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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章6話 海に潜む悪魔

 見張りからの一報を受け、船内は瞬く間に騒がしさを増し始める。

 そんな中、船影が確認された方角へと駆け付けた俺は一つの光も見当たらぬ水平線へと注視する。



 「近い……! これはまずい……!」



 すると、一足早く駆け付け、望遠鏡を通して船影を確認したレヴィは表情を焦りの色に染めながら目から望遠鏡を離す。



 「シンジ様! 明かりを持ってきてください!」


 「……! あ、ああ。わかった……!」



 切迫した様子のレヴィからの要求に、俺は即座に了承してマスト付近に掛けてあった明かりを手に取り急いで駆け戻る。



 「レヴィ、持ってきたぞ……!」


 「ありがとうございます……! では、それで海面を照らしてください!」


 「……! 海面を……?!」


 「はい!」



 俺はレヴィから下された指示をすぐに行動に移すことは出来なかった。

 俺の中にある知識では、海面を照らすという行為は魚を誘き寄せるために用いる方法、という認識しかなかったからだ。

 レヴィは俺の疑問符に力強い返事を響かせる。



 「この距離であればもう大砲の射程圏内に入っています! それをしていないということは、狙いは私たちの持つ金品や食糧です! 小舟で接近して乗り込んで来るに違いありません!」


 「……!」



 レヴィの発言の訳を知り、俺は急いで海面へと明かりを傾ける。



 「「……!」」



 しかしその瞬間、船内から駆け上がってきた音とは違う足音が、船尾から複数鳴り始める。

 俺はすぐさまその音の方向へと振り返る。

 すると、俺の視界にはレンやクレアでもメイドたちの姿でもない、剣を手にして殺気を放つ女の姿があった。

 女は剣を頭上に掲げながら階段を飛び降り、俺、もしくはレヴィを切り付けんとして迫って来る。



 (まずい……! 防ぐのが間に合わないッ!)



 剣を抜いてそれを受け止めることは間に合わない。

 瞬間的に脳がその未来を訴え掛けてくる。



 『体勢が崩れてしまった時は無理にその状況を立て直そうとする必要はない』



 しかし、その未来が見えたのと時を同じくして、俺の脳裏には鍛練の際のレンの言葉が瞬く間に木霊する。



 『そこに留まり続けるということは、相手にとっては有利な状況が続くということだ。だからそうなった時には飛び込みながら受け身を取ることで相手の追撃をかわしつつ、間合いを取って状況を五分に持っていくんだ。そうすれば不利な状況で畳み掛けられることが少なくなるからな』


 「……ッ!」



 俺は走馬灯のように駆け抜けたその記憶に従い、太刀筋から身を反らしながら甲板へと飛び込んで、受け身を取ると同時にすぐさま立ち上がって剣を引き抜く。

 すると、刃を振り下ろしてきた女は後方に飛び退いて避けたレヴィには目もくれず、俺の方へと向かって駆け寄ってくる。

 この世界での常識は女の方が力が強く、男の方が弱いというもの。

 楽に仕留められる方を狙うのは至極当然。

 詰め寄り様に勢い良く振り下ろされる剣に、俺は抜いた剣を横にし、足腰に踏ん張りを利かせて受け止める。



 「……ッ!?」


 (重い……!? こんなにも力の差があるのか!?)



 ギィンという金属音が響き渡りると同時に伝わってきたあまりの重たさに、俺は自分の取った行動が間違いだと感じ取った。

 下手に受け止めれば動きは硬直せざるを得ない。

 そうなれば間合いを取る隙などなくなり、剣を極めているわけでもない俺は力負けする未来が確定していた。

 力任せの押し合いに太刀打ち出来ず、受け止める腕はどんどんと曲がって刃は俺の顔へと迫って来る。



 (ダメだ。押し切られる……!)



 もうこれ以上、力比べを続けることは出来ない。

 そう悟り、死ならずとも痛みを避けることは出来ないと俺は覚悟した。



 「「……ッ!」」



 しかし、俺の覚悟とは裏腹に、刃が俺の血肉を貪ることにはならなかった。

 代わりに訪れた光景は、女の剣に真横から振り払われる切っ先と、耳に残る音を残してへし折れ、刃が乱回転しながら宙を舞う姿だった。



 「力で敵わぬ相手との戦い方は忘れてしまったか?」


 「レンさん……!」



 俺の窮地へと駆け付けたレンは、金糸の長髪を揺らしながら優し気に微笑む。

 すると、レンの登場を前にして剣を折られた女は危険を察知して後方に飛び退く。



 「すみません……!」


 「ぇっ……!?」



 しかし、その退路を塞ぐ形でクレアは現れると、女の腕を取って自身の方へと引き寄せながら振り返らせ、女が前のめりになったところでその足を蹴り払う。



 「動かないでください……!」



 そして、取った腕を背中側へと回して関節技を決めると、甲板に押し付けて身動きが取れぬように抑え込んだ。

 窮地が去り、回りを確認出来る状況に落ち着いた俺は、荒れた息遣いを響かせながら辺りを見渡す。

 すると、戦闘には不向きであろうメイドたちが、戦闘のプロともいえる海賊たちを圧倒しており、船上は既に事態の沈静化を迎えつつあった。



 「さすがだな。王女の側に仕えているだけはある」



 レヴィたちは普段、片時としてアリアの側を離れることはない側近である立場。

 非常時に備えた戦闘力も兼ね備えているようで、戦いの立ち回りも近くのもの同士の連携力にも一切の穴が見当たらなかった。

 俺やレンが状況を眺めている内、乗り込んで来た海賊たちは皆、メイドたちの手によって取り抑えられていった。



 「手の空いているものは直ちに海面を照らしてください!」



 しかし、一度状況が落ち着こうともレヴィには油断の欠片も存在しなかった。



 「これはまだ第一陣に過ぎません。彼女たちが波状攻撃を仕掛けてくる可能性が考えられます! 敵船の状況を警戒しつつ……」



 レヴィは体を休めることなく全員へと指示を出し、次なる攻撃に備えようとする。

 しかしその行為は次の瞬間、誰もが意図せぬ形で遮られる。



 「「「……ッ!」」」



 俺たちの視界に飛び込んできたのは、遠くで見えていた海賊船が爆発を引き起こした光景だった。

 あまりにも唐突過ぎる光景に、誰も悲鳴を上げることもなく言葉を詰まらせる。

 爆発の光に照らされ、衝撃で吹き飛んだ木片の数々が散り散りとなって宙を舞い、次々と海へと落下していく。



 「……ッ! 巨大な触手を確認! クラーケンだと思われます!!」



 そんな中、望遠鏡でその爆発の様子を確かめていた一人が大きな叫びを響かせる。

 すると、船の上では俺たちだけではなく、捕らえられた海賊たちにまで瞬く間に動揺が広がる。



 「賊の縄を全て解いてください! 最大船速でこの海域を離脱します! あなた方の力も貸して貰いますよ!」


 「わ、わかった……!」



 レヴィは動揺を沈ませるように声を大にして指示を叫ぶ。

 そして、今しがたまで敵であった海賊たちを全て味方に付け、船内にいるものの全てが瞬く間に海域の離脱へと奮起し始めた。

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