三章42話 理由
鋭く振り下ろし、力強く薙ぎ払い、レンは絶え間ない剣劇の嵐をセンドウへと仕掛けていく。
しかし、そこは国随一の知名度を誇る剣術師のセンドウ。
剣を振るうほどに勢いを増すレンの猛攻を完全に見切り、悠々と全てを受け流していたていた。
そして、猛攻の間隙を縫うように自らの一振りを差し込み、守るばかりではないと言わんばかりに、完全に五分と言える戦いを繰り広げていた。
そんな均衡を保つ戦いは、数瞬の間繰り広げられた末に唐突に終わりを告げる。
二人は示し合わせたかのように同時に剣を振り払い、互いの力が衝突して弾かれた刹那、二人は同時に後方に飛び退いて間合いを取って、息着く暇もなかった戦いにようやくと言える休息の時間が訪れる。
言葉もなく、全力で敵を討ち取ろうと剣を振るい続けていた二人は乱れた呼吸の音を響かせて静かに見つめ合う。
「どうして……」
「……!」
すると唐突に、スッと剣を下ろして戦いの構えを解いたセンドウは、静かな口振りでおもむろに問い掛け始める。
レンは予期していなかった状況を前にピクリと反応を示すが、口は閉ざしたまま、いつ仕掛けられても問題ないと言わんばかりに剣を構えてセンドウへと視線を注ぐ。
「あなたはどうして、シロウに手を貸して……いえ、少し違いますね。どうして、この国には関係のないあなたが、私たちの邪魔をするのですか?」
そんなセンドウからレンへと紡がれた言葉は、抱いても当然と言えるような率直な疑問だった。
センドウから見れば、異邦人であるレンは国の問題に関して部外者そのもの。
自身の命も危険となるような事件に首を突っ込むことなど、自殺しようとしていると言っても過言ではない。
その理由を知りたいと思うのは特段、不思議なことではなかった。
「……フェイ・ウィンリーは、私の国で罪を犯していた。そんな輩がこの国でもまた一つ、罪を犯そうとしている。否、現行で罪を犯している……そうとなれば、それを止めるためにシロウに手を貸すのは別に不思議なことではあるまい?」
「……そうですか」
レンの返答を耳にし、センドウはなるほどと言った様子で小さく頷く。
そして僅かな間の後、小さく落とした顎を持ち上げて顔を上げると、再びレンへと真っ直ぐに視線を注ぎ始める。
「……それならば、なぜ私とシロウの戦いを止めたのですか? フェイさんを止めたいと言うのであれば、わざわざ私たちの間に水を指してまで、こんなところで足踏みしている必要などないと思うのですが?」
こんなことは無駄だ。
そう言うような問い掛けだった。
「聞こえていたろう? あなたを前にしたシロウは冷静さに欠けている。そんな状態で戦っても勝てるものも勝てないのだと。それに、フェイ・ウィンリーは私よりも遥かに強い。シロウなくして勝てる相手ではないことは明白だ。やつを止めようとするのであれば、ここでシロウを失うわけにはいかないのだよ」
「なるほど……自らの思惑を遂行し、尚且つ私たちの企てを完璧に阻止するための選択ですか。見掛けに寄らず、至極強欲な考え方をするのですね」
すると、レンからの返答を受け、センドウは嘲笑うようにフッと微笑を浮かべる。
「ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが、あなたは今でもその策が成功すると強く信じておられるのですか? これまでの戦いでハッキリしたでしょう。私たちの間には全くと言っていいほどに実力に差はない。私に勝つことが前提となっているその策は、このまま続ける必要性などあるのですか?」
そんなセンドウから紡がれた言葉は、遠回しな要求だった。
これ以上は無駄だからもう邪魔をするな。
そういった意志が言葉の端から見え隠れしていた。
すると、そんなセンドウに対し、レンは世迷い言をと言わんばかりに微笑を浮かべる。
「何があっても勝てる、などとはハッキリと言い切ることは出来んさ。だが、負ける自信は毛頭ない。負けさえしなければ勝つ可能性はいくらでも残っているのだ、それだけでも十分に続ける理由になろう?」
そんな返しがされるとは思ってもいなかった。
センドウの表情はそう訴えているようだった。
僅かな間の後、センドウはクスリと広角を上げる。
「……確かに、そんな自信をお持ちなのであれば、反論のしようがありませんね。余計なことをしました、続きを致しましょう」
「そうだな」
そして、笑みを浮かべたまま二人は再び剣を構え始め、二人の間には一時の静寂が訪れる。
「……ひとつ」
「……!」
一滴が滴る音で再戦の火蓋が切って落とされる。
そんな空気が漂っていた中、レンは静かにその静寂を打ち破って言葉を呟く。
「シロウに手を貸す理由で言い忘れていたことがある」
「……なんですか?」
「ミアから話を聞いたのだが、あなたは離島を離れる際、逃げ出したミアを放っておけと言ったそうだな?」
なぜそんなことを。
そう言いたげな表情を浮かべながら、センドウは眉間にシワを寄せる。
「元は家族として共に過ごしていたのだろう。心は痛まなかったのか? あんな何もない場所に幼い少女が一人取り残されれば、野垂れ死んでしまうことも容易に想像出来るだろう……!」
言葉端に怒りを滲ませながらレンはセンドウへと訴え掛ける。
しかし、相対するセンドウの表情に変化が訪れることはなかった。
「確かに、生活能力に乏しいミアであれば、シロウが計画通りに死んでいた場合は野垂れ死んでいたかもしれませんね。ですが、大義を成すには多少の犠牲は付き物。致し方ないことですよ」
紡ぐ言葉のそのどれもが心に刺さらない。
そう言うかのようにセンドウは問い掛けに答えを示した。
そして僅かな間の後、センドウは小さく首を傾げる。
「それで、それが何か?」
「人を使い捨ての駒のように扱っているその考え方が気に食わん……!」
そんなセンドウを前にしたレンは、落ち着きを保ちながらも声の中に怒りを煮え滾らせ、その言葉が開戦の号砲だと言わんばかりに勢いよく駆け出した。