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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章41話 死神

 度々散見される武士の死体。

 それを幾度となく一瞥しながら、どこに連れていかれているかもわからぬまま、俺は先行くモルダの背中を追い続ける。



 (どこまで連れていく気なんだ……死体の状態からして、こいつらがこの城を占領してからまだそんなに時間は経っていないはず。俺たちが来ることを見越して罠を仕掛けておく、なんて時間はないはず……)


 「……ッ!」



 そうして歩みを進めていた最中、俺は距離のある離れた場所から、喧騒が鳴り響き始めたのに気が付く。

 床が激しく踏み鳴らされる音、金属を打ち付け合う音、次々と響き渡る悲鳴。

 男女入り乱れるそれを耳にし、俺は自然と足を止めて後ろへと振り返っていた。



 「まあ……フェイさんレベルの化け物が相手じゃ、そうなるわよね」



 すると、小さくボソリと、俺の背中にはモルダのどこか安堵したような呟きが響き渡る。

 その言葉から、俺はどういう経緯で今の状況に至ったのか、その全てを察した。



 (待ち伏せか……シロウさんなら、それくらいは大丈夫だろう。変な心配はいらない、集中しろ。俺の倒すべき相手はこいつだ。レンさんたちの心配をしている余裕はない……!)



 誘い込み、不意の方向から奇襲を仕掛ける。

 船を追って辿り着いた離島で、一度見たことのある戦法だ。

 もし、この喧騒がそれであるならば、冷静さを保つ今のシロウには通用しない。

 そう心に言い聞かせ、俺は響き渡る喧騒を意識から遠ざけてモルダへと向き直る。



 「……どこまで行くんだ? 場所を変えるのならこの辺でも十分だろう?」



 言葉遣いが、問い掛け方が、ひょんなことから逆鱗に触れるのではないか。

 そう警戒しながら、俺はモルダへと問い掛ける。

 すると、モルダは声を掛けられるとは思っていなかったような様子でピクリと反応を示す。



 「……丁度着いたところよ」



 そして僅かに間を開け、感情に大きな変化を見せぬままモルダは襖へと手を掛けると、スーッという音を響かせながらそれを開き、罠は仕掛けていないと言わんばかりに自ら進んで部屋へと足を踏み入れていった。

 俺はその後へと続いてモルダが姿を消した部屋の前へと足を運ぶ。



 (広い……宴会のための座敷、といったところか?)



 すると、俺の視界に現れたその景色は、何十畳という畳を床に敷き詰めた、もの一つ置かれていない大きな座敷だった。

 戦いを行うには十分と言える広さのあるその部屋の中央で、先に足を踏み入れていたモルダは俺の到着を静かに待っていた。

 俺は一つ深く息を吸い込み、フッと、強くそれを吐き出すと、力強く一歩を踏み出して部屋の奥へと足を踏み入れる。



 「……運命というものは不思議なものよね」



 すると、互いの距離を数メートルほどに縮まるまで俺が足を進めたところで、モルダは語り掛けるようにおもむろに呟く。

 その言葉を聞いた瞬間、俺はピタリと足を止め、モルダへと警戒の糸をピンと張り詰めて言葉なく視線を注ぐ。



 「あの日、金儲けのために捕らえた少年がこんなに顔付きも変わって、私たちの敵となって立ちはだかっているのだもの。こんな状況が訪れることになるだなんて、考えたこともなかったわ」



 とても感慨深そうに、モルダは記憶を省みるように宙を見上げながら僅かに笑みを浮かべた。

 ただ、その笑みから僅かに数瞬の間を開け、モルダは先ほどの微笑が幻であったかのごとく急激に冷えきったものへと表情を変化させる。



 「……ところで、一つ聞きたいことがあるのだけど、リゼがどこにいるのか知らないかしら?」


 「……!」


 (声が、変わった……!)



 その言葉はどこかですれ違ったりはしなかったか、などと問い質しているものではなかった。

 “お前が殺したわけではないだろうな”

 そう言っているようにも感じるほどの強い殺気が、モルダの言葉端からはチラチラと垣間見えていた。



 「シロウという化け物を誘き出すための、簡単なお仕事をこなしていただけのはずなんだけど、港に着いた船にはどこにも姿がなかったわ……誘き寄せることさえ出来れば、花の香で眠らせて殺すだけ。万が一のことでも起きない限り、戦うことになることはない。センドウはそう言っていたのよ。でも、ここにリゼはいない……私もバカじゃないからわざわざ言って貰わなくてもある程度察することが出来るわ。それでも、ハッキリと答えを知っておきたいから聞かせてもらうわね。その万が一って言うのは、あなたのことと見て間違いないわよね?」



 言葉を紡ぐほどにモルダが俺へと注ぐ視線は鋭さを増していく。

 お前以外に犯人はいない。

 そう自身の中で考えを完結させているようだった。



 (厳密に言えば、俺が殺したわけではない……でも、ここで否定したとしても何も得られはしない。嘘でもそうだと頷けば、あいつから冷静さを奪えるかもしれない……!)



 正直に真実を語れば、俺に向けられる殺意を多少なりとも和らげることは出来るかもしれない。

 そう思っていながら、その行動を選択した後の未来を容易に想像することが出来ていながらも、俺はそれを一身に受ける覚悟を決めた。



 「……ああ。俺が殺したよ」


 「そう……」



 すると、俺の返答を耳にするのと同時に、モルダは歪曲する二丁の大型ナイフを取り出し始める。



 「あの子、私の妹なのよ」


 「……ッ!」



 そして一言、小さく呟くと同時にモルダは俺へと勢いよく駆け出し始めた。

 妹という関係性、迫るモルダの表情。

 俺は並々ならぬ怖気が全身に駆け巡っていくのを感じ取りながら、細剣を盾にするようにして振り下ろされるナイフを受け止めた。



 「リゼを殺した恨み。その命で償ってもらうわよ……!」


 (ヤバい……! こいつ、力がリゼの比じゃない!)



 男女における圧倒的な力の差。

 怒りでさらに拍車が掛かったその圧倒的な差を前に、力比べで堪えきることなど出来ようものがなかった。

 歯が割れるのではないかというほど食い縛るも徐々に押し込まれていく状況に、俺は目の前で死神が鎌を構えているような、そんな幻影が瞳に映っているような感覚に襲われた。

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