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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章44話 届かぬ一歩

 四肢の全てを武器として使い、剣劇の隙間に体術を挟めてからというもの、防戦が多いことに変わりはないが、それ一方という戦況ではなくなりつつあった。

 身を屈めることで体当たりを仕掛けることを意識させ、それに身構えたところに剣を振り上げる。

 畳み掛ける剣劇をいなしながら隙を伺い、僅かなチャンスに合わせて足を振り払う。

 そんな、上下左右に意識を分散させることで戦いの幅を広げる戦法は、相手にいくつもの択を用意させることによってありとあらゆる可能性を考慮させ、行動に迷いを生じさせる結果をもたらすこととなっていた。


 しばらくの間、俺とモルダは互いに言葉を交わすことなく命を奪い合うことだけに神経を研ぎ澄ましていく。

 二つの荒ぶる息遣い、その身を削り合う金属音、床を幾度となく踏み鳴らす激しい足音。

 それら三つの音ばかりが俺たちの戦場には響き渡り続けていた。

 端から見れば俺がやや劣勢に映るだろう。

 知っている人が見れば十分すぎるくらいの善戦を繰り広げているように見えるだろう。

 だが、それもほんの僅かな間だけのことだった。



 (クソッ……! あと一歩が届かねェ!)



 モルダのバランスを崩し、そこに追撃を仕掛ける度、惜しいと心で叫ぶような場面は何度も訪れていた。

 服を掠め、肌を切り裂き、流血させることまでは叶っていた。

 だが、全てそこまでだった。

 どれだけ手を伸ばしても指先を掛けることしか叶わず、その背中をグッと掴むことは出来ずにいた。

 そしてその現状は、次第に俺へと焦りをもたらせる。

 戦えば戦うほどに手の内は悟られ、一度上手くいっていた戦法も次第に避けられ始めていた。

 武術も剣術もどっちつかずの俺にとって、それは次々と武器を取り上げられていっていることに他ならない状況。

 どれだけ上手く立ち回れていたとしても、武器を失えば体力でも腕力でもモルダに遥かに劣る俺には勝てる可能性など残されてはいなかった。



 「随分と一丁前な戦い方をするわね……! でもそんな付け焼き刃、いつまで保つのかしら?!」



 俺の戦い方にも徐々に順応し、余裕が現れ始めたモルダは、俺にさらなる焦りをもたらせんとして煽り口調で問いを叫ぶ。

 だが、そんなことに応えている余裕も、答えを考える頭も今の俺に残されてはいなかった。



 (クソッ……! ここまで頑張ったのに、俺はこいつには勝てないのか……!?)



 そうして劣勢さが増していく戦いを続ける内、戦況は最初の防戦一方の状態へと元通りとなっていく。

 今の俺は、諦め切れないというその思い一つだけで戦い続けていた。

 ただただ必死に今をもがき続け、少しでも歯車が狂えば一瞬にして終わりを迎えてしまうような、そんな敗色濃厚の死合を引き延ばし続けることしか出来なかった。



 「……ッ!」


 (しまッ……!?)



 だが、そんな戦いを繰り返し続けるなど不可能な話だった。

 モルダの追撃を弾き返すために振るい続けていた腕は悲鳴を訴え始め、それによって生じた一瞬の遅れは力量差という大きな壁によって取り返しが付かない失態を呼び込む。

 遅れた一振りは軽々と弾き返され、それによって開かれた俺の上半身は、どうぞ攻撃してくださいと言わんばかりの大きな隙をモルダへと晒す。

 すると、絶好のチャンスを目の前にし、モルダの口許はニヤリと歪んだ。



 (逃げなきゃ……!)



 このまま堪えようとしては殺られる。

 そうハッキリと認識した俺は、間合いを取らねばならぬと、焦りを感じながら後方に飛び退く。

 しかし、好機を前にしたモルダはそれを許してはくれるはずもなかった。

 それはお見通しだと言わんばかりに早まることなくモルダは俺の行動を見極め、僅かに離れたその距離を焦ることなく確実に詰めてくる。

 そして、避けることなど出来ぬような距離まで詰めた瞬間、モルダは体の全ての力をそれに注ぐように、両刀を高々と持ち上げてそれらを同時に勢いよく振り下ろした。



 「……小賢しいことはもう、終わりにしましょうか」


 「……ッ!」


 (ヤバい……! 腕が、保たない……!)



 咄嗟に頭上で剣を横に構え、どうにか致命傷を負うことだけは防ぐことが出来た。

 しかし、今の俺にとってこの状況は敗北を意味しているようなものだった。



 (ダメだ、殺される……!)



 体力も底を着き、腕の力もなくなり、弾き返すこともバランスを崩させることも叶う未来が見えない。

 ただただ瞳に映るのは、血を求めるように妖艶な輝きを放つモルダのナイフだけ。

 もう楽になれという悪魔の囁きと共に、俺の心には強い諦めの念が膨れ上がり始める。



 『……もし、それでも勝てないような強い人が相手だったら、どうするんですか?』


 「……ッ!」



 そんな俺の脳裏に一つの記憶が蘇る。

 それは、クレアと共にレンに剣の稽古を付けて貰っていた時の出来事。

 まるで、諦めないでくださいと言わんばかりに、その記憶はクレアの声を以て、鮮明にフラッシュバックしてきた。

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