三章22話 センドウの誘い
一度駆け出したシロウは鎖から解き放たれた猛獣のように、どんどんと加速して眼前のセンドウへと迫る。
「死を以て詫びろ、センドウッ!!」
そして、その距離を残り一歩の距離まで詰めると、シロウは深く踏み込んでその距離を埋め、センドウの首もと目掛けて刀を振り払った。
すると、辺りには甲高い金属音が響き渡る。
「その要求は断らせて貰うよ」
それは、センドウが抜いていた刀でシロウの刃を受け止めたことによって響き渡った音だった。
腰に踏ん張りを効かせ、横薙ぎの一振りを完璧に受け止めたセンドウは、鍔迫り合いを繰り広げながらも余裕たっぷりの微笑を浮かべる。
「……昔のこととはいえ、家族だったよしみで一つ教えておこう。今この場におけるシロウの戦う相手は私ではないぞ?」
「……ッ!」
そして、僅かな間の後に言葉を紡いだセンドウはシロウの刀を弾き返し、弾かれた衝撃で僅かにシロウが怯んだ隙に飛び退いて間合いを取り出した。
すると次の瞬間、示し合わせたように二人の近くにあった扉が勢いよく開かれる。
シロウがその音に即座に振り返ると、その瞳に映し出されたのは銃を構えた女の姿だった。
「……ッ!? シロウさんッ!!」
響き渡る銃声と、それと同時に体勢を崩したシロウの姿に、俺は反射的に叫ぶ。
だが、俺の心配は杞憂なものだった。
シロウから舞い上がったのは血飛沫などではなく、銃弾に撃ち抜かれて散った髪の毛の一部だったのだ。
一瞬の判断で体勢を大きく崩して銃弾を避けたシロウは、次なる銃弾が立て続けに飛んで来ないことを確認するや否や、銃を持つ女を仕留めんとしてすぐさま体勢を立て直す。
「……ッ!?」
しかしその瞬間、シロウの背後にあった扉がその時を待っていたかのごとき勢いで開かれる。
焦りに身を染めてシロウが振り返ると、そこから現れたのは刀を手にした黒髪の男の姿だった。
男は刀を頭上へと掲げて振り下ろす直前。
度重なる襲撃に不意を突かれ、さらには攻勢に転じる直前だったシロウには、その刃を振り返って受け止める猶予など残されてはいなかった。
「「「……ッ!?」」」
「……さすがはシロウ、と言ったところだな」
しかし、次に訪れた光景を目にし、センドウ以外のその場にいる全ての人が、あまりの衝撃に言葉を詰まらせる。
男が刀を振り下ろした直後に鳴り響いたのは、悲鳴でも、苦悶の声でもなく、刃を受け止める音だったからだ。
シロウは背後に現れた男を目にした瞬間、刀を持つ手とは逆の手で鞘を手に取り、姿勢を前屈みにしながら腰に収まる鞘の角度を変えて振り下ろされた刀を鞘の先端で受け止めたのだ。
恐ろしさすら感じさせる程の常識外れな防ぎ方に、シロウへと襲い掛かった男は驚きのあまり追撃の手が止まる。
その僅かな力の緩みをシロウは逃しはしなかった。
シロウはたった一瞬の隙に身を翻し、男の手から刀を弾き飛ばす。
「はァァあぁあッ!!」
そして、悪足掻きをすることすら許さずに、彼の心の臓を目掛けて刀を突き立てた。
手の施しようのない傷を胸に負い、男の体からは力が抜けていく。
すると、そんなもたれ掛かり始めた男をシロウは力ずくで振り回しながら反転する。
そうした直後、場には再び銃声が響き渡るが、死に行く男を盾としたシロウには凶弾が届くことはなかった。
紙一重で難を逃れ、シロウは男から刀を引き抜き様に女へと彼を押し飛ばす。
「……ッ! ぁガッ……!?」
そして、男を盾にした際に抜き取っていた脇差しをクナイにするように放り、真っ直ぐに飛んでいったそれは彼女の喉元へと深々と突き刺さった。
溢れ出てくる血に溺れ、女は銃を手落としながら倒れ伏す。
そうして戦いの音が消えると、辺りには離れ行く駆ける足音が響き渡る。
「……ッ! どこへ行くつもりだセンドウ! 逃がさんぞッ!!」
「待てシロウ! 誘い込まれているぞ!!」
その音を耳にし、シロウはそれを追って再び駆け出す。
レンはそんなシロウを引き止めようと叫ぶが、今のシロウには俺たちの言葉が届く気配は微塵も感じられなかった。
「くっ……! 仕方ない、追い掛け……」
廊下の先へとシロウが姿を消していくのを前にし、レンは苦虫を噛み潰したような表情をしながら追い掛ける意思を見せる。
すると、一歩踏み出そうと足を動かし始めた瞬間、開け放たれた扉とは別の扉が勢いよく開かれ、俺たちの前方には刀や剣を手にした男女が複数人飛び出して立ち塞がった。
クレアは義足に仕込まれた剣を手に取り、俺が細剣へと手を掛ける中、レンは手を横に出して制止を促しながら剣を引き抜く。
「二人とも下がっていろ。この狭い場所で入り乱れて戦うのは危険だ。ここは私が請け負う……!」
「わ、わかりました……!」
「お、お願いします……!」
俺とクレアはレンの言葉に頷き、目の前の敵へと警戒しながら戦いに巻き込まれぬよう数歩程後退る。
「……!? クレア、危ないッ!!」
「……ッ!」
そうして階段の手前、俺たちが最初に進んだ道とは別の道との交差点まで後退り、俺は視界の端にこちらへと迫る人影があることに気が付いた。
その距離、僅か数メートル。
一秒と経たぬ内にその差は詰められ、手にする刃を振り下ろされることは明白だった。
俺は迫る敵の存在に気が付くのが遅れたクレアの手を取り、レンの方へと放り投げる。
「……ッ!」
(剣を抜いて防ぐのでは間に合わない……!)
“このままでは殺られる”、俺はそう悟った。
一か八かの賭けに出なければ助からない。
その事実を瞬時に理解した俺は、クレアを放り投げた際の反動をも利用し、刃の軌道から逃れんとして後方へと飛び退く。
倒れるのではないかという程、上半身を後ろへと倒し、避けることだけに全力を注ぐ。
すると、俺の視界に映し出されたのは、“迷えば死ぬ”という、シロウの言葉通りの光景だった。
振り下ろされた剣は俺の眼前を通り過ぎ、風を切る音だけを響かせて空を切る。
その光景を目にしながら俺は勢い余らせ、落下防止用の階段の柵へと背中を打ち付けた。
「ぇっ……?」
その瞬間、嫌な音が響き渡った。
俺は何が起きたのかと疑問符を浮かべながら、スローモーションになった視界で背後を確認する。
飛び散る木片に、近づく木目の床。
俺が背中を打ち付けた柵は、その衝撃に音を立てて砕け散っていたのだ。
支えを失い、倒れていく体を止められぬ俺は、何も出来ずに離れ行く天井をただただ見上げる。
「いッ……!」
階段に落ちる、それを理解してから一瞬遅れ、俺の頭には衝撃が走る。
そして、そのすぐ後に襲い掛かったのは段差を転がり落ち、視界がぐるぐると回っていく感覚だった。
声も出せず、自力で止まることも出来ない俺は、痛みが襲い掛かってこなくなるまでひたすらに堪え続けた。
「うっ、ぐッ……いっ、てぇ……!」
そうして一階まで転落してようやく止まった俺は、頭に流血がないか手で触れて確認しながら体を起こす。
「びっくりしたぁ……」
「……ッ!?」
すると、俺の頭上からは聞き覚えのある声が響き渡る。
その声に俺は急いで顔を上げると、数歩程離れた場所には、桃色のツインテールを揺らすリゼが戸惑いを露に立ち尽くしていた。