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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章28話 叶わぬ夢

 何が待ち受けてるともわからぬ敵地にて、頼りになる三人の仲間は何をされて倒れ付したのかもわからぬ状況。

 さらには暗き密室で敵と一対一。

 最悪と言っても過言ではない状況だった。



 (ど、どうなってる……? 後は頼むって、どういうことだよ……? まさか、この婆さんがたった一人でこの三人を倒したとでも言うのか?)



 そして、何よりも俺の心に動揺をもたらしたのは、センドウが去り際に放った一言にあった。

 部屋の入り口からこの場所までは、銃などの飛び道具でもなければ攻撃を届かせることなど出来はしない。

 ただ、クナイやナイフといった小さな得物が三人の体に突き立てられていることはなく、そもそも三人の体には目立った流血の跡すらない。

 ゆえに、三人を地に伏せさせたのはセンドウではないということがわかっていた。

 しかしそれは、先程まで動いてすらいなかった目の前の老婆にも言えること。

 この状況をもたらしたトリックを把握出来ていないことで、俺の頭はひどく混乱していた。



 「……随分と動揺しているようだねぇ、シンジや」


 「……ッ!?」



 すると、そんな俺の様子を笑いながら、老婆は紹介した覚えのない俺の名を呟いた。

 俺の記憶には目の前の老婆と顔を合わせた覚えなどなく、老婆が俺の名を知っている現状は不可解でしかない。

 俺の心には大きな驚愕と、さらなる強い動揺が広がる。



 「な、何で俺の名を……!」



 俺の口からは反射的に言葉が飛び出した。

 俺からの追及に、老婆はニヤリと笑顔を浮かべる。



 「エッエッエッ、随分と驚いているようだね。まあ、無理もない。初めて会う人は皆、同じ表情をしていたからねぇ……別に答える義理もないんじゃが、あたしゃ優しいからねぇ。特別に答えてあげるよ」



 そして、笑みを浮かべながら懐を探った老婆は、その小さな片手に、綺麗な丸を描く透明な玉を乗せて俺の眼前へと差し出した。



 「水晶……?」


 「そうさね。占いでも使われる、見えざるものを映し出す宝玉じゃよ。ここからお前さんたちの戦っている姿も、名前を呼び合っている姿も、何から何まで全て見させてもらっていたのさ」



 俺が水晶玉に疑問符を浮かべたのを見届けるや、老婆はそれを懐へと仕舞い込む。

 話は理解出来た。

 俺の名を知っていた理由に納得は出来る。

 ただ、それでもまだ、拭い去ることの出来ない疑問が目の前には残されていた。



 「……よくわかったよ。ただ、まだわからないことがある。レンさんたちに何をした?  この状況を作り出したのはあんたなんだろう?」



 それは、倒れ付した三人に対し、俺と老婆は何事もなく会話を出来ていることだ。

 何もせずに倒れ伏すなど常識的に考えて普通のことなどではない。

 どこかで毒を仕込まれていたのか、はたまた呪いの類いか。

 必ず理由が存在するはずだ。



 「何でもかんでも答えを求めるものじゃないよ。よーく確かめてみることさね。誰にだってわかるはずじゃよ」



 しかし、俺の問いに老婆は答えを返してはくれなかった。

 俺は吐き出したい文句を飲み込み、老婆の言葉も確かだと自分に言い聞かせて辺りを確認し始める。

 右に左に、上に下に。

 老婆への警戒は続けながら、視線を縦横無尽に走らせて俺は部屋の様子を確認した。



 「……!」



 部屋は暗すぎて何があるのかは全く見当が付かない。

 ただ、今まで渡ってきた廊下とは明らかに違う感覚がこの部屋の中には存在していた。

 微弱ながらも辺りに漂うそれは、いつまでも嗅ぎ続けていたいと感じさせる程の、惹き付けられるような良い香りだった。



 「花の、匂い……?」


 「そうさね……これは、ゲコクジョウという花がもたらす、強きものを覚めぬ夢へと誘う毒の香じゃよ」



 老婆の言葉に、倒れ伏す前に口にしていたレンの言葉が思い出される。

 死んでいるわけでも外傷があるわけでもない。

 寝ているということであれば納得の出来る状態だった。



 「この花の香は完全に人次第で毒になるかどうかが決まる。良かったねぇ、お前さん。花に強きものと認められなくて。もし認められていたら、今頃はそこの三人と同じように床に突っ伏していたことだろうからね」



 老婆は身を案じた優しげなものとも、嘲笑っているとも感じられるような笑みを浮かべる。



 「……それにしても、そこの小娘二人と来たらだらしないねぇ。そのシロウという男は毒を浴びてもしばらくは気を保っていたというに……」


 (弱いやつには効かない毒……つまり、目の前にいるこの婆さんも俺と同じように弱い人間ということだ。なのに……何なんだ、この不安感は……? 見るからにこの場にいる敵はこの婆さんただ一人。剣を持っている俺の方に分があるはず。けど、何でこの婆さんは、こんなにも余裕を持っていられるんだ?)



 すぐにでも勝負を仕掛け、三人を覚めぬ夢から救い出してやりたい。

 その気持ちはハッキリと心に存在していたが、俺はどうしても慎重にならざるを得なかった。

 この場でリゼの時と同じように、敗けを喫する状況に追い込まれれば、もう助けてくれる仲間などおらず、皆が殺されてしまうことは明白。

 さらにはここは敵地。

 毒の香のような罠がまだ仕掛けられている可能性は十分にあった。

 言葉をつぐみ、強い警戒心を放ち続けていると、いつまで経っても動かぬ俺に気を緩めたのか、老婆は一度懐に仕舞い込んだ水晶玉を再び取り出し始める。



 「はてさて、こやつらはどんな“叶わぬ”夢を見ていることやら……」


 「……ッ!」


 (何を考えてるんだこいつ!?)



 俺は愕然とした。

 唐突に水晶玉を取り出した老婆は、敵である俺を前であるにも関わらず、無防備にも何も映らぬそれを覗き込み始めたのだ。

 しかもその様子は、俺の存在を忘れたかのように、自分の時間に浸っているといった様子が感じられるものだった。



 「ほう、見たことのない世界を旅したいとな……やろうと思えば、出来ようことだがね。それで、こっちは死んだ両親との再会かね。それなら、すぐにでも会わせてやろうじゃないか」


 (……油断を見せて、こちらから仕掛けてくるのを誘っているのか? だとしたら、今はまだ我慢だ。何を企んでいるのか把握しておく必要が……)


 「そして、こやつは……カラクリなどではない生身の体とな? エッエッエッ、人ならざるがゆえに人であることを望むか、随分とおもしろい夢じゃのう」


 「……ッ!」



 冷静に敵を見極めよう。

 その考えは、老婆のたった一言によって俺の頭から綺麗サッパリと消えていった。



 「……取り消せよ、今の言葉」


 「……?」



 俺の口からは無意識の内に言葉が飛び出していた。

 何のことだかわからない、そんな様子で老婆は頭上に疑問符を浮かべる。



 「今の夢はクレアのものだろう? 取り消せよ……! クレアは望んでこの体になったわけじゃない、事故でこうならざるを得なかったんだ……! そんなクレアが元の体を望んで何が悪い!? 何が可笑しい!? 人を拐うことを何とも思わないお前たちの方が人ならざるものだろう! クレアの苦しみを何一つ知らないくせに、軽々しく笑ってんじゃねぇぞッ!!」



 そんな老婆へと、俺は剣を引き抜いて駆け出した。

 軽はずみな行動だと咎められても仕方がない行動だ。

 だが、俺には止まることは出来なかった。

 俺は三人を夢の呪縛から解き放たんと老婆へと向けて剣を掲げる。



 「ハッ……!」


 「……ッ! うッ……!?」



 すると、老婆は待ち構えていたかのごとく、俺が剣を掲げるタイミングに合わせて素早く腕を振るい、辺りに粉状の何かを撒き散らした。

 粉を目に受け、鼻で吸い込み、俺は息苦しさから逃れんとして咳き込みながら僅かに後退る。



 「だから、お前さんは弱いのじゃよ」



 老婆は侮蔑するような様子で低い声を響かせる。



 「ぅ……ぐっ、何をした……!」



 手で目を拭い、視界に残る粉を取り払って老婆へと睨んだ俺はすぐに異変に気が付いた。

 なぜならそれは、視界が歪み始めていたからだ。

 さらにそれだけではなく、全身には脱力感が襲い掛かり、たった数秒にして立っているのもやっとな程に体はフラつき始める。



 「なぁに、死にはしないさね。ただ、弱いものにはよく効く薬じゃよ」


 (ヤバ、い……! こいつを倒さないと、皆が……!)



 老婆は余裕綽々といった笑みを浮かべながら問いに答える。

 倒れ伏す前にどうにかして老婆を仕留めなければ、そう気持ちを奮い立たせ、一歩を踏み出そうと体に命令を届ける。

 しかし、体はもう動いてはくれなかった。

 一歩足りとも足を動かすことも出来ぬまま体を支える力を失い、俺は歪む視界に老婆の笑みを納めながら成す術もなく床に全身を叩き付けた。

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