三章21話 烈火の怒り
廊下へと踏み出し、拐われた人々の捜索と共に屋敷の探索を始めた俺たちは、前方と後方そのどちらにも視線を配り、強い警戒を放ちながら歩みを進めていく。
そして、視界に映る扉の全てに手を伸ばし、その部屋の中を次々と確認していった。
ただ視界に映るのは調理場や浴場、物がほとんど置かれていない殺風景な部屋など、目に留まるような光景が待ち受けていることはなく、どの扉を開いてもそこに人の姿は見受けられなかった。
(……何だろう、この違和感)
そうして四つ、五つと部屋の確認を終えた頃、俺は何の災難に見舞われることもなく歩み進められている現状に、拭い去ることの出来ぬ違和感を覚え始める。
「シロウさん……何か、おかしくないですか?」
「……ああ、妙だ。人の気配がなさ過ぎる」
すると、その違和感はシロウも同じように感じている様子だった。
問い掛けに頷いたシロウは、あまりにも人に遭遇しない現状に眉をひそめる。
「外にだけ見張りを置いていて中がこれではあまりにも手薄。それに、今思えばあの見張りの配置も、窓から侵入し易いように配置されていたような気もする」
「誘い込まれた……ということなのでしょうか?」
「ああ。もしかしたら、な……」
不穏な空気が立ち込めていく中、俺たちは手当たり次第に扉を開き、人の姿を求めて歩み続ける。
しかし、いくら進めども、どれだけ会話を重ねようとも、俺たちの前に人の姿は一向に現れはしなかった。
一階にある全ての部屋を確認し終え、俺たちは眼前にある階段へと足を進める。
「……一階には人の姿はなし、か。これはどうやら、本当に裏がありそうだな」
「ああ……だが、敵にどういう思惑があろうと関係ない。雑魚を蹴散らす手間がないならそれはそれで好都合だ。何もしてこぬと言うのであれば、このまま好きなようにやらせてもらおう」
シロウの言葉に俺たちは静かに頷き、俺たちの間に取り巻く空気はその言葉に背中を押されるようにして勢い付いていく。
そして、どこか慎重さがあった足取りは人気のなさも相まって少しずつ大胆さが増し始め、その勢いのまま俺たちは階段へと足を踏み出して二階へと向かっていった。
二階へと続く階段のほぼ全てを登り終え、シロウは上半身だけを乗り出して二階の様子を確認する。
「……ここにも人の姿はなし、か」
「これだけ静かだと、どこかで待ち伏せがありそうだな」
シロウは気が楽だといった様子で小さく吐息を吐いて階段を上り切り、俺たちはその後に続いて二階の床へと足を乗せる。
二階の光景は一階のそれと比べて大きな変化はなく、代わり映えのない景色に先程まで緊張で強張っていた俺の肩からは徐々に力が抜けていき、張り詰めていた緊張の糸は少しずつ緩み始めていた。
「止まれ……!」
「「「……!」」」
すると、廊下を数歩程歩み進めたところで、シロウは制止を促しながら足を止める。
「どうやら、待ち伏せているわけではないようだ」
俺たちは一斉に腰を低くして身構え、廊下の前方にある曲がり角へと視線を集中させる。
すると、ザッ、ザッという、擦るような小さな足音が聞こえ、その音は次第に大きくなりつつあった。
数瞬とその場で待ち続け、はち切れるのではないかという程に緊張の糸が強く張り詰めた頃、俺たちの視界にようやく音の正体がその姿を現す。
「……おや? シロウじゃないか。どうして、君がこんな場所にいるんだい?」
「なっ……!?」
その男は俺たちの記憶にもしっかりと残っている者の姿だった。
女性のような長い黒髪に包み込むような優しげな笑顔。
写真に写っていた姿と何一つ変わらない、センドウという男が俺たちの前方に現れたのだ。
シロウは目を見開いて驚愕し、僅かな間の後、殺意を露にして目を鋭くする。
「なぜお前がここにいる、センドウ?! 道場にいた女からは都に行ったと聞いたぞ……!?」
「私がそう告げたのだから当然だろう?」
(何だ、こいつ……? 何か、おかしい……あのセンドウって男、俺たちがこの場にいることを驚いているようには見えないぞ)
すると、センドウは可笑しな質問だといった様子で笑みを浮かべる。
そんな返答を耳にし、シロウは一度目を瞑って一つ深呼吸をする。
「……そうか。確かに、そうすれば現状と辻褄が合うな」
そして、一瞬の内にして落ち着きを取り戻すと、シロウは刀へと手を掛けてゆっくりとそれを引き抜き始める。
「……センドウ、二つ問う。お前は以前、フェイ・ウィンリーという女と密会していたと聞くが、今お前はそいつと手を組んでいるのか?」
「うん、そうだよ。今の私の目的と彼女の目的が一致したのでね、彼女とは良好な関係を築かせてもらっているよ」
シロウは問いを投げ掛けながらゆっくりと歩み始め、一歩進む度に刀を握る手には力が込められていく。
そんなシロウの姿を前にし、センドウは笑顔を浮かべながら同じように刀を引き抜いた。
「それと、もう一つ……」
「……! 待て、シロウ!」
「ミアをどこへ連れ去った……!?」
すると、歩み始めたシロウへと、レンは引き留めんとして切迫した様子で制止を促す。
しかし、怒りの炎を全身から迸らせるシロウの耳にはその声は届いておらず、その足は僅かながらも勢いが衰える様子はなかった。
「さあ? 知らないな。今となってはもう不必要なものだ。興味のないものの行方などどうだって良い」
「……ッ! 貴様ァァあぁアッ!!!」
そんなシロウの怒りを煽るように、センドウはゴミを道端に捨てたとでも言わんばかりの興味のない様子で問いに答える。
その瞬間、シロウは烈火のごとき激しい怒りを露にし、爆発するような勢いでセンドウへと向かって駆け出した。