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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章12話 出入国者帳簿

 役人との取引を終えた俺たちは、男に促されるまま家の奥へと足を進める。

 (ふすま)を抜け、廊下を渡り、その突き当たりにある扉まで足を運んだところで男は足を止める。

 そして、一呼吸置いてから男が扉を開き、隠されていた部屋の様子が露となった瞬間、俺たちは皆、その部屋が目的の部屋であるということを即座に感じ取った。

 部屋の壁を覆い隠さんとして敷き詰められた本棚。

 そして、その本棚を埋め尽くすまとめられた資料の数々。

 部屋の中央にはテーブルが一つ鎮座し、古びた紙の匂いが籠る部屋には窓もなく、光が届かぬゆえに陰気臭さが漂っていた。



 「えっと、確かこの辺に……」



 そんな部屋に明かりを灯しながら足を踏み入れた男は一直線に一つの本棚へと向かうと、背表紙に指を這わせながら一つ一つ確かめていく。



 「あった。これですね」



 すると、目的の書物を見つけたらしい男は声を明るくさせながら本棚からそれを引っ張り出す。

 そして、書物を手にしながら俺たちへと向き直ると、男は一番近くに立っていたシロウへとそれを差し出した。



 「用が済んだら元の場所に戻しておいてくださいね? では、私は仕事があるのでこれで失礼致します」



 シロウが差し出された書物を手に取ると、男は一仕事を終えたとばかりに俺たちに後を託して踵を返す。

 そんな男の背中を見送った後、シロウは中央にあるテーブルへと書物を置いて表紙を開き、俺たちは寄り集まってそこに記された記録へと目を通し始めた。

 帳簿には日付と共に代表者の指名、そして出国と入国のどちらを行ったのかが記されており、一番新しい記録には俺たちの乗る船を取り仕切る立場にあるレヴィの名が乗っていた。



 「取り敢えず、人拐いの噂が出始めた日程より前の記録を追っていくのが良いだろう」


 「ああ、そうだな」



 レンの一言にシロウは間髪入れずに同意し、日付を確認しながら次のページを開いていく。



 「……この日だ。この日辺りから噂が流れ始めた」



 すると、日付に指を這わせて記録を確認していたシロウは一つの日付を指差して止まる。



 「となると、この日以前に入国していて、今もこの国に滞在しているものが怪しくなる、と言うわけだな」


 「ああ……!」



 そんなシロウの呟きをレンは即座に理解し、その会話によって注目すべき要点を共有した俺たちは、噂が立ち始める以前の日付で記録されたものたちの名前と出入国情報を注意深く確認し始めた。

 入国したものの情報が現れる度に、既に出国を終えたかどうか、その有無を確認する。

 そうして記録を何度も見返しながら、俺たちは可能性のない出入国者を少しずつ選択肢から除外していった。



 「……ッ! レンさん、これ……!」


 「どうし……ッ!」


 「「……?」」



 そんな中、俺は記録の中に知った名前があることを見つける。

 その名を知っているのは、この場では俺とレンのみ。

 俺とレンが目の色を変えた理由を事知らぬクレアとシロウは、俺たち二人の様子に疑問符を浮かべる。



 「フェイ・ウィンリー……? この名前がどうかしたか?」



 シロウは俺が指差した名に目を通し、見知らぬ名だといった様子で改めて疑問符を浮かべる。



 「えっと……このフェイって人は、俺の知っている人物と同一人物なのであれば、人身売買を行う組織の親玉に位置する人なんです」


 「……ッ! 本当か!?」


 「ああ、本当だ。入国した時期と未だ出国していない状況を省みれば、この国で人拐いを行っている人物はこいつらの組織と見て間違いないだろう……!」



 そんなシロウへと、俺とレンが注目した理由を述べると、シロウは瞳孔を開き、その目は一瞬にして恐怖さえ感じるような鋭さが現れ始めた。

 シロウは帳簿に載るフェイの名を静かに凝視し、歯を強く噛み締めながら固く拳を握り締める。



 「あの……」



 すると、一人押し黙っていたクレアは、シロウの訳あり気なその様子を目にして恐る恐る声を上げる。

 その呼び掛けに、俺たちの視線は一斉にクレアへと注がれ、強張っていたシロウの体からは僅かに力が抜ける。



 「シロウさんは、何でそんなに人拐いを必死に探しているんですか? あの役人の方はシロウさんのことを一介の町人と呼んでいました。町の治安を維持する職を担っているわけではないのに、危険を犯してまでそれに関わっていく理由が何かあるのですか?」



 クレアの口から紡がれた言葉は、心のどこかで疑問を抱いてはいたものの、一度として自ら問い質しはしなかった質問だった。

 クレアの問いを耳にし、シロウは押し黙ったままクレアから帳簿へと視線を移す。

 俺とレンは一言足りとも言葉を挟むようなことはしなかった。

 ただ、シロウが答えるかどうか、その行く末を静かに見守る。



 「……妹が、消えたからだ」


 「「「……ッ!」」」



 すると数瞬の間を置き、シロウからは怒りの込もったような低く小さな声で行動の意図が明かされる。



 「大人しくて、普段からよく喋るような子ではなかったが、あいつは伝言も書き置きもなしに俺の前から姿を消すような子じゃないんだ。心当たりのある場所を必死で探し回った。だが、どこにも妹はいなかった……そんな折りに、町に流れてきたのが異邦人による誘拐の噂だ。それに巻き込まれた以外に消えた原因はないとすぐにわかった……だから、俺はこうして必死に情報を探し回っている」



 シロウは内なる怒りを抑えながら事の経緯を淡々と語り、俺たちはその話に静かに耳を傾けた。

 そうして一通り話し終えたのか、シロウは僅かな間の後に帳簿を閉じ、真っ直ぐな目線を以て俺たちへと向き直る。



 「……昨夜の無礼を改めて詫び申し上げる。突然斬り掛かるような真似をしてすまなかった」



 すると、姿勢を正し、堅苦しさを感じる程のきっちりとした所作を以てシロウは深々と頭を下げた。

 突然の出来事過ぎたがゆえに、俺の中で昨夜の一件は恨みを募らせるような事ではなかった。

 そしてそれはレンとクレアも同じ気持ちだったようで、シロウの謝罪を目にした二人の表情には柔らかな笑みが浮かぶ。



 「シロウ、頭を上げてくれ。幸いにも怪我人が出ることはなかったのだ。それに、それだけの事情があったのであれば私たちが件の輩だと見間違うのも致し方ない。そう、気に病むな」


 「……! かたじけない……!」



 レンの心優しき言葉を耳にし、シロウは痛む心に表情を歪ませながら心からの感謝の言葉を口にした。

 そうして心を寄り添わせたやり取りから数瞬を置き、シロウは謝罪の前にも見せた真っ直ぐな視線を再び俺たちへと注ぎ始める。



 「無礼を行い、情けを掛けてもらっておきながらこんな申し出をするのは差し出がましいとわかっている。だが、その上でお願い申し上げる。お前たちの気が許すのであれば、俺と一緒にこのフェイという人間を探してくれないか?」



 そして、出会った時とは打って変わった物腰柔らかな態度で、シロウは出会ったばかりの俺たちへと助力を願い出た。

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