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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章36話 生ぬるい追い風

 陽光で白く輝く波を掻き分け、船は大海原を突き進んでいく。

 波の音と空を揺蕩うカモメの鳴き声を耳にしながら俺はレンとシロウと共に、翡翠色の髪を靡かせるメイド、レヴィの操舵に身を任せて船に揺られていた。



 「都までどれくらいで着けるかわかるか?」


 「うーん、地図を見た限りですと……この風があれば数時間以内に着けるかと」


 「……そうか」



 操舵を担うレヴィへと声を掛けていたシロウは知りたい情報を聞き終えると、船の縁へと歩んでいき、一人静かに海の景色を眺め始める。

 そんな素っ気ない様子を気にすることもなく、レヴィは操舵へと集中していた。



 「……それにしても、見知らぬ人を突然連れてきては都まで船を出して欲しいだなんて、一体何があったのですか?」



 二人の短い会話から僅かに間を置き、レヴィは傍らに立つ俺とレンへと向かって問いを投げ掛ける。

 道中の間に理由は話すと言い、俺たちは未だ訳を話さずしてレヴィたちに船を進めてもらっていた。

 尋ねてきて当然と言えるレヴィのその問い掛けを耳にし、俺の脳裏には今に至るまでの記憶が蘇る。



ーーー

ーーーーー



 『……かたじけない』



 俺たち三人の了承を得、シロウは感謝の意を呟きながらゆっくりと顔を上げる。



 『……すぐに都へと向かう、か?』


 『ああ、もちろんだ』



 そんなシロウへとレンが問い掛けると、休む暇などないとばかりにシロウは首を縦に振った。

 意思を告げると同時にシロウは立ち上がり、外していた剣を手に取って腰へと携える。

 身なりも気迫も、共に準備は整ったといった様子だった。

 ただ、立ち上がったシロウはすぐには足を進めようとはしなかった。

 シロウはミアを一瞥し、そして俺たちへと視線を移す。



 『……ミアを連れていくことは出来ん。だが、かと言って一人にしておくことも出来ん。悪いが一人、ここに残ってミアの世話を請け負ってはくれないか?』


 『……!』



 ミアの兄として、保護者として、シロウがそう思うのは理解出来るものだった。

 ただ、その言葉に一人、異議を唱えるようにしてミアはピクリと反応を示す。



 『ミアも一緒に行くよ……シロウから見たら足手まといかもしれないけど、ミアにも出来ることはあるはずだから』


 『ダメだ……!』



 自分も少しでも力になりたい。

 そういった意思の感じられるミアの言葉に、シロウは若干食いぎみに否定の言葉を突き付ける。



 『お前は今日という日が来るまで捕らえられていたんだぞ。ろくに飯を与えられてもいなかったんだろう? 疲れから急に倒れられたりしたら本当に足手まといになる……それに、傷は浅いとはいえ怪我もしているんだ。ここでゆっくり休んでいろ。力になりたいというその気持ちだけで十分だ……良いな?』


 『……うん、わかった』



 シロウの言い分はもっともなものだった。

 まだ幼いミアの体では、たった一食の食事と一日の睡眠程度で回復出来る体力など、たかが知れたもの。

 人手が多ければ目的を達成しやすくなるというのは明白なことだが、それは万全な状態であることが前提なものだ。

 シロウの言葉に納得はするものの、ミアは渋々といった様子で首を縦に振る。

 すると、それを目にしてシロウは俺たちへと視線を戻す。



 『……全てが無事にいったとしても、帰ってくるまでに数日掛かるかもしれん。出来ることなら、家事が出来るものが残ることが望ましい。お前たちの中でそれが少なからず出来るやつはいるか?』


 (家事って……掃除くらいなら出来るけど、今シロウさんが指してるものって、料理の事だよな……?)



 乳幼児などではないミアの世話ともなれば、やれることは限られてくる。

 シロウが求めている能力は詳しく事を言わずともおおよそ察せられるものだった。



 『すまんが、私はそういったことは全く……』


 『あの、俺も……』



 俺はレンの言葉に間を置くことなく、続け様に意思を示す。

 すると、シロウの視線はすぐさま残るクレアへと向けられる。



 『えっと……私はそれなりになら、出来ますよ』


 『そうか、ならミアを頼む』


 『は、はい……! わかりました』



 たった一人、シロウの望むことが出来ることから、消去法でミアと共に残るものが決定される。

 そうしてシロウはクレアへと後を託すと、出発だと言わんばかりに意識を外へと向ける。



 『これで気掛かりとなることはもうない、都へ急ごう。陸路であれば急いでも片道で数日は掛かる。今すぐ向かうぞ』


 『待て、それならば私たちがここへと来るまでに乗ってきた船がある。それを使えばもっと早く着けるのではないか?』


 『……! 確かに、それならば一夜を越えることなく辿り着けるが、すぐに動かせるのか?』


 『レヴィのことだ。彼女ならばおそらく、私たちがいつ帰ってきても良いように常に準備は整えているはずだ。だから大丈夫だろう』



 引き留められ、提案を受け、シロウは僅かに俯いてそれを吟味する。



 『よし、ならそれで行こう。だが、そいつらに訳は話すなよ。変に構えられたり、余計なことをされるのはごめんだからな』


 『ああ、わかった』



 そして、僅かな間の後に顔を上げると、シロウはレンの提案を快く引き受けて首を縦に振った。

 都までの道のりを定め、シロウは玄関の取っ手へと手を伸ばし、俺とレンはその後に続いて足を一歩前へと踏み出す。



 『待って……!』



 すると、そんな俺たちの背中へと、ミアの振り絞ったような叫び声が響き渡る。

 俺たちが立ち止まり、ミアへと振り返ると、ミアは一直線にシロウのもとへと駆け寄り、シロウへと何かを差し出す。



 『シロウ、これ……』


 『……! これは……?』


 『お守り……絶対に、帰ってきてね』



 ミアの影に隠れ、俺からは何を差し出したのかは確認することが出来なかった。

 シロウはそれを静かに見つめた後、何も言わずに受け取って懐へと納める。



 『ああ。すぐに帰ってくる』



 シロウはミアへと優しげに微笑み、ポンと頭に手を乗せる。

 そうして、俺たちは都に向かうため、クレアとミアの二人を残してシロウの家から飛び出した。



ーーーーー

ーーー



 急な頼みを快く引き受け、俺たちを都まで運んでくれているレヴィたちには知る権利がある。

 ただ、シロウとの約束があるがゆえに話すわけにもいかなかった。



 「すまんがレヴィ、訳は話せん。察してくれ」


 「……まあ、良いでしょう。理由を聞いたところで、それがどういったものであったとしても、私たちまでもが首を突っ込む必要性はありませんから。レン様たちを送り届けることだけに専念致しましょう」


 「助かる」



 レヴィからの詮索を逃れ、レンは微笑を浮かべて礼を述べる。

 すると、文字通り船を後押しする風が吹き抜け、船速は僅かに勢いを強める。

 都へと到着するまで残り数時間。

 徐々に高まっていく緊張感に、その短い時間は、実際よりも遥かに長く感じるものだった。

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