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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章40話 俺が戦うべき相手

 階段を駆け上がり、二階へと辿り着いた俺とシロウは辺りに人の気配がないことを確認すると、視界の先に伸びる廊下をなぞって勢いよく駆け抜けていく。

 現れる曲がり角を勘を頼りに取捨選択しながら俺とシロウは黙々と走り続けるが、一向に敵の姿が視界に現れることもないまま、二階を迷走し続けていた。

 走り始めてからどれほどの時が経ったかも定かではない中、俺たちの呼吸は徐々に乱れ始め、走る勢いも僅かながらに衰え始める。



 「……! シロウさん、あれは……!」


 「ああ……!」



 そうして疲れを覚え始めてから数瞬、俺たちの視界の先に、さらなる上階への階段がその姿を現にする。

 それを目にし、俺の体に溜まっていた疲労は一瞬にして吹き飛んでいった。

 俺たちは互いに短く一言だけを交わすと、一度足りとも立ち止まることなく一直線にそこを目指す。

 焦げ茶色に色褪せた木の床を踏み鳴らしながら、俺とシロウはこの日二度目となる階段を駆け上がっていった。



 「「……ッ!」」



 そうして勢いよく階段を駆け上がった俺たちは、三階へと足を踏み入れた瞬間、壁を前にしたかのようにピタリと足を止める。



 「……おかしいわね。私一人でどうにかするって言っていたはずなんだけど……」



 三階へと駆け上がってすぐに見える通路の先、俺とシロウの行く手を阻むようにして待っていたのは、囚われていた記憶の中にも印象的に残る、紫色の長髪を揺らすモルダだった。

 モルダは瞳を細めながら、右に左に、俺とシロウを品定めするかのようにして一瞥する。



 (いた……あいつだ。リゼと一緒に、俺を捕らえていた……)



 耳に響く声に、瞳に映るその姿、間違いようがなかった。

 因縁の相手を前にして、俺の心はポッかりと穴が空いたかのように、何の感情も湧かない、無と言うに等しい状態へと陥っていく。



 「センドウの仲間だな……? おい女、この城にふんぞり返っているバカ城主はどうした? もう殺したという訳じゃないだろうな?」



 そんな俺の様子には目もくれず、シロウはモルダへとぶっきらぼうに問いを投げ掛ける。

 すると、シロウの態度が好かなかったらしいモルダは、眉間に僅かにシワを寄せながら目を細め、関わりたくないと言わんばかりに腕を組み始める。



 「……人にものを尋ねる態度とは言えないわね。まあ、敵に常識を以て接しろと言う方が無理あるけれど」



 しかし、不満げだったのも一瞬。

 モルダはたった一人で考えを完結させると、俯きがちにフッと小さく笑みを溢した。

 僅かな間を開け、ふと顔を上げたモルダは俺たちへと真っ直ぐな視線を注ぎ始める。



 「……城主を殺したかどうか、だったわね? そのことについてなら安心しなさいと言うべきかしら? まだ殺してはいないわ……と言うより、まだ殺せないと言ったところかしら」



 そうして、ようやくモルダはシロウの問いに答えを示した。

 しかし、その答えによって俺とシロウの頭上には新たに疑問符が踊り始める。



 「……殺せない? 殺せていないの間違いじゃないのか?」


 「いいえ、何も間違ってはいないわ。今はまだ殺すわけにはいかないのよ」



 そんな俺たちの様子をモルダは楽しんでいるようだった。

 シロウの再びの問いに、モルダはクスリと笑みを浮かべる。



 「だって、何の計画もなしに国の一番偉い人を殺しちゃったりしたら、私たちはただただ虐殺をしたに過ぎないじゃない? でも、私たちが悪役を被ることで、それをセンドウが討ち取ったように演じれば……わかるでしょう? 国民は軒並みセンドウを英雄と讃えて、次期国の王にと、皆が推し薦めるはずよ。もしそうなれば、センドウと繋がる私たちはどんな悪事も揉み消してもらうことが出来るし、この国でやりたい放題出来る、というわけよ」


 「なるほどな……」



 モルダは危機感もなく、意気揚々と言葉を紡いでいた。

 隙を全面に晒け出し、襲い掛かってこいとでも言わんばかりに。

 頭の中に浮かぶストーリーを淡々と喋り終えたモルダの様子を前にして、シロウはゆっくりと剣を構えながら腰を落とし始める。



 「丁寧な説明ご苦労だったな、もう貴様に用はない。死んでもらうぞ」


 「……ッ!」



 その瞳は獲物を前にした肉食獣のような鋭い瞳だった。

 とても真っ直ぐな、冷たく強い殺気を放つその姿は、触れることすら躊躇してしまうほどのもの。

 いつも通りの心境であれば、俺は横で見ているだけの状態であっても、彼が自分の味方であるとわかっている状況であっても、恐怖で固まっていたことだろう。



 「……! どうした……?」



 だが、今の俺はそうではなかった。

 無意識の内に手が伸び、シロウの肩を掴んで引き留めていた。

 シロウは僅かに首を動かして振り返り、短く一言、疑問を唱える。



 「あの女は、俺にやらせてください……!」



 勝つことに、生きることに貪欲になるのであれば、シロウに全てを任せるのが正解の選択肢と言える。

 だが、今を逃せば、過去にケリを付けるチャンスはもう巡っては来ないと言っても過言ではない。

 覚悟を決めてやって来たからこそ、傍観者ではいられなかった。



 「……わけありか。やると言うのであれば別に構わないが、やつはそれなりに出来るようだぞ。大丈夫か?」



 言葉を紡ぐその瞬間から、シロウが放っていた殺気は一瞬にして掻き消えていた。

 冷静に敵を見定めたらしいシロウは、俺の実力では荷が重いと感じているようで、不安を吐露する。

 だが、どれだけ身を案じられようとも、ここで退くという選択肢は俺の中にはなかった。



 「あいつは、俺がやらなきゃいけない相手なんです。お願いします……!」


 「……わかった。そこまで言うなら任せるぞ」


 「ありがとうございます」



 大丈夫だと、ハッキリとその言葉を返すことは出来なかった。

 だが、シロウには俺の熱意がハッキリと伝わったようだった。

 構えを解くシロウを横目にしながら、俺はシロウの一歩前に進み出てモルダへと対面する。



 「あら、あなたが戦うの? 意外ね……ただ付いてきただけなのかと思ってたわ」



 すると、鳩が豆鉄砲を食らったように、モルダは意表を突かれたといった様子を露にする。



 「……二人きりで戦いたいのでしょう? 場所を変えましょうか」



 そして僅かな間を開けて状況を受け止めたモルダは俺の意を察し、付いてこいと手招きをしながら歩み始める。

 俺はそれに言葉なく従い、シロウをその場に残して歩み始めると、付かず離れず、ある程度の距離を保ったまま、モルダが歩みを止める時が来るまで、集中力を高めながら静かにその背中を追い掛け続けた。

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