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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章25話 人殺し

 剣劇の音が止み、辺りには静けさが舞い降りる。

 ただ、そんな静寂とは関係なしに、俺の耳からは全ての音が消え、視界に映る全ては白くボヤけて霞み、心が感じるその感覚はまるで虚無の世界に連れていかれたかのようだった。



 (俺は今……人を、殺そうとしたのか?)



 自分だけの世界へと没落し、自らの行動を省みた俺は、その行動がもたらす未来を想像して呆然としていた。

 リゼが死に怯えた姿を見せなければ、確実に手にする刃で彼女の体を貫いていたことは明白。

 自分の手を血で汚す。

 そのことをハッキリと理解し、覚悟を決めて臨んでいたわけではなかったからこそ、俺は最後の一歩を踏み切れなかった。



 「……ッ!」



 すると、呆然自失としていた俺の脳裏に、唐突にシロウの顔がフラッシュバックする。

 その表情は叱責しているかのような厳しい表情。

 声は聞こえないが、その口許は僅かに動いているようにも感じられた。

 “迷うな”と。

 声の響かぬ、そのたった一言を耳にした瞬間、俺は一瞬にして我に返り、ボヤけていた視界は霧が晴れたように鮮明になっていく。

 そうして瞳に映し出された光景は、怯えから一転し、好機を捉えたと言わんばかりの笑みを浮かべるリゼの姿だった。



 (しまった……!)


 「甘いのよッ!!」



 俺の迷いを機に体勢を立て直したリゼは、目の前にあるものが邪魔だと言わんばかりに、片手に残る刃を振るい、中途で止まった俺の剣を弾き返す。

 俺の手からは剣が飛んでいきはしなかったものの、弾かれた勢いによって体は揺さぶられ、このまま刃を打ち合い続けるのは得策ではないという状況に陥っていた。

 俺は剣が手元に残ったことは幸いだと安堵しながら、体勢を立て直すべく後方へと飛び退く。



 「逃がしはしないわよ……!」


 「……ッ!」



 しかし、その逃げの一手をリゼが許してくれるはずもなかった。

 リゼはすぐさま離れた距離を詰めて手にする短剣を素早く振るう。

 すると、今まで空を切り続けていた刃は俺の頬を霞め、ジンとくる痛みを残していく。

 服を刻み、腕を霞め、一度自らの間合いへと持ち込んだリゼはもう止まりようがなかった。



 「アンタみたいな甘ちゃんが調子に乗って戦いの場に躍り出てくるもんじゃないのよ! 借りを返す!? 人を殺す覚悟も出来てないやつには百年早い言葉よ!」



 刃を合わせる暇もなく、ただただ致命傷を避けてリゼの短剣から距離を取ることしか出来ぬ俺に、勢いに乗ったリゼは語気と共に手に入る力を強めていく。

 そんなリゼの力みを感じ、俺は一か八か、刃を受け止めることで流れを断ち切ろうと、盾にするように胸の前へと細剣を滑り込ませる。

 しかしその瞬間、リゼはニィッと口角を上げて深く踏み込む。



 「ハァァアッ!!」


 「な……ッ!?」



 リゼの一振りを受け止めた瞬間、俺はリゼが笑みを浮かべた意味に、自らの行動が間違っていることに気付いた。

 この世界は、男女の力関係が逆転している。

 いくら重さのない短剣であろうと、性差による力量差を正面からもろに受ければ、受け止め切れない衝撃に襲われることなど当然のことだった。

 俺は突き飛ばされたかのようによろめき、後方へと倒れ行く体を止めることも叶わずに床へと尻を打ち付ける。



 「これで終わりね……!」


 (ヤバいッ……!)



 先程と立場を入れ替え、勝ちを確信した笑みを浮かべたリゼは、俺が倒れた際に生じた僅かな距離を瞬く間に埋める。

 その状況に体はハッキリと危険を感じ取ってはいた。

 ただ、俺の体は床に根を生やしたかのごとく、まったく言うことを聞いてはくれなかった。

 俺はリゼが短剣を振り上げて迫る光景を、ただただ眺めることしか出来なかった。



 「シンジくんッ!!」


 「「……ッ!」」



 すると、リゼが短剣を振り下ろそうとした直前に、俺の耳には聞き覚えのある叫びが一つ、目を覚ませと言わんばかりに大きく響き渡る。

 その声が誰のものなのか、俺はすぐに理解した。

 ただ、響き渡ったその声からは、近いとは言えない程の距離が感じられた。



 「でも、もう遅いわよ……!」



 チラリと声の方向を一瞥したリゼは、迫る声の主を無視して短剣を振り下ろす。

 その光景を前にし、俺はどう足掻いても助けは間に合わないと悟って迫る刃から体を守るように身を縮めて目を背けた。



 「……!」


 (銃声……!)



 しかし、俺の体が感じ取ったものは刃を突き立てられた痛みなどではなかった。

 響き渡った銃声に俺は瞳を開き、目の前のリゼの姿を確認する。



 「……ッ!! うぁぁあぁあッ!!?!」



 するとそこには、腕を撃ち抜かれ、手にしていた短剣を取り落とし、痛みに絶叫しながら血の溢れ出る腕を握り締めて膝を崩すリゼの姿があった。

 俺はすぐさま駆ける音の響く方向へと振り返る。

 すると、俺の瞳には必死さに溢れた表情を浮かべるクレアの姿が映し出された。



 「くっ……! やってくれたわねェッ!!」



 そんなクレアの元へと、リゼは落とした短剣を拾って殺意を露に駆け出す。

 互いに向かって駆け寄る二人はすぐに手の届く距離まで辿り着き、二人は敵を殺めんとして同時に手にする刃を振り払う。



 「……ッ!?」



 すると、戦いは一瞬にして終わりを迎えた。

 二つの刃が衝突した瞬間、痛みで精彩を欠いていたリゼはクレアに力負けし、手にしていた短剣は軽々と手元を離れていったのだ。

 攻める術も守る術も失ったリゼに対し、クレアは躊躇することなく剣を強く握り締め、腰を深く下ろして剣を構える。



 「やぁぁあぁあッ!!」



 そして、気持ちを奮い立たせるように気合いを叫びながら、リゼの胸元に深々と剣を突き立てた。

 戦いの音が終息し、血を流す程に、時が経つ程に、全身から力が抜けていくリゼは、支えを求めるようにしてクレアへと体を預ける。



 「この……人、殺し…………」



 そして、小さな声で捨て台詞を吐き、クレアの肩から滑り落ちて地面に体を打ち付けると、虚ろな瞳を僅かに開いたまま、リゼはピクリとも動かなくなった。

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