表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
61/133

三章17話 揺れる毛先を追い掛けて

 「こうして俺は、妹を連れてセンドウの元を離れ、二人でここに暮らし始めたんだ……」



 全てを語り終えたシロウは物憂げな様子で、僅かに俯いて口を閉ざす。



 「……となると、そのセンドウという男はシロウの妹さんを盾に言うことを聞かせようという事だろうか?」



 そんな静けさが舞い降りた中、レンは沈黙を破って推測を口にする。

 すると、その言葉を耳にしたシロウは顔を上げてレンへと視線を注ぎ、否定の意を込めて静かに首を横に振った。



 「いや、それはない。もしそうだとしたら、俺の元には脅迫文が届いているはずだ」


 「そうか……では、これからシロウはどうするのだ? 都に向かうのか?」


 「いや、センドウはいずれこの町に帰ってくる。わざわざこちらから出向いて入れ違いになる可能性を生む必要はない。今はとにかく、フェイという女の情報を集めるのが先決だ。センドウとそいつが繋がっている可能性がある以上、衝突することを考えておく必要がある」



 シロウは訪れるかもわからぬ先を見据え、気迫の込もった表情で懸念を口にする。

 しかし、シロウのその表情は一瞬の間を置くと瞬く間に和らぐ。



 「……だが、その前に腹ごしらえだな。どれだけ先を急ぎたくても、万全を期さなければいらぬ事故を起こしかねん。今日一日付き合わせた礼だ、お前たちもここで食っていけ」


 「そうか? なら、ありがたく頂こう」



 レンはシロウの言葉に笑みを返し、それを目にしたシロウは台所へと向かっていく。

 時を刻む毎に家の中には食欲をそそる香りが立ち込めていき、腹の虫は早くしろとせがむように声を響かせる。

 そうして半時間程待った後に出来上がった料理を、俺たちは四人で輪を描くようにして囲んで楽しんだ。


 幾分かの時を掛けて夕食を終え、腹を満たした俺たちは、シロウの家から外へと足を踏み出す。

 空は全体的に青黒く染まり、大きな月が白く光輝いて町に明かりを降り注ぐ。

 ただ、その光に照らされる町の光景は、日中の時とは打って変わったものとなっていった。

 一言で表すならば人がいないのだ。

 建ち並ぶ家屋の中からは声が響いてくるものの、外を出歩く人の姿はまったくと言っていい程に見受けられず、ゴーストタウンとも言うべき状態に様変わりしていた。



 「……昨夜は悲鳴の元へと駆け付けるのに追われて気付かなかったが、まったく人の姿が見られないな」


 「人拐いは老若男女問わず行われているからな。今時、夜にこの町をうろつく輩など、命知らずのバカか、命に代えても成し遂げなければならないことがあるもの以外にいないだろうな」



 シロウは外へと足を踏み出すや否やすぐさま集中力を高め、鋭く光らせた瞳で辺りに視線を動かし始める。



 「なら、早く目標を成し遂げて、バカ以外も夜道を歩けるようにしなくてはな」



 そんなシロウへと、レンは柔らかな微笑を浮かべてそう言った。

 場を和ませようとしたその言葉に、俺はクレアと共に微笑む。



 「……! あれは誰だ?」



 すると、笑みを挟む余地がない程に集中しているシロウは、俺たちへと気を引き締めろと言わんばかりに、声を潜めながら路地の先へと視線を注ぎ始めた。

 俺たちはその声にすぐさま振り返り、視線の先にある十字路に浮かぶ、うっすらとした人影へと目を凝らす。

 空に漂う雲が流れ、一時隠れていた月が顔を出して強い光が再び注がれ始めると、うっすらとしか見えなかったそのシルエットが鮮明に視界に映り始める。



 「……ッ! あいつは……!」


 「いぃ……ッ!? 嘘でしょ……!」



 俺はその顔に見覚えがあった。

 そして、それは俺たちの存在に気が付いた彼女も同様らしく、俺たちを目にした瞬間、彼女は特徴的なツインテールを揺らしてその場から逃げ出し始めた。



 「誰だ……!? 知っているのか!?」


 「あいつは誘拐組織の一員……フェイ・ウィンリーの手下です!」



 印象深く記憶に残っている彼女の名はリゼ。

 桃色の髪が特徴的な小柄な少女だ。

 俺の言葉を聞いた瞬間、シロウは目の色を変えて走り去った方向へと駆け出し始める。

 そんなシロウに続き、俺たちもまたリゼの姿を追って消えていった方向を頼りに駆け出し始めた。


 リゼの消えた方向へと十字路を曲がり、先を行くシロウを追い掛けて次の分かれ道を曲がっていく。

 しかし、いくつもの路地が姿を表す入り組んだ町中で、逃げ出し始めの早かったリゼに追い付くのは至難の技だった。

 数瞬と全力疾走を続けようとも、一度見失った姿に追い付くことなど出来ず、俺たちは息も絶え絶えに立ち止まって苦しさに表情を歪める。



 「見失ったか……どうする? 手分けして探すか?」



 レンは険しい顔をしながら辺りを見渡し、リゼの影がどこかに潜んでいないかと警戒の糸を張り巡らせる。



 「いや、その必要はない」



 すると、シロウはレンとは対照的ないたって落ち着いた様子で、その問い掛けに首を横に振る。

 その理由を求め、俺たち三人はシロウへと視線を集めた。



 「フェイというやつが入国してから今日までに、異邦人が宿屋以外で寝泊まりしているといった情報を耳にしたことがない。つまりは、やつらは連れ去った人々を隠せるような拠点をこの町に持っているわけではないということだ。そうなれば考えられる可能性は一つ。逃げた人影が向かう場所は、港にある、やつらの乗ってきた船のはずだ……!」



 シロウの推測に俺たちは顔を見合わせて頷く。

 そして追跡を中断し、予想された目的地へと向かって再び町を奔走し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ