました。こんな小賢しい真似はシロウのためだけに用意していたようなものですから。このような付け焼き刃が、あなたほどの一流相手に通じるはずがないことくらいね」
バカな真似をした。
そう言うかのように、センドウは自らを笑うように僅かに笑みを浮かべる。
「……さすがに時間を使い過ぎていますね。この戦いももう終わりにしましょうか」
そして小さな間の後、センドウはおもむろに刀を鞘へと戻し、腰を深く落として構えながら瞳を閉じ始める。
「……お見せ致しましよう、私の全身全霊を」
「……ッ!」
(空気が変わった……どうやらこれは、こちらも腹を括らねばならんようだな)
センドウが瞳を閉じて言葉を紡ぎ終えた瞬間、滴る汗が床に落ちる音でさえ煩いと感じるほどに、辺りはこれまでの戦いが嘘であったかのような静けさに包まれ始めた。
寒気すら感じるほどの空気の変化を前にし、レンは腰を落としながら剣を構えて静まり返り、自ら動けぬ金縛りにでも会ったかのように、センドウへと向かって鋭い警戒の視線を注ぎ続けた。