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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章27話 血の跡を辿って

 互いに内にあった感情を晒け出しあった俺とクレアは、辺りが静けさに包まれる中、共に立ち上がり自らの武器を拾い上げてあるべき場所へとそれを納める。

 戦いも落ち着き、心も落ち着き、安堵の吐息を吐けるくらいにはゆったりとした状況だ。



 「……! そうだ! クレア、レンさんは……?!」



 そんな中、戦いの最中では聞こえていた上階からの音が、今では何も聞こえなくなっていることに俺は今更ながらに気が付き、レンの身を案じてクレアへと問い掛ける。



 「あっ、それなら……」



 すると、クレアは俺のいる方向へと振り返りながら何かを言おうと言葉を紡ぐが、全てを言い切ることなく唐突に言葉を途切らせ、俺に向けたものとは思えぬ笑みを突如として浮かべ始める。

 明らかな違和感に、俺はクレアに釣られるようにして背後を振り返った。



 「私を呼んだか?」



 するとそこにいたのは、傷といえるようなものの姿はどこにも見当たらない、およそ戦闘を終えた後とは思えないような爽やかさを保つレンの姿だった。

 いつからそこにいたのか、全く気が付いていなかった俺にとっては衝撃とも言える光景。

 無事を喜ぶ気持ち以上に、驚愕や動揺などといった感情の方が大きかった。



 「れ、レンさん……!? い、いつからそこに……?」


 「うーん、そうだな……この場に来たということであれば今しがただが、二人を見つけた時で言うのであれば、二人が抱き合い始めた頃、くらいだな」


 (ならほぼ最初からじゃねーか!?)



 母親に優しく抱き締められ、慰められている子供。

 先程のクレアとのやり取りは、そう言えるような状況だ。

 人に見られて嬉しいとは言えない状況を見られていたことを知り、俺は顔が火照っていくのを感じる。



 「どうやら取り込み中だったようで声を掛けるのは遠慮したのだが、問題は解決したということで良いのか?」


 「は、はい。まあ、そうですね……」


 「そうか、それは良かった」



 恥ずかしさから、俺はレンと真っ直ぐに目を合わせて喋ることは出来なかった。

 しかし耳に響く声音から、レンが笑顔を浮かべているということはハッキリと感じ取られた。

 ただ、その笑顔が純粋なものであろうと、からかう意味合いのものであろうと、俺の羞恥心を刺激するものであることに変わりはなかった。



 「……さて」



 すると僅かな間を置き、レンの声色に明らかな変化が現れる。

 そのたった一つの変化で真剣な話をするのだと察し、俺は一瞬にして羞恥心を忘れてクレアと共にレンへと視線を集める。



 「楽しい会話はそろそろ終わりにしよう。二人とも、休憩が必要ないようであればすぐにシロウを追い掛けに行くぞ。いけるか?」


 「はい……!」


 「いけます……!」



 傷が癒えているわけではないが、クレアとのやり取りの間に体力は回復していた。

 誘い込まれている上に冷静さを失ったシロウをこれ以上放置しているわけにはいかなかった。

 俺とクレアは共に力強く応え、



 「よし。では、急いで向かうぞ……!」



 レンを先頭にして上階へと向かって駆け出し始めた。

 瞬く間に一階の階段を駆け登り、レンとクレアが蹴散らした人々が数多く寝転がる廊下を駆け抜け、シロウが消えていった廊下へと曲がっていく。

 戦闘の跡は所々で見受けられ、一太刀で切り伏せられた死体がいくつも壁にもたれ掛かって血の跡を残していた。



 (男が何人も……しかも、黒髪……これって、東洋人だよな?)



 人が殺される光景を何度も目に焼き付けていた俺は、死体を目にすることに慣れが生じ始めていた。

 だからこそ、目を背けることなく惨状を観察することが出来、死体が異邦人だけではないということに気が付けていた。

 ただ、今はその事について論議を繰り広げている余裕はない。

 俺は疑問を抱えながらも、ひたすらレンの背中を追い続けることに注力し続けた。


 そうして息を荒らげながら駆け続けること数瞬。

 俺たちは再び視界に現れた階段を駆け登り、最上階であろう三階へと、やっとの思いで辿り着く。



 「ようやく三階……屋根裏にまで行っているということがなければ、ここのどこかにシロウさんが……」


 「血の跡を追えばすぐに見つかりそうですね」


 「ああ、急ごう……!」



 だが、誘い込まれているシロウのことを考えれば、俺たちに休む暇などなかった。

 一息吐きたい心情をグッと抑え、俺たちは点々と跡を残す血の標を辿り始める。

 三階には切り伏せられた人の姿はどこにもない。

 血の跡だけがシロウを見付け出すための手掛かりとなっていた。

 徐々に間隔が離れ行くその標を辿り続け、一心不乱に廊下を駆け続けていると、俺たちの視界にはシロウが駆け込んだのであろう、両開きの扉が開け放たれた、血の跡が続く部屋の姿が現れる。

 俺たちはすぐさま駆ける勢いを緩め、その部屋の前で立ち止まって中の様子を確認する。



 「「「……ッ!?」」」



 部屋の様子を確かめ、俺たちは三人揃って絶句した。

 その部屋は明かりが点いていなかった。

 部屋の隅々に蝋燭の小さな光がいくつか灯されているだけで、部屋の隅々をハッキリと確認することは不可能な状態となっていた。

 頼れるものは廊下から入り込む光のみ。

 そして、その僅かな光が照らしていたものは、部屋の中央で俯せに倒れ伏して動かないシロウの姿があったからだ。

 あの強きシロウが倒れている。

 俺たちの間には瞬く間に動揺が広がっていった。



 「シロウッ!」



 そしてその動揺は、俺たちに不用意と言わざるを得ない行動を取らせることとなった。

 レンはシロウの名を叫び、俺たちは揃って倒れ付したシロウの元へと駆け寄る。

 そして駆け付けるや否や、レンはシロウの容体を確かめ、



 「息は……ある。血も、流れて……いな…………」


 「……ッ! レンさん!? クレアッ!」



 無事であることを告げながら、シロウの姿を真似るようにして床に倒れ付し、クレアもまた同じようにして床へと倒れ付した。

 俺は何が起きているのか全く理解出来なかった。

 ただただ動揺だけが胸の中でざわめき、そのざわめきは警戒をしろと言わんばかりに手を剣の柄へと向かわせ、暗い部屋の全域へと俺の視線を走らせる。



 「……ッ!」



 そんな中、背後からは唐突に大きな音が響き渡る。

 それは扉が閉まる音のようだった。

 俺は何が起きたのかとすぐさま背後を振り返る。



 「……後はよろしく頼みましたよ」



 するとそこには一人の影があった。

 記憶が確かであれば、その声はセンドウという男のもの。

 おそらく、開かれた扉の影に潜んでいたのだろう。

 センドウは誰かへと語り掛けるようにそう言葉を残すと、もう一方の扉をも閉め、廊下から入る光を完全にシャットアウトした。

 この場には誰かがいる。

 先程の言葉からそれを理解した俺は、視線を前方へと戻して警戒心を強める。



 「相変わらず、小娘たちときたら……こんなひ弱な男一人殺せないのかい、まったく」



 すると、暗闇からはボソリと、老婆だと感じられる嗄れた声が響き渡る。

 辺りの暗さや倒れ付したシロウの存在に目が行き見落としてしまっていたのだろう。

 地蔵のように小さく固まっていた影は突如として動き出し、黒いローブで包まれた顔をゆっくりと持ち上げる。



 「こんな婆さんに仕事を増やすんじゃないさね。面倒ったらありゃしないよ」



 そして、数々の愚痴を溢しながら、老婆は不満げな様子を浮かべる皺まみれの素顔を露にした。

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