三章38話 血を流さぬ死体
気を引き締め、剣を手に取り、俺たちは一歩ずつ慎重に城門へと足を進めていく。
やはりと言うべきか、どれだけ近付こうとも近くに人の気配は感じられず、どうぞご自由にお入り下さいと言わんばかりに、城の門は無防備を極めていた。
誰に強く呼び止められることもないまま、俺たちは木製の門扉を眼前にして立ち止まる。
「……いくぞ」
「ああ……!」
「はい……!」
静かながらも闘志の感じられる声をシロウは響かせ、俺とレンは同時にそれに応える。
シロウはゆっくりと手を伸ばして門扉へと触れ、少しずつ力を込め、待ち伏せの可能性に強い警戒心を放ちながら小さく扉を開いた。
人一人が何とか通り抜けられるほどの僅かな隙間からシロウは中の様子を覗き込む。
「……シロウ、どうした? 何かあったのか?」
すると僅かな間の後、中の様子を覗いて動かないシロウに疑問を覚え、レンは声量を抑えて声を掛ける。
「……門番が死んでいる」
「「……ッ!」」
驚きも動揺も微塵も感じられない、ただ敵がいないか強く警戒しながら答えを示した。
そういった様子でシロウはレンの問いに答えた。
そして、近くに人の気配が確信したのだろう。
シロウは隙間からゆっくりと体を通して城の敷地内へと入り込むと、一直線に地に伏せた男の元へと歩みを進め、膝を地に着け男の様子を確認し始める。
そんなシロウの後に続き、俺とレンは続けざまにして門を潜り抜けてシロウと死体の元へと歩み寄っていった。
「出血の跡がない……」
シロウが確かめる死体の男は、驚くほどに綺麗な状態を保っていた。
血の跡はどこにもなく、ただ、尋常ではない苦しみにのたうち回ったかのように口の端からは唾液が溢れ、目を見開いたまま蒼白の表情で石のように固まっていた。
シロウはその死体の隅々へと、言葉をつぐんだまま視線を走らせる。
「……! 死因はこれか……」
そうして待つこと数瞬、原因を突き止めたらしいシロウは死体の首もとへと手を伸ばし、指で何かを詰まむと、死体の首から静かにそれを引き抜いた。
よく確かめんとして顔にそれを近付けるシロウの手元を見ると、その指先に掴まれていたものはとてつもなく細く小さな針のようなものだった。
「毒針、か……センドウがこいつらをやったわけではなさそうだな。あいつはこんな姑息なものを使いこなせるようなやつではない。二人はこれを使うようなやつに心当たりはあるか?」
シロウは針を俺とレンへと向け、記憶の是非を問う。
答えは俺もレンも共にイエスだった。
「はい……!」
「フェイ・ウィンリーがそれと同じものを使っていた。やつがやったと見て間違いないだろう」
俺とレンは同時に首を縦に振り、そしてシロウの問いへと答えを返した。
「……センドウが密会をしていたというやつか。そいつはどういうやつなんだ?」
「飄々としていて掴み所のないやつだ。剣劇をも軽々といなすほどの体術使いで、その毒針と同じように仕込みが施された暗器を数多く使ってくる……認めたくはないが、ハッキリと言って実力は私の遥かに上と言えるだろうな」
「そうか、それは気を付けねばならんな」
フェイの特徴を耳にし、シロウは毒針を投げ捨てながら立ち上がる。
そして、踵を返して振り返ると、辺りに人の姿が見当たらないことを確認して城へと視線を持ち上げる。
「……これだけ開けた場所だと身を隠せる場所もない。城から見下ろせばすぐに見つかるのだから、悟られぬよう気を配って行動するのは時間の無駄となるだろうな」
ここまで来て退くという選択肢は、シロウが持ち合わせているとは到底考えられない。
それを踏まえた上での発言と考えると、俺の頭には自然とシロウの言いたいことが浮かんでくる。
「全速力で城内に駆け込む、ということですか?」
「ああ。準備を整える暇を与えることなく一気に攻め込む……! 二人とも、行くぞ!」
シロウの案に、俺もレンも異論を唱えることはなかった。
俺たちは示し合わしたかのように息を揃えて足を踏み出し、敵に見つかることを恐れずに城へと伸びる白土の道を一直線に駆け抜けていった。
僅かに呼吸を乱しながら入り口となる木製扉を前にした俺たちは、万全の状態で望むために呼吸を整える。
扉の先から音は聞こえない。
待ち伏せがいる可能性は少なからず存在するが、扉の先からは人の気配はまったくと言っていいほどに感じられなかった。
「……開けるぞ」
「はい……!」
「ああ、頼む」
全員の呼吸が落ち着きを取り戻したところを確認し、シロウは扉へと手を掛ける。
スーッと擦れるような小さな音を響かせながら、扉はゆっくりと開かれていく。
「……随分な有り様だな」
木目調の床が一番に視界に飛び込み、その次には幾人もの壁に寄り掛かった死体の数々が視界を埋め尽くす。
誰も彼もが出血の跡はなく、その全てが精巧に作られた模型なのではないかというほどに綺麗な状態を保っていた。
門番の死を見ていたがゆえに愕然とするほどの驚きを感じはしなかったが、あまりの惨状を前に、僅かな間、俺もレンも言葉を発することが出来なかった。