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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章11話 取り引き

 宿へと戻り、部屋に敷かれた布団で休息を取って一夜を開けた俺たちは、朝食を摂った後、昨夜の約束通りの待ち合わせ場所へと赴く。

 すると、そこには腰に刀を携えた、強者足る風格とも言うべき並々ならぬ気迫を放つ黒髪の男が、腕を組みながら瞳を閉じ、仁王立ちの状態で静かに待っていた。

 昨夜は暗夜に包まれて男の顔をハッキリと拝むことが出来なかった俺たちだったが、その風格を目にした瞬間、彼が昨夜の人物であるというのが伝わってきた。

 そんな男へと俺たちが近付いていくと、男は気配を感じ取ったのかスッと瞳を開き、視線を右往左往させることもなく俺たちへと顔を振り向かせる。

 道行く女性たちの目を奪わんとするかのような整った顔立ち。

 だが、彼の瞳には視線だけで人を殺さんとする鋭さがあり、まるで飢えた野生の狼を目の前にしているかのような恐怖さえ感じられた。



 「すまない、待たせたか?」



 レンはそんな男へと気を使い短く問い掛ける。



 「いや、問題ない。行くぞ」



 すると男はチラリと一瞥した後、短く言葉を返すと、俺たちの返事を待たずして先に歩み始めた。

 俺たちはそんな無愛想な男の後を追い、彼の背中から一歩退いて、付かず離れず町を歩き始める。



 「あの……」



 すると、無言の状況が続いていた中、クレアは勇気を振り絞った様子で声を上げる。

 その呼び掛けに男は足を止めることもなければ振り返りすらしないものの、首をごく僅かに動かし、肩口から背後へと視線を注ぐ。



 「その……お名前は、なんと言うのでしょうか?」



 そんな背中へと、クレアは男の名を聞かんとして問いを投げ掛けた。



 「……そんなものを聞いてどうする?」


 「どうする、というわけではありませんが、名前を知っている方が話しやすいかと思って……」



 クレアは男から返ってきた言葉に困ったような様子を見せる。

 しかし、それで問い掛けを止めることはなく、理由を述べた上で男の返答を待つ。



 「……シロウだ」



 すると、僅かな間を開けて男は一言、小さく名を呟いた。



 「シロウさん、ですか……えっと、私は……」


 「お前たちの名に興味はない。それよりも着いたぞ、ここだ」



 そんなシロウへとクレアが名を告げようとした瞬間、シロウは言葉を遮って立ち止まる。

 そこは一件の何気ない木造家屋。

 特別大きいというわけではなく、一般の家屋と見間違いかねないような建物が俺たちの前には立っていた。

 そんな家屋の扉へとシロウは躊躇うことなく手を伸ばす。



 「……! あなた方は確か……どうかしましたか?」



 すると、帳簿を付けていたのであろう役人の男はシロウを一瞥した後、続けざまに入ってきた俺たちの姿を目にして何かがあったのかと疑問符を浮かべる。

 そんな男の視界を埋め尽くすかのように、シロウは男と俺たちの間に割って入る。



 「お前に用があるのは俺だ。こいつらは可能性があるから連れてきただけだ」


 「可能、性……? いったい何の用で?」


 「この国で今起きている誘拐事件、その犯人の特定のために力を借りに来た。人拐いの噂が広がる数日、数ヶ月前から今日までに掛けての出入国者の名簿を見せてもらいたい」



 そして、疑問符を浮かべる役人へと端的に自らの要求を訴えた。

 すると、男はシロウの言葉に納得した様子を垣間見せる。



 「なるほど、そういうことですか。良くわかりました。ですが、その情報を開示することは致しかねますね」


 「……ッ!?」



 男はシロウの意思に感服した様子を見せる。

 しかし、要求に対しては良い返事が返ってくることはなかった。



 「なぜだ……!? 人拐いは老若男女問わず行われているのだぞ。お前にもその手が掛かる可能性は十分にあり得る……! 自分の身だけが可愛い貴様らのその身を守るためにも繋がるというに、なぜ協力しない!?」


 「なぜと言われましても、出入国者の名簿とは言わば個人情報ですよ? それをおいそれと見せることなど出来るわけないでしょう?」


 「……ッ!」


 (なんて融通の効かなさだよ……! こういうところだけはしっかりしやがって……!)



 男の言葉に、俺たちは反論を返すことが出来なかった。

 あまりにも筋の通った回答に、シロウは苛立ちを表情に浮かべながら言葉を詰まらせる。



 「……私としても協力したいのは山々なんですよ? 人々を、町を守ってくれるということであれば、一介の町人であるあなたにも決まりを事など省みずにお力添えしたいと心から思っております……ですが、どれだけの理由があろうとも口では何とでも言えますからね。それが本当のことかどうかは判断しかねます。ですから、その言葉に見合う証拠を提示して頂ければ、すぐにでも、協力出来るのですがねぇ……」


 「……!」


 (……前言撤回。こいつ、人の足元ばかり見やがって……!)



 しかし、俺が感じた印象は一瞬の内にしてひっくり返ることとなった。

 船倉での取り引きの時と同様にわざとらしい口調を見せる男に俺は不快感を露にしながらレンへと視線を移す。



 「レンさん、今ってお金とかありますか?」


 「……そういうことか。仕方あるまい」



 そうして小声で懐の状況を問い掛けるとレンは全てを察し、溜め息混じりに手元にある金貨を数枚取り出し始める。



 「これで足りるか?」



 そして、シロウの一歩前へと踏み出し、男へと賄賂を手渡した。

 男は受け取った金貨を掌で広げ、その数を数え始める。



 「わかりました。ご案内致します、付いてきてください」


 「……ゴミクズが」



 すると、手渡された賄賂を懐へと仕舞った男は先程とは一転して作られた笑顔を浮かべ、俺たちを家屋の奥へと促し始める。

 そんな変わり様を前にして、シロウは一切包み隠すこともなく男へと侮蔑の言葉を投げ掛けた。

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