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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章39話 可能性の灯火

 屍に埋め尽くされた戸口を抜け、白い土壁と襖が両脇を固める廊下を渡り、俺たちは城へと攻め入った正体であろうセンドウたちの姿を求めて城内を歩み進める。

 奥へと進むほどに死体の数は減っていた。

 だが、その姿が視界から完全に消え去ることは一向に訪れはしなかった。



 (……全員、同じ殺され方をしている。これだけの数をあの化け物は一人で殺ったっていうのか……?)



 死に絶えた人々の横を通る度に一瞥し、その様子を確認していて気付いたことは、そのどれもが首もとへと的確に毒針を突き立てられているということだった。

 城へと入ってから目にしてきた死体の数は十を悠然と越える。

 糸のように目を細めたあの笑顔で淡々とこれだけの数の人を殺しているのかと想像すると、俺の背筋には凍るような感覚が駆け巡っていった。



 「……戦いの痕跡がまったくと言っていいほどに見受けられない。情けないとしか言い様がないな。仮にも城の守りを固めるやつらがこの有り様とは……」



 廊下を歩みながら、シロウは冷たい視線を死体へと投げ掛けて溜め息混じりにそう呟く。

 だが、この現状はフェイとセンドウが共に乗り込んで来ていたのであれば仕方がないことだとも言えた。

 剣の稽古を頼まれるほどに信頼を得ているセンドウ。

 そんなセンドウが稽古を付ける上での模擬戦の相手として連れて来た、そう見受けることの出来るフェイ。

 油断するのも頷ける状況であり、数は多くいるとはいえ、戦う準備の出来ていない相手を一瞬で仕留めるなど、レンをも越える実力者のフェイであれば何ら不思議なものではなかった。

 周囲に人の気配がないかと警戒心を放ちながら歩みを進めていた俺たちは、何とも衝突することもないまま、視界の先に階段の姿を納める。



 「……随分と、静かだな」


 「ああ、恐ろしいくらいにな……」



 足音ばかりが響き渡っていた中、レンは襖の先を透視するかのように注意深く見つめながら短く声を響かせる。

 そんなレンへとシロウは同じように辺りを警戒しながら短く相づちを打ち、盛り上がりを見せることも長引くこともないまま、会話は一瞬にしてパタリと終わりを告げる。



 「「「……ッ!」」」



 すると、そんな二人の呟きに反発したかのごとく、前方に見えていた階段からは足音がコツコツと、小さく響き渡り始める。

 その音が響き渡った瞬間、俺たちの足は一斉に止まり、全員の意識は徐々に大きくなりつつあるその音へと注がれ始めた。

 死人で溢れるこの城内において、悠然と歩みを進めるその音が俺たちの味方であるという可能性は限りなく薄い。

 音が響く度に俺の胸の中ではどんどんと緊張感が高まっていく。



 「……本当に君には困ったものだよ、シロウ。なぜ、こうも私の邪魔ばかりをするんだい?」



 仲間を引き連れることもなく、たった一人で俺たちの前に姿を現したのはセンドウだった。

 センドウの表情は写真に写っていたものとは対照的な冷たさに満ちていた。

 センドウの姿を目にし、シロウの瞳には瞬く間に殺意の念が溢れ始める。



 「私は、堕落したこの国を変えようとしているのだよ? それの何がいけない? 私がやろうとしていることの何に対して不満があるんだ?」



 センドウは続けざまに問いを投げ掛ける。

 切なる思いを晒け出すように。



 「……志高く、一人でそれを成し遂げようとしているのなら止めはしないさ」



 すると、シロウは僅かな間の後、思いをぶつけるようにゆっくりと、小さな声音を響かせ始めた。



 「だが、貴様は俺に助力を乞い願った。数年間、俺と共に過ごし、ミアと平穏に暮らせていればそれで十分だという、俺の心境を知っておきながらな……貴様は目的のためなら手段を選ばん。どんな可能性をも消すために、ミアを餌に俺を誘き寄せて殺そうと画策し、数という力を手に入れるために犯罪組織にまで擦り寄る。そんな貴様にこの国を任せられるわけなかろう? 貴様こそ、俺とミアの平穏な暮らしの邪魔をするな……!」



 シロウの語気には言葉を紡ぐほどに熱が帯びていく。

 一触即発、そう言わんばかりの状況を前にして、センドウは言葉を交わし合っていても仕方がないと言うような様子で、ゆっくりと刀を抜き始める。



 「……どう頑張っても、私たちは相容れないようだね。それならば、邪魔立て出来ないようにするしかないようだ」


 「こちらはもとよりそのつもりだ……!」



 今にも開戦の火蓋が切って落とされる、そんな状況だった。

 一度、シロウの背中を押し出せば、シロウは目まぐるしい勢いで飛び出していくことだろう。

 たとえ背中を押さなかろうとも、今のシロウの様子であれば、すぐさまセンドウへと向かって飛び出すことは明白だった。



 「待て、シロウ……!」


 「……!」



 そんなシロウの行動を止めんと、レンはシロウの肩を掴んで引き留める。



 「また、あの時と同じように突っ込んでいくつもりか? 同じ過ちを繰り返すことになるぞ。一端落ち着くんだ」



 肩口から振り返るシロウへと、レンは母が子供を諭すように、落ち着いた声音で説得する。

 すると、レンの言葉を耳にしたシロウは、血を求める肉食獣のように鋭くなっていた瞳を徐々に和らげていく。



 「シロウ、君が彼に対して強い恨みを覚えていることはわかっている。自らの手でケリを着けたいという思いを抱いていることにも理解はする……だが、彼を前にした途端に冷静さを失う今のシロウに、彼の相手を任せることは出来ん」


 「……ならばどうする?」


 「私が相手をする。センドウは私が抑えておくから、その間に二人は上を目指すんだ。まだ城が落とされたと決まったわけではない。僅かな可能性の灯火を消させないためにも、二人は先を行け……!」



 そうしてシロウが落ち着きを取り戻すのに合わせて、自身の考えを告げると、レンは剣を強く握り締めながら先陣切ってセンドウへと駆け出し始めた。

 迫るレンを前にし、刀を抜いていたセンドウは腰を落として受けの構えを取る。

 そして、互いの距離が手の届くほどの距離へと迫った刹那、レンはセンドウへと力強く剣を振り下ろした。

 二つの刃は強く交わり、辺りには擦り合う金属音が響き渡る。



 「……そういうことだ。お望みの相手ではなくて申し訳ないが、一戦お相手願おう」


 「随分と困ったお嬢さんですね。出来ることなら女性を切り捨てたくはないのですが……」



 振り下ろされた刃をセンドウは受け止め、二人は鍔迫り合いを繰り広げたまま硬直する。

 相手の行動を読み、脳内でシミュレーションを行い、どの行動が最善なのかを考えながらの力比べ。

 おそらく、互いに動かぬ二人の間では、既に何十、何百もの剣劇が繰り返されていることだった。



 「……行くぞ」


 「はい……!」



 その光景を目にしながら、俺はシロウの言葉に首を縦に振って駆け出し始める。

 目指すはレンとセンドウ、二人の先に姿を見せている上階へと繋がる階段。

 シロウの背中を追い掛けながら、俺は戦場を通り抜けようと二人の横を駆け抜ける。

 するとその瞬間、センドウの気迫に満ちた鋭い瞳が横を過ぎ去る俺とシロウへと動く姿が、スローモーションとなって俺の瞳に鮮明に映し出される。


 “誰一人として逃しはしない”


 そう言わんばかりの瞳だった。

 それを目にした瞬間、言葉に言い表せないような寒気が俺の全身を駆け巡っていく。



 「ハァぁあぁッ!!」


 「……ッ!」



 しかし、その寒気はレンの闘志溢れる気合いの叫びが耳に響き渡った瞬間、瞬く間に消え去っていった。

 一瞬だけ気が逸れた瞬間を逃すことなく、レンはセンドウを弾き返し、二度、三度と鋭い追撃を仕掛ける。

 しかし、そこは有名な剣術師というだけはあった。

 センドウはすぐさま体勢を立て直すと、何事もなかったかのようにレンの追撃を受け流し、二人は再び鍔迫り合い繰り広げ始める。



 「お前の相手は私だと言ったはずだぞ?」


 「申し訳ない。もうこんな無礼な真似はしないよ」



 低く静かなレンの言葉に、センドウは朗らかな笑顔を浮かべて謝罪を口にする。

 そして、次の瞬間から二人の口からは言葉が消え、刃で会話を繰り広げるかのごとく金属音が立て続けに響き渡り始める。

 そんな剣劇の音を背中に受けながら、俺はシロウと共に階段を駆け上がっていった。

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