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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章20話 迷うな

 屋敷への侵入を終え、屍を越えた俺たちは扉を前にして立ち止まる。

 皆が口を閉ざし静けさに包まれる中、最前列に立つシロウは扉へと耳を当て、扉の先に人がいないかを探っていた。



 「……どうやら近くに人はいないらしいな」



 数瞬の間を置き、人の気配がないことを確かめたシロウは壁から耳を離して扉の取っ手へと手を掛ける。



 「シロウ……」



 すると、そんなシロウへとレンは、複雑な面持ちで小さく声を掛けた。

 その声の様子からシロウは手を止め、背後に立つ俺たちへと首だけを回して振り返る。



 「……なんだ?」



 僅かな間を置き反応したシロウは、短く一言だけ言葉を返す。

 その言葉にレンは肩口に背後を一瞥する。



 「……彼女を殺すことは、必要なことだったのか?」



 そして真っ直ぐな視線を以て、レンはシロウの取った行動へと疑問を投げ掛けた。

 すると、シロウは取っ手に掛けていた手を下ろし、首だけでなく体ごと反転させて俺たちへと面と向かい合う。



 「必要だから殺ったんだ」



 そして、罪悪感はないと言わんばかりに、揺らぎない瞳でそう言ってのけた。

 “人を殺す”という行為に一切迷いのないシロウを前にし、レンは言葉を詰まらせる。



 「……なぜ今そのことを問う必要がある? 犯罪組織の本拠地とも言える場所にいるこの状況で、常に人として正しい道を選んで戦えとでも言うのか? 敵は犯罪を犯している人の道を外れたやつらだぞ? そんなやつらに道理を通す筋などない。いいか? やつらからすれば、俺たちはもてなすべき客人などではない。殺すべき敵だ。見つかれば男、女に関わらず殺されかねないんだぞ。手を汚したくない、などという甘えた考えは捨てろ……!」


 「……そ、そうだな。確かに、その通りだ。すまない、余計なことを口にした」



 シロウの声を抑えながらも語気の強い言葉を耳にし、レンは頷きながら了承の意を告げる。

 すると、シロウは扉へと振り返り、再び取っ手へと手を掛ける。



 「殺さずに済むのが一番だということは俺もわかっている。だが、そんなことばかり言ってられる程、余裕のある状況ではない……いいか、片時も忘れぬよう心に刻んでおけ。ここでは少しでも迷えば、待っているのは死だけだと言うことをな。判断を誤るなよ?」



 そして、強い警戒心を放ちながら、シロウはゆっくりと扉を引き開けた。

 僅かに開いた扉の隙間から、シロウは先に延びる廊下の様子を確かめる。



 「……仕掛けらしきものは見当たらないな」



 数多の人が同時に身を置くことが出来る程の大きな屋敷、外をうろつく見張りの数、帆船を動かせるだけの乗組員の数。

 それらいくつもの要素から考えられる人の数は、少なく見積もっても五十は下らないことだろう。

 しかし、目の前の廊下からは足音どころか小さな物音すら響くことはなく、外で強い警戒を行う見張りの存在に反して、不可思議と言わざるを得ない程にそこは静けさに包まれていた。



 「よし、まずは屋敷にある全ての部屋をしらみ潰しにしていくぞ。人を隠しておくにはうってつけの場所だ、必ずどこかに拐われたやつらがいるはずだ……改めて言っておくが、相手は人間ではなく敵だ。迷うなよ……!」



 シロウの念押しに、俺たちは真っ直ぐな瞳を以て無言で頷く。

 そしてシロウの後に続き、俺たちは人気のない廊下へと踏み出していった。



ーーーーー



 暗さと静けさに包まれたとある部屋の中。

 窓はカーテンで締め切られ、部屋の隅々では蝋燭の小さな火が弱々しく揺れながら僅かな明かりをもたらしていた。



 「……おやおや、来たみたいじゃぞ」



 そんな部屋の奥の方、蝋燭の明かりが僅かに届くかどうかといった場所から、老婆の嗄れた声が響き渡る。



 「……! 本当ですか?」


 「ああ、本当じゃ。ここから見えたからのう」



 老婆は反応を示した男の声に、手元にある水晶玉を示しながら頷く。

 だが、老婆の言葉に反して透明な水晶には何の画像も映像も映ってはいなかった。

 ただ、反応を示した男はその言葉に疑念を抱いている様子はなかった。



 「予想よりも随分と早いな……」


 「どうやら、三人ほど連れがおるようじゃぞ。ゆえに、これだけ早くやってこれたのじゃろう」



 老婆は水晶を見つめながら、正確な数字を示しながら言葉を紡ぐ。

 しかし、やはり水晶には何も映ってはおらず、ただただ蝋燭の光を反射して存在感を示しているだけだった。



 「なるほど……それはまた随分と予想外のことが起きたものです。でも、あなたがいれば強者も弱者も関係ないのだから大丈夫でしょう」


 「何を言っておる、来るのが早すぎてまだ準備が出来ておらんわい。とっとと小娘どもと一緒に下に行って時間を稼いでこんかい」


 「ええ、わかりましたよ」



 男は老婆の命令に素直に従い、扉へと向かって真っ直ぐに歩みを進めていく。

 老婆はそんな背中を一瞥した後、水晶へと視線を戻し、両手をかざしながら小さくぶつぶつと何かを念じ始めた。

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