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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章7話 利己主義

 寝る間を惜しんで船を進め、海洋の悪魔が潜む海域を逃れている内に暗かった夜は開け、水平線からは恐怖を張らすような陽光がその顔を覗かせる。

 朝を迎えたことで船内にはどんどんと落ち着きある空気が流れ始めていた。

 海は静かで怖気を感じるような気配や影はどこにも見当たらない。

 船を指揮するレヴィが一息吐くと、辺りは瞬く間に張り詰めていた緊張の糸が緩んでいった。


 すると、縄を解かれ協力を求められていた海賊たちは皆、役目を終えたとばかりに自ら拘束を求め始める。

 緊張の糸が緩んだ瞬間だ。

 その隙を狙って全員で襲い掛かれば一瞬で船を制圧することは出来たかもしれない。

 ただ、彼女らにはその意思は一切垣間見られなかった。

 それは実力さを理解したということもあるのだろうが、クラーケンから逃げるための囮として海に放り投げたりはしなかったことに対する感謝の表れだろう。

 彼女らは改めて拘束を受けると、連れられるままに船倉の牢へと進んで納められていった。


 海賊からの襲撃以来、雨に打たれる日が訪れることはあったが、命の危険が感じる程の嵐や敵襲に見回れるようなことはなかった。

 そうして平和に航海を進めること数日、俺たちの視界には島の影が現れ始める。



 「レヴィ、島が見えるけどあれってもしかして……!」


 「ええ。目的の場所、東洋の国ラスプです」



 長く続いた水平線とは違う景色に俺は興奮気味に舵を取るレヴィへと問い掛けると、レヴィからは期待通りの答えが返ってくる。

 俺は船頭へと駆け寄って身を乗り出すようにして近付きつつある景色に表情を輝かせ、そんな俺と同じように、身を乗り出すクレアもまた島の影に表情を輝かせていた。



 (あれが東洋の国……! 元の世界で言う日本ってことか! 時代的にいつ頃だろう? 江戸辺りか……? いや、もしかしたら戦国時代ってこともありそうだな……!)



 これまで見てきた国や町の姿からして、特殊な事情でもなければ、俺が生きていた時代の数百年前のような景色が見られる。

 復元されたものではない当時の姿での城や城下町、写真や絵の類いではない人々の様子。

 それらへの期待で、俺の胸は踊るような気持ちで溢れていた。



 「……! レヴィさん、何か……船がこっちに近付いて来ているみたいですよ」


 「そのようですね。おそらく検問でしょう」


 (検問……? だったら港に着いてからやった方が良いんじゃないのか?)



 すると、クレアは前方から真っ直ぐ近付いてくる船影に気付き、その状況を受けてレヴィは船の減速を指示し始める。

 帆を畳み、推進力を極限にまで減らして船に大きくもたらされる力を波のみへと減らしていく。

 そうして停船へと真っ直ぐに向かっていると、近付いてきていた船もまた速度を落とし、俺たちの乗る船の横に来て船を停止させる。

 すると、こちらの船に乗り移るためだろう木製の架け橋が船と船の間に掛けられ、袴で身を包んだ厳格そうな男たちが複数人、そこを渡ってこちら側へと歩んでくる。



 「この船の船長はどなたかね?」



 そうして船を乗り移った男の内の一人は冷たく突き放つような声音で俺たちへと問い掛ける。



 「私です」



 そんな男へとレヴィは一歩足を踏み出しながら名乗り上げる。

 メイド姿の船長というあまりにも珍妙な責任者を前にし、男たちは皆一様に驚愕の表情を見せるが、すぐさま真顔へと表情を戻して視線をレヴィへと集める。



 「そ、そうか。では船長殿、これから船の積み荷の確認をさせてもらいたいのだが、案内してもらっても良いかね?」


 「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」



 レヴィは男の要求に素直に応じ、船内へと向かって歩み始める。

 そんなレヴィの後を追い、乗り移った男たちは続々と船内へと姿を消していった。

 思わぬ場所での来訪者が一時的にいなくなり、船上には静けさが舞い降りる。



 「……あの、レンさん」


 「ん、どうした?」



 そうして男たちの目がなくなったのを確認し、俺は疑問を抱えながらレンへと声を掛ける。



 「この検問ってわざわざ海の上でするようなものなんですかね? 港に船を着けてからやった方が船を乗り移る必要もないですし、船を出す必要もないですよね?」


 「ああ、確かにそうだな……」



 すると、気持ちはレンも同じようで、海上で足止めを強いられている現状に疑問符を浮かべていた。



 「それは、この国の役人は利己主義的な考え方を持っているせいですよ」



 そんな俺たちの会話が聞こえてか、メイドの一人が声を上げる。



 「利己主義、ですか? それっていったい、どういうことなんですか……?」


 「口で説明するよりかは見た方が早いでしょう。様子を確認しに行ってみると良いですよ」



 メイドはクレアの質問に答えを明らかにはせず、ただ呆れたような苦笑いを浮かべる。

 そんなメイドの言葉によって俺たちは胸に取り巻く靄が濃くなり、好奇心に駆られて船内へと足を進めていった。


 足音を立てぬよう、細心の注意を払いながらレヴィの姿を探して船内を歩いていく。

 すると、下へと続く階段の先から聞き慣れない男の声が聞こえ、俺はレンとクレアと顔を見合わせてゆっくりと近付き、気付かれぬように覗き込みながら声の方向へと耳を研ぎ澄ませる。



 「積み荷の方は食糧と見て宜しいですかね?」


 「はい、もちろんです。それ以外のものはこれといって乗せてはいません」


 (マジかよ……中身を見ずに口頭で確認って、検問の意味がないじゃないか)



 面倒事は早々と終わらせよう。

 そう言わんばかりの男たちの態度に、一切動揺することなく受け答えるレヴィの姿。

 階段の下で繰り広げられる光景に俺は愕然とした。

 すると、男たちは唐突に困ったような雰囲気を醸し始める。



 「……しかしながらですね、この国では現在、人拐いが頻発していて外国船の入国に厳しい制限が掛かっているんですよ。我々にとって利益のない、得体の知れない船は寄港すら許さず即座に追い返そうなどといった感じでね。ですから、貿易船でもないこの船を入国させることは……」


 (何だ……? 急に話し方が変わって……)



 そんな異質な空気の中、言葉を紡ぐ男はわざとらしいと感じる程の不自然な話し方をし始めた。

 それは何かを悟らせようとする意志がありありと感じられるものだった。



 「そうですか、それは大変ですね。それはともかくとして、どうぞこちらをお納め下さい」



 すると、レヴィは男の言葉を遮って手近に置いてあった一つの箱を男へと手渡す。

 まるでその言葉が来るのがわかっていたと言わんばかりの流れるような動きだった。

 箱を受け取った男は隙間から伺うように中身を確認する。



 「……これはいったい何かね?」


 「お気持ちです。お受け取りください」


 (おいおい……まさか今のって、賄賂か? 我々にとっての利益ってそういうことかよ……)



 男たちはレヴィの言葉を聞くと至極満足気な表情を浮かべる。



 「そうか、そうか、気持ちか。それならば断る方が失礼というものであろうな……!」


 「……見てはいけないものを見てしまったのかもしれないな。戻ろうか」



 そんな男たちの様子を見てメイドの苦笑いの意味を理解した俺たちは、レンの提案に静かに頷き、足音を立てぬようにしながら甲板へと踵を返す。

 そして、遅れて帰ってきたレヴィから寄港の許可が降りたことを知らされた後、東洋の国ラスプの港へと船を接岸させた。

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