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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章23話 因縁の相手

 全身にズキズキと残っていた痛みは、リゼを前にした瞬間に嘘のように消え去っていた。

 上階からは刃を交える音や体捌きによって踏み鳴らされる床の音が響き渡る。

 レンとクレアは大勢に囲まれながら劣勢を覆そうと奮闘していることだろう。

 すぐにでも駆け付けて力になりたい、心の中にはその意志が確かにあったが、駆け付けるために敵であるリゼに対して背中を見せ、隙を晒すことなど出来るはずもなかった。



 「うちの一員の誰かが落ちてきたと思ったんだけど、まさかアンタとはねぇ……あっ、もしかして非力過ぎてちょっと小突いたら吹っ飛んじゃったってわけ? あはっ! もしそうだとしたらウケるんだけど! 雑魚なのに何しに来たの? って感じね!」


 「……ッ!」



 リゼは警戒心を強める俺の様子に気付くことなく、バカにしながら笑顔を垣間見せる。

 そんなリゼの姿を注意深く見つめていた俺は、ふと手元へと視線を持っていった際、彼女の片手に短剣が握られているのに気が付く。



 (混戦の最中に後ろから狙おうとしていたってことか……! でも、何でこいつ一人で……いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。とにかく……)



 命の灯火を簡単に掻き消すことの出来る刃物を目にし、俺はすぐさま細剣を引き抜いて腰を低くしながらそれを胸の前で構える。



 (今はこいつを俺一人でどうにかするんだ……!)



 そして、命のやり取りをしなければならないと覚悟を決め、瞬きすら忘れる程の集中力でリゼへと鋭い視線を注いだ。

 すると、俺の心境を感じ取ってか、リゼは僅かに驚いた様子を見せる。



 「……随分とやる気満々ね。まさか、東洋人のくせにビックリするくらい非力なアンタが、たった一人でリゼとやり合おうってわけ? フンッ、舐められたものね」



 俺はリゼがどれだけの言葉を紡ごうとも無視し、集中を切らさぬよう真っ直ぐにリゼの一挙手一投足にだけ視線を注ぎ続ける。

 そんな俺の様子に、リゼは眉間にシワを寄せ、目を鋭くし、増大した不機嫌さを露にする。



 「アンタ、リゼが小さいからって大したことないとでも思ってんでしょ? それとも、剣一本持ったくらいで強くなった気にでもなってるのかしら? 勘違いしてんじゃないわよ……!」



 そして、短剣をもう一刀取り出し、リゼは両手に刃を携えて殺気を放ち始めた。

 俺は僅かに震え続ける腕を力ずくで抑え込むように、胸の前で構える剣を強く握り締める。



 (落ち着け、大丈夫……命のやり取りなら知っている。海賊とも一度やり合って、こうして生き延びているんだ。怖いものなんて何もない)



 鼻からゆっくりと息を吸い、緊張や恐怖を吹き飛ばすように口から息を大きく吐き出す。



 (……こういう状況が来ることも考えて俺は力を付けたんだ。やってやる……! 誰かの助けに頼るばかりの日々は、ここで終わりにする!)



 すると、手に残っていた震えはスッと消えてなくなり、今まで感じたことのないくらいに心の中は落ち着いていた。

 上階から聞こえてくる音も気にならない程に集中力は冴え、リゼの呼吸のリズムすら感じ取れる程に視覚も聴覚も研ぎ澄まされ始める。



 「……ていうか、アンタと会うことはもうないと思っていたから忘れてたけど、アンタがあの時逃げ出したりしたせいでリゼは酷い目に会ったのよね」



 そんな中、不機嫌さを露にするリゼは俺が囚われていた時のことを引っ張り出し、さらに不機嫌さを極めていく。

 突拍子もない言葉に俺は心理戦を持ち掛けて来ていることを警戒し、一歩足りとも動くことなく視線を注ぎ続ける。



 「……そう考えたら、リゼにとってアンタは因縁の相手になる、そうは思わないかしら?」


 「……勝手に被害者ぶるなよ。それはこっちのセリフだろ。俺はお前たちのせいで奴隷になったんだからな」


 「それは奴隷になるくらい弱かったアンタの責任よ」



 自らの感情だけを優先した押し問答に終着点は見つからない。

 すると、僅かな間を置いて、リゼは唐突に小さな笑みを浮かべる。



 「……まあ、どっちでも良いわ。アンタにあの時の借りさえ返せればそれでね……!」



 そして、唐突に会話を終わらせてリゼは真っ向から駆け出し始めた。

 俺とリゼとの距離は数メートルといったところ。

 五歩程も駆ければ詰め寄れる程のものだ。

 一瞬で距離を詰めてきたリゼは、迷いなく手にする短剣を俺の胸に刻み込もうと振り払ってくる。

 そんな短剣の軌道に合わせ、俺は細剣を振るってその一振りを弾き返した。



 「それもこっちのセリフだ……! あの屈辱の日々の借りは返させてもらうぞ!」



 刃と刃を打ち合わせた甲高い金属音が響き渡る中、俺はリゼへと同じ言葉を即座に返す。

 そうして金属音を号砲として、因縁深いリゼとの戦いの火蓋は切って落とされた。

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