三章9話 闇夜をつんざく悲鳴
ある程度町並みを見て歩き、頃合いを見計らってレヴィの元へと戻った俺たちは、用意してもらった宿へと直行する。
そうして宿で僅かに時を過ごして夜を迎えると、俺たちの部屋には豪勢な夕食が次々と運ばれてくる。
「「「おぉ……!」」」
昼に食した団子とはベクトルの違う料理の数々に、俺たちは同時に感嘆の声を上げる。
キラキラと宝石のように輝く刺身、グツグツと音を立てながら芳しい香りを広がせる鍋料理、そして存在感をありありと示す真っ赤に染まったカニ。
贅を尽くした和の料理が机に所狭しと並べられていた。
「すごい料理の数々ですね!」
「ああ。どれも見たことのない料理ばかりだな。ただ……これはもしや生魚か?」
「食べても、大丈夫なんでしょうかね……?」
しかし、驚きと興奮の様子を露にしたのはほんの一瞬のこと。
生で出された魚を前にしてレンとクレアは怪訝そうに料理を眺める。
(そうか。現代では生の魚を食すのは普通のことだけど、こっちの世界でそういう文化はまだ根付いてないのか。なら……)
俺は不安気な表情を露にする二人に安全を知らしめるようにキラキラと輝く刺身へと手を伸ばした。
「……! 旨い……! レンさん、クレア、これすっごく美味しいですよ!」
「本当か……?」
「はい、本当に……!」
俺が食べる姿を不安気に見つめていた二人は俺の言葉で互いに顔を見合わせ、覚悟を決めたように同時に頷く。
そして、刺身を一切れ箸で掬い、俺が食べた時と同じように醤油に付けて口へと運んだ。
「「……! 美味しい!」」
するとその一切れを呑み込んだ瞬間、二人は表情を輝かせながら同時に同じ感想を口にした。
「これだけ美味しい魚料理を頂いたのは初めてです……!」
「ああ、私もだ。おそらく、港町だから新鮮な魚をすぐに届けられる、ということがこの味の良さを引き出しているのだろうな」
そうしてその身で安全であることを確かめた二人の料理へと伸びる手は止まることを知らず、机に並べられた料理の数々は次々と姿を消していく。
そして、美味しいの一言が幾度となく響く夕食は、絶えず笑顔の花を咲かせながら終わりを迎えていった。
「はぁ~、おいしかったです。これなら明日も同じものでもいけちゃいそうです」
料理を平らげ、幸せそうな表情を浮かべるクレアはパタリと床に寝転がる。
「……! そういえば……!」
しかし、寝転がってから程なくしてクレアは唐突にガバッと起き上がる。
その忙しなさに、俺とレンは僅かに驚きながらクレアへと視線を注ぐ。
「明日と言えばレンさん、この町にはどれくらいの間、留まっている予定なんですか?」
すると、クレアから投げ掛けられた質問に、俺もレンもすぐに答えることは出来ずに一瞬だけ硬直する。
(言われてみればそのことを全く決めてなかったな。ここからアリアの元までの道のりはレヴィたちがいるからどうにかなるけど、そこから帰るまでの道のりは懐と相談しなきゃならないし……)
俺は自分では答えられない質問だと悟り、レンへと視線を移す。
「考えていなかったな。そうだな……」
すると、レンは顎に手を当てて僅かに俯いて考え始めた。
「誰かーッ! 誰か助けて!!」
「「「……ッ!?」」」
しかしその瞬間、絹を割くような女性の叫びが闇夜をつんざいて響き渡った。
俺たちは外から聞こえてきたその声に、先程の会話も忘れて一斉に窓の外へと視線を走らせる。
「今のは……!?」
「わからん。だが近くで誰かが襲われていることに変わりはない、助けに行こう……!」
「はい……!」
悲鳴に動揺する俺とは対照的にレンはすぐさま立ち上がる。
そんなレンと同様にクレアは力強い返事をし、俺は先に動き出した二人を追って部屋を飛び出した。
夜の道は日中とは打って変わって人の姿はまったくと言っていい程に見当たらなかった。
それは人拐いが起きているというこの国の現状があってのことだろう。
閑散とした道を俺たちは声の響き渡った方向を目指して走り続ける。
「……ッ! 止まれ!」
「「……!」」
すると唐突に、レンは俺とクレアを手で制止しながら立ち止まり、腰に携える剣へと手を伸ばす。
俺とクレアは何が起きているのかわからぬままその言葉に従い、立ち止まりつつ身構える。
「「……ッ!?」」
すると次の瞬間、辺りには鼓膜を強く打ち鳴らす、刃と刃がその身を削り合う甲高い音が鳴り響いた。
敵対者がどこからどのようにして迫ったのか見当も付かぬ俺とクレアは、ただただ驚愕するばかりでレンと相手の鍔迫り合いに息を飲む。
「どういうつもりだ貴様……! 私たちにいったい何の用だ!? 今、間違いなく殺すつもりで斬り掛かって来ただろう……!」
そうして二人でレンと相手の様子を見守る中、レンは刀を握り締める相手へと強く問い掛ける。
「刃を突き立てられる理由なら貴様らが一番良く知っていることだろう? 答えろ……! 拐ったものたちをどこへやった?!」
「「「……!」」」
すると、男の声で返ってきた答えは言われのない人拐いの容疑だった。
今日初めてこの地へと降り立った俺たちにとって、全くと言っていい程に関わりのない事件に関する容疑を掛けられていることに、俺たちはすぐさま否定の言葉を突き返すことは出来なかった。