三章37話 沈黙の城
海岸に波が打ち付ける音や人々の賑やかな話し声が耳に響き渡る。
数時間にも渡る航海を終え、俺たちは都町の港へと辿り着いていた。
「……世話になった」
「いえ、これくらいお安いご用ですよ」
船が停泊し、下船の準備が整うと、シロウはレヴィへと一言述べて船を降りていく。
「では行ってくるよ」
「はい、お気を付けて」
そんなシロウの後に続き、俺たちはレヴィたちへと別れを告げて船を降り始めた。
一段一段、タラップを踏み締める度に、町の賑やかさや人の多さ、ここが小さな港町などではないということを感じさせる都の空気が、ひしひしと伝わってくる。
ただ、そんな空気などといった曖昧なものではない違いが、俺たちの視界には大きく映し出されていた。
(あそこが、狙われているんだよな……)
それは、ここが国の首だと言わんばかりに大きな存在感を放つ城の姿だ。
死ぬ前の世界でも目にしていたことはある。
だがそれは、時代風景にあった姿で見ていたわけではない。
本来の姿とも言うべき景色を前に、俺の瞳は遠くに居を構える城に釘付けとなっていた。
タラップを降り切り、地上へと足を降ろし、俺はレンに付きながら先に降り立っていたシロウの元へと歩み寄る。
そうして俺は、すぐにシロウの違和感に気が付いた。
敵の姿はなく、気配もこれといって感じられはしない。
辺りを行く人々もどこか不自然な空気を纏っていることもなく、平和な日常を過ごしているという雰囲気が瞳に映る景色からは感じ取れた。
だが、シロウはそんな景色へと眉を寄せ、顔をしかめ、既に殺気のような鋭い威圧感を放ち始めていたのだ。
「シロウさん……? どうかしたんですか」
レンと共にシロウの背後で足を止め、俺は辺りの人々を注意深く見渡すシロウへと声を掛ける。
「……妙だ。あまりにも“平和”過ぎる」
「ぇ……?」
すると、僅かな間の後に返ってきた答えは、当たり前の日常に疑問を唱える言葉だった。
そしてその言葉は、俺の頭が意味を理解するにはあまりにも難しいものだった。
(は……? どういう、ことだ……? 今のは、平和なことが、不自然っていう意味だろう? 何が……どこが、不自然なんだ?)
当たり前のようにある目の前の日常が不自然。
そのことについて幾度となく考えを巡らせるが、どのように事を結び付けても、俺の頭の中にはシロウの考えと結び付くような明確な解答が現れることはなかった。
「……国の一大事だと言うのに、それを騒ぎ立てているものが一人もいない、ということか?」
「ああ、あまりにも静か過ぎる……!」
(そうか……! 国盗りがたった今起きているのだとしたら、それに不安を覚えた人々が町中に知らせていてもおかしくない。この、日常を平然と過ごせている状況が不自然なんだ……! そして、これだけ平和だということはつまり……)
すると、そんな俺の胸中を察したかのように、レンとシロウは答えを擦り合わせ、それを耳にしてようやく俺は二人と同じ場所へと辿り着く。
辿り着いた答えは確かに合点がいくものだった。
国盗りなどという大それたことが行われているのであれば、騒然としていないことの方が不自然。
異常と称しても差し支えない状況だった。
そして、その景色は同時に、一つの答えを示しているようなものだった。
「レンさん、シロウさん、これってもしかして、まだやつらは行動を起こしていないってことなんじゃ……!」
「ああ、その可能性が高い。城に急ぐぞ……! 万全な状態で迎え撃てれば楽にやつらの思惑を阻止できるやもしれん!」
俺たちはすぐさま目の色を変えて駆け出した。
センドウらによる国盗りを阻止するために。
何も知らず、賑やかに談笑をする人々の間を俺たちは駆け抜け、家並みを飛び越えて顔を覗かせる城へと向かって奔走した。
呼吸を荒らげ、肩で息をし、城下町を駆け抜けた俺たちの視界には、遠くで見えていた城の姿が巨大なものとなって瞳に映る。
曲がり角一つを曲がればすぐに城門へと辿り着くことだろう。
呼吸の苦しさに堪えながら、俺たちは勢いを落とすことなく、目的の場所へと向かって走り続ける。
「……ッ! 止まれ!」
「「……ッ!」」
そうして城門を目と鼻の先で捉えたところで、シロウは唐突に手で制しながら急に立ち止まった。
俺とレンはすぐさまその行動に従い、土煙を舞い散らせながら足を止める。
「どうしたんだ、シロウ……?」
レンは静かにシロウへと問い掛ける。
シロウからはすぐさま言葉が返ってくることはなく、シロウは締め切られた門を見つめたまま、戦闘を前にするような殺気を放ち始めていた。
「……門番がいない」
そうして僅かな間の後、シロウからは短く一言、言葉が紡がれる。
静けさに包まれる中で返ってきた答えを耳にし、俺の頭には一瞬ほど疑問符が踊ったが、すぐにその意味を理解した。
国の首を守るにはあまりにも手薄な門に、町の様子とは対照的に静かな、締め切られたその状況。
何の変哲もない景色のようにも見えて、その景色の中には、どこか不穏な空気が流れていた。
「目にわかる危険が差し迫っていて籠城するならまだしも、外の様子を伺う門兵が一人もいないのはあまりにも無防備が過ぎる」
「それって、つまり……」
「ああ、二人とも気を引き締めろ。やつらはもう、この城内へと攻め入っているぞ……!」
異常なまでの静けさ。
敵の存在に気が付こうとする気の感じられない無防備さ。
目の前にある情報が危機の渦中にあるということが物語っているようであった。
シロウの言葉を耳にし、俺とレンはすぐさま警戒心の糸を張り詰め、臨戦態勢へと瞬く間に気持ちを改めた。