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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章15話 その剣は誰のために

 港町に建てられた真新しい一軒の道場。

 その道場の門を、僅か十二の年にして両親を共に失い、さらには住む家までをも失ったシロウ少年は潜り抜けていく。

 しかし、道場には向かわず、シロウはその隣に建てられている民家へと足を進めていく。



 「……」



 シロウは扉を開いて帰宅すると、何か声を発することもなく靴を脱いだ。



 「おかえり、シロ……ッ!」



 そんなシロウへと、写真に写っていたものと何も変わらない姿のセンドウは帰宅に笑顔で応えようとする。

 ただ、その笑顔はシロウの姿を目にした途端に掻き消え、センドウはその有り様に思わず言葉を詰まらせた。



 「どうしたんだシロウ!? 血が出ているじゃないか!?」


 「……うるさいな」



 口許に滲む血に血相を変えたセンドウはすぐさまシロウの元へと駆け寄り、その傷の状態に表情を歪ませながら重症でないかどうかまじまじと観察する。



 「……もしかして、喧嘩かい?」



 すると僅かな間の後、センドウは確信めいた視線を以てシロウへと問い掛けた。

 そんな疑惑の視線を受け、目を背けていたシロウは冷たい瞳を以てセンドウに視線を向ける。



 「だとしたら何だって言うんだよ? あいつらは、俺の家がなくなったことを笑ったんだ。そんなの、俺の親が死んだことを笑っているのと同じだろう。そんなやつらを殴って、何が悪いって言うんだよ?」


 「悪いに決まっているだろう? シロウが天涯孤独の身であるなら何をやっても構わないさ。シロウがもたらした火の粉は私に振り掛かるだけだからね。けど、シロウにはミアがいるだろう?」


 「……ッ!」


 「シロウの今日の行動で変な恨みを買って、それがミアに振り掛かったらどうする? 悔やんでも悔やみ切れない結果を招くことになるかもしれないんだぞ?」



 シロウはセンドウの言葉に自らの不徳を理解して反論の言葉をなくす。



 「……シロウ、大切なものを守るためには時に自分の信念を曲げたり、周りからの侮辱を受け入れなければならない時があるんだよ。どんなにそれが屈辱的であっても、受け入れ難いことであってもね……なに、言いたい人には言わせておけば良いじゃないか? そんなもの、その瞬間を我慢すればそれで済むことなのだから」


 「……ああ、わかったよ」



 完全に言いくるめられ、言い返すことのできない自分に苛立つシロウはセンドウの言葉に理解を示しながらも、不満げに視線を反らす。

 そうしていると、居間の方向からはけたたましい物音が響き渡り、シロウとの対話を終えたセンドウは慌てた様子でそちらへと駆けていった。


 シロウが町中で喧嘩を繰り広げてから数日。

 口許の傷も完治した頃、センドウに呼ばれたシロウは誰もいない道場へと足を踏み入れる。



 「ちゃんと来てくれたんだね、シロウ」


 「……何だよ? 話って」



 するとそこには、竹刀を片手にしたセンドウが、胴着に身を包んだ姿で待っていた。

 シロウはその姿である程度を察したが、確かな答えを求めて、面倒臭そうな表情をしながら問い質す。



 「見てわかるだろう? シロウに剣道を教えようと思うんだ」



 すると、センドウは目にしてわかる通りの答えを笑顔で告げた。

 シロウは目を細め、呆れた様子で小さく溜め息を吐く。



 「何でそんなことをやらなきゃいけないんだよ?」


 「簡単なことだよ。剣道からは色々なことを学べるからだ」



 そんなシロウへと、真剣な眼差しを向けたセンドウは確信を持った様子でそう告げた。



 「別に、剣道でなければいけないというわけではないんだ。空手や柔道でも、何でも……武道であれば何でも良いんだよ。ただ、私が教えられるものが剣道しかないからそれを教えるというだけなんだ」


 「……だから、何でそんなことをしなきゃならないんだ、って聞いてるんだよ。学べるって……いったい俺に何を教えようって言うんだよ?」



 立て続けに言葉を紡ぐセンドウは、剣道に拘っているわけではないと取り繕いながら笑みを浮かべる。

 しかし、その反応は反抗期のただ中にあったシロウにとって、自分の意志が伝わっていないと感じたようで、シロウは苛立ちを覚えながら同じ問いを繰り返す。



 「ああっ、ごめんごめん……! 勿体ぶっているわけじゃないんだ、許してくれ」



 シロウの反応からして、今にもこの場から立ち去ってしまうのではないかと感じたセンドウは、慌てて謝罪を口にし、両手を眼前で合わせながら頭を下げる。

 そして、一呼吸間を置くと、これまでの中でも最も真剣さに満ちた表情で顔を上げた。



 「……武道からは本当に、色々なことを学べるんだ。礼に始まり、礼に終わる義に満ちた精神。強さがあらからこそ、悪に立ち向かおうと思える正義感。他にも、色々なことを得られる。ただ、もちろん武道を習ったからといって、それら全てのものが備わるとは限らない。一つ備わる人がいれば、二つ備わる人もいる。そればかりは人それぞれだ……だけど一つだけ、どんな人にも必ず身に付くものがある」


 「……何が身に付くんだ?」


 「大切な人を守って上げられる“力”だよ」


 「……!」



 センドウから告げられた言葉に、これまで関心を示していなかったシロウの瞳は一瞬で変わる。



 「町で話を聞いたよ。この前、喧嘩してきた時は、相手が三人もいたそうだね? すごいと思うよ、本当に。たった一人で三人を相手に勝ってしまったと言うんだから……でも、その三人がもし、包丁や刀なんかを持っていたらどうする? いくら喧嘩が強いシロウであろうとも、勝てるとは言い切れないだろう? それに、仮にそこにミアが居合わせたとして、そんな三人を相手にして守りきれると言い切れるかい? 無理だろう?」


 「……」


 「だから、万が一にもそんなことにならないために、力を付けるんだ。どうだい? 悪い話じゃないだろう? 剣道、やってみないかい?」



 シロウは深く考え込み、言葉をつぐむ。

 センドウに何度問い掛けられても俯き、一切反応を示さなかった。

 一秒、二秒、三秒……。

 互いに口を閉ざし、静かな時間が数瞬と流れていく。

 すると、静かに考えを巡らせていたシロウはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにセンドウの両の瞳を射抜く。



 「……やるよ、剣道」


 「……! そうか。じゃあ、今から始めようか?」



 シロウの返答にセンドウは顔を輝かせ、稽古の開始を問い掛ける。

 するとその問いに、やるべきことを見定めたシロウは静かに首を縦に振った。

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