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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章14話 センドウ

 走り出したシロウは一歩足りとも立ち止まることはなかった。

 どれだけ汗が滲もうとも、どれだけ呼吸が乱れようとも、疲れるということを知らぬ勢いでどんどんと加速し続けていく。

 追い掛ける俺たちはそのあまりの速さに少しずつ離されていきながらも、諦めることなく必死に追い続け、シロウが一つの屋敷の門の先へと飛び込んでいく姿を視界に納める。

 俺たちはその光景から数秒と時間を掛けずして、その後に続いて門を潜っていった。



 「センドウはどこにいるッ?!」


 「ひっ……!?」



 すると、俺たちが門を潜った瞬間、その声を聞いた全ての人々を怯んでしまうような、シロウの怒号が響き渡る。

 開け放たれた扉の先には道場と表現するに相応しい場所が広がっており、茶色い木目調の床が光を反射して僅かに白く輝いていた。

 そんな掃除の行き届いた道場へと足を踏み入れた俺たちは、左右を見渡して先に飛び込んだシロウの姿を確かめる。

 すると、入り口の傍らにある道場の隅には、恐怖に染まる剣道着姿の女性を追い詰めるシロウの姿があった。



 「ここの師範の男だ、師範代のお前が知らないはずはない! 答えろ! センドウはどこにいるッ?!!」



 シロウは壁に手を着きながら怯える女性へと畳み掛けるように怒号を響かせ、女性の目には徐々に涙が浮かび始める。



 「せ、センドウ先生は、ここにはいません……! い、今、都の方に出向かれていて、当分は帰ってこないと……」


 「……ッ!」



 女性は震える声で、精一杯の声を振り絞ってシロウの質問へと答える。

 すると、シロウは力が抜けたように壁に着いていた手を下ろし、そして。



 「クッソォ……!」



 鬱憤を晴らすように、壁に向かって強く拳を叩き付けた。

 シロウの追求から解放された女性は恐怖に染まりながら、支えを失ったように膝を崩し、力なく床にへたり込む。

 そんなシロウにも女性にも俺たちは掛ける言葉を見付けられず、ただただその光景を静かに見つめることしか出来なかった。


 時は経ち、時刻は夕刻。

 道場を後にし、気落ちした様子で歩むシロウの後ろを、俺たちは僅かな距離を保ち続けながら付いていく。



 「……シロウ、センドウ先生とはいったいどういう人物なんだ?」



 そんなシロウの背中へと、レンは様子を伺いながら問い掛ける。

 シロウはその問いに振り返ることはなく、立ち止まることも返答することもないまま歩き続けていた。

 そうして数秒と歩き続けた頃、一軒の家屋の前でシロウは立ち止まり、玄関の扉を開いて背後を付いていた俺たちへと振り返る。



 「……俺の家だ。入れ」



 シロウの表情は少し疲れた様子だった。

 俺たちは促されるままに家の中へと足を踏み入れていく。

 すると、俺たちを待っていた景色は、とても裕福とは言えない、ものがほとんど置かれていないとても質素な光景だった。

 俺たちは靴を脱いで部屋へと上がり、キシキシと音を立てる床を鳴らしながら部屋を見渡す。



 「……! これは……」



 そうしてタンスの前へと通り掛かった俺は、その上に置かれている写真立てに納められた一枚の写真に目を留める。

 そこに写っているのは今とは正反対の、柔らかな笑顔を浮かべる若き日のシロウの姿。

 そんなシロウの隣には、妹と思われる大人しそうな様子で笑みを浮かべた黒髪の幼女が写り、その二人の後ろには、優しげに微笑む黒い長髪の男が写っていた。



 「……そいつがセンドウだ」



 レンとクレアが俺の元へと集まって写真を確認する中、シロウは俺の背中へと静かに疑問に対する答えを投げ掛ける。



 「そいつのことについて話す……適当に座ってくれ」



 そんなシロウへと振り返ると、シロウは床に座して人数分の茶を用意しながらそう言った。

 俺たちはその言葉に従い、シロウの元へと集まって四角を作るように床に腰を下ろす。

 すると、シロウは話し始める合図をするかのように小さく溜め息を吐いた。



 「……道場でのことを少しは見ていたお前たちなら薄々わかっているだろうが、センドウはこの町に唯一存在する剣術道場の師範の男だ。それも、都にある大きな道場から指導を願われる程には有名なくらい、腕のあるやつだ」



 これまで幾度となく見せてきた、激情に駆られた姿とは似つかない、とても静かな口調でシロウは言葉を紡ぎ始める。



 「……お前たちが知りたいのはそうじゃないよな? 本当に知りたいのは、あの写真がどういうものなのか、ってことだろう?」



 しかし、語り始めてすぐに、シロウは儚げに笑い、言葉を途切らせて僅かに沈黙し始めた。



 「……あの写真は、五年程前に撮ったもの。俺と妹と、センドウが、まだ家族として過ごしていた時のものだ」


 「家族として……? いったい、どういうことですか?」



 そうして僅かな間の後に発したシロウの言葉に、俺は疑問符を浮かべる。

 確かに、親と言うには似ているところがあまり見つからなかったが、一見するだけでは家族写真と見間違っても不思議ではない程の親しさが、あの写真からは滲み出ているのが感じ取れた。

 そしてそう感じ取ったのはレンとクレアも同じらしく、二人の表情にもシロウの言葉に対する疑問符が浮かんでいた。



 「俺と妹には親がいないんだ。今から十年前、家が大きな家事にあって、その時に二人とも死んだ……あの時は、俺はまだ十二の年で、妹に至ってはまだ二歳だった。とても大人とは言えない年齢だったあの時の俺には、一人で生きていく力も、幼すぎる妹を養っていく力もなかった。そんな時に現れたのがセンドウだ。あいつは、“私が親代わりになろう”と言って、何の関わりもなかった俺と妹に手を差し伸べてくれたんだ」



 湯飲みにくべた茶に視線を落としながら、シロウは重たい空気を伴って、自らの過去を呟き始めた。

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