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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章6話 かがり火の横路

 「はぁ……はぁ……はぁ……!」



 駆ける足音、乱れる呼吸。

 響かせる音の全てが今いる閉鎖空間では反響し、本来では響き渡ることのない小さな音ですら、包み隠すことのできないほどの大きな音へと変化していた。



 「……!」


 (階段……! 上に繋がってる!)



 すると、リゼから逃げるために駆け続けていた俺の視界には、上階へと伸びる石造りの階段の姿が映る。

 暗く閉ざされた地下牢から抜け出せる確かな道を前にし、俺の表情は喜びで自然と輝いた。



 「……ッ!」



 しかし、その喜びも一瞬。

 俺は階段を数メートル手前にして急ブレーキし、足を止める。



 (いや、待てよ……こんな、都合良くいくのか? リゼってやつを牢屋に閉じ込めることはできた。あいつが鍵を持っているから閉じ込めたままにしておくことはできないけど、それなりの時間稼ぎにはなるだろう……けど、あいつと一緒にいたモルダってやつはどこだ? それに、あの二人は俺がここに連れてこられたことを後から知ったような様子だった。ということは、あいつらの仲間がまだ他にいるってことじゃ……)


 「……おにいちゃん?」


 「……ッ!?」



 すると、記憶に残る二人の会話を省みていた俺の耳に、酷く怯えた様子の幼い声が響き渡る。

 俺は突如としてかけられた声に、過剰に反応しながら振り返ると、すぐ近くにあった牢屋の中では死んだような瞳でこちらを見つめる少年の姿があった。



 (こ、子供……小学生くらい、じゃないか? こんな子まで、ここに監禁されているのか……)


 「……おにいちゃん、何で外にいるの?」


 「えっ……?」



 少年から問いが投げ掛けられることを予期していなかった俺は、回答を用意することもできずに疑問符を浮かべる。



 「どうやって、ここから出たの? 僕も、ここから出して……! お家に、帰りたいよ……!」


 「……ッ!」



 すると、少年は涙目になりながら母を乞い願う。

 しかし、幸運が幾重にも重なって逃げ出すことができただけの今の俺には、その願いを叶えて上げることなどできるわけもなく、少年の悲痛な思いに言葉を詰まらせる。



 (できることなら助けてやりたい……けど、今の俺に、そんな余裕は……ない)


 「……ご、ごめん。ごめんよ……助けて上げたいけど、今の俺には君を助けて上げることは、できない……」



 俺は僅かな間の後に、心を痛めながら少年の願望に拒否を突き付ける。



 「……そう、なんだ」


 「……ッ!」



 すると、少年の死んだ瞳はさらに暗く生気が薄れていき、少年は絶望に打ちひしがれて僅かに俯く。



 「け、けど……! 必ず、助けを呼んでくるよ……!」


 「……!」



 そんな少年に俺はせめてもの救いの言葉をかける。

 すると、少年の瞳には僅かに光が点る。



 「ここから逃げ出せることができたら、必ず助けを呼んでくる……! だから、それまで待っていて欲しい!」


 「う、うん……! 絶対だよ? 絶対だからね!」



 少年の瞳には涙が浮かび、新たな彼の懇願に俺は強い意思を瞳に燃やして力強く頷く。

 そして、その期待に応えるために、俺は止めていた足を再び蹴り出して階段へと向かう。



 「……ッ!」



 しかし、階段へと足を踏み出そうとした直前、俺の耳には上階から扉が開かれる音が響き渡る。



 「相変わらず、子供を売るバカな女が減らないわね。まあ、そのおかげで私たちは儲かってるけど」


 「貧乏人のくせに性欲に駆られて強姦、しかも避妊をしてなかった、だものね。これ以上育てる余裕がないから引き取ってくれ、だなんて……あまりにもバカバカしくて笑えてくるわ」


 (女の声……! しかも、二人……どうしよう、近づいてくる……! ここまで来たって言うのに……せっかくのチャンスがこんなところで無駄になっちまうってのかよ!?)



 二つの女性の笑い声が螺旋状に伸びる石の階段で響き渡り、徐々にそれは大きくなっていく。

 この地下牢がどこまで広がっているのかわからない俺にとっては八方塞がりといっても過言ではない絶望的な状況だ。

 泣きたくなるような気持ちを心で嘆きながら俺は焦りに身を染める。



 「……!」



 そうして何か打開の策はないかと辺りを見渡すと、俺の視界には薄暗闇の中に一つの違和感を捉える。



 (これ、扉……だよな? 何で、こんなところに扉が……それに、鉄格子じゃない……? 木製扉っていうことは、牢屋じゃないってことなのか……? じゃあ、いったいここに何が……)


 「……ッ!」



 何があるのかはわからぬ扉を前に俺の頭上には疑問符が踊る。

 しかし、俺の耳にはそんなことをしている場合ではないというかのように、金属が地面に落下する音が響き渡った。



 (いや、迷ってる場合じゃない……! 何が待っていようと、もうここにかけるしかないんだ……!)



 俺は階段から近づいてくる音を耳にしながら木製扉の取っ手へと手をかける。

 すると扉は軋むような小さな音を立て、可能な限りその音が響かないよう、俺は注意しながら扉を開く。

 するとそこには、地下牢に延びる廊下と同じようにかがり火の揺れる暗い岩壁に囲まれた通路が延びていた。



 (道だ……! これ、もしかして、緊急避難用の通路ってことか……? だとしたら、これ、外に続いてるんじゃ……急ごう。あの子のためにもここを出るんだ……!)



 闇の先に何が待っているのかはわからない。

 だが、俺は躊躇を捨てて覚悟を決め、外へと助けを求めるために、静かに扉を閉めながらその道へと足を踏み入れた。

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