三章10話 異邦人への疑惑
突き付けられた疑惑に困惑し、思考が一時的に停止する中、鍔迫り合いを繰り広げていたレンは男の刀を弾き返し、男は弾かれる勢いを受け流すように後方に飛び退いて間合いを取る。
「どういうことだ? 町の噂を耳にすれば人拐いの話は今日以前から既にあったものなのだろう? 私たちは今日この国に入ったばかりなのだぞ。なぜそのような疑惑が私たちに掛けられる?」
すると、いち早く冷静さを取り戻したレンは記憶に残る噂と見返しながら俺たちの疑惑に対して疑問を唱える。
「……目撃情報によれば人拐いをしている輩は異邦人だという噂があるからだ。俺は今日この時まで貴様ら以外に外国の人間を目にした覚えはない。入国制限が掛かっている現状でこの場にいる貴様らを件の犯人だと疑うのは自然なことだろう」
そんなレンの問いに、男は逡巡を経てから疑惑の理由を答える。
ただ、レンの主張を耳にしてか、斬り掛かってきた時と比べて彼の語気から溢れる荒々しさは多少落ち着きを見せていた。
「それには一つ理由があるんだ。その理由というのも、この国の入国を管理する役人には賄賂を支払えば簡単に入国を許してもらえるというものだ。だから私たちはこの地に足を下ろすことが叶っている」
「……!」
レンの新たな主張を耳にし、上を向いていた刀の切っ先は僅かに下に落ちる。
そして、支えを失ったかのように男は構えていた刀を下ろし始める。
「……そうか。クズだとは思っていたがそこまで……これでは異邦人というだけでは判別出来んな」
(町の人にも呆れられるくらいには酷さが目立っているのかよ……どうしようもないな、この国の役人は)
すると、男はやりきれない思いを噛み砕くかのように歯を噛み締め、下ろしていた刀を鞘に納める。
そんな姿に俺は同情の気持ちしか浮かんでこなかった。
「何の確かめもせずにすまなかった。許せ」
「あ、ああ」
そうして臨戦態勢が解かれると、男は先程までとは打って変わり、自らの責を即座に認めて謝罪を口にする。
その切り替えのあまりの早さに、レンは僅かに驚きながら短く受け答えた。
「ただ一つ忠告しておく。異邦人であるお前たちがこの時間帯に出歩いているのはひどく怪しまれる。お前たちが件の人物だと誤解されかねないだろう。そうなりたくなければ、今のこの国の夜の町は出歩かないことだな」
「……わかった、そうしよう。忠告、感謝する」
そして、突き放した口調ながらも、男は俺たちの身を案じた言葉を投げ掛け、俺たちへと背を向け始め、そんな男へとレンは僅かな間の後に小さく頷く。
「あの……」
すると、男がその場を去ろうとし、レンが背後に立つ俺たちへと振り返ろうとした所で、クレアは控えめな声量で声を上げる。
その声に男は立ち止まって振り返り、俺たちの視線もまた一斉にクレアへと注がれる。
「犯人が誰かということをすぐに突き止められるかはわかりませんが、入国の管理をしている役人の方に話を聞けば、この国に今訪れている外国の方たちの詳細がわかるのではないでしょうか……? 宛もなく町を走り回るより、そこで情報を確実に入手しておく方が犯人と思わしき人物も探しやすくなるんじゃないかと……」
クレアは男の気に障ることを気にしてか、恐る恐るといった様子で提案を投げ掛ける。
男はその案に小さく俯いて逡巡し始め、僅かな間の後、考えがまとまった様子でゆっくりと顔を上げる。
「……確かにそれもそうだ、そうしよう。ただ、その際にはお前たちにも同行してもらうぞ?」
すると、男から返ってきた答えは予想にもしていなかったものだった。
俺たちは驚愕と共に疑問符を頭上に浮かべる。
「……なぜだ? 私たちにそれをする意味があるとは思えんのだが?」
「意味なんてものがあろうとなかろうと関係ない。俺はまだお前たちが犯人ではないと信じたわけではないからな。あのバカどもから情報を手にいれた際に、お前たちが犯人であることが確定的になればすぐに捕らえる。そのために付いて来てもらう。拒否をすればお前たちへの疑いが深まるんだ、変な気は起こさぬことを進める」
「……わかった、一緒に行こう」
「話が早くて助かる」
男の真意を知り、俺たちには拒否権などなかった。
男と翌日の朝に落ち合う場所を取り決め、俺たちは悲鳴の正体を確かめることもなく足早に宿へと踵を返した。