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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章5話 闇夜に紛れる船影

 “それでは出港いたします”

 レヴィのその一言を以て、俺たちを乗せた船キドナップ号は、ゆっくりと東洋の国への航海を開始し始めた。


 船の基盤を成す竜骨が波を突き破り、両舷に沿って海が白波を立てながら波の心地好い音を響かせる。

 そんな自然味溢れる環境の中、俺とクレアは木剣を片手にレンと対面していた。



 「レンさん、本当にここでやるんですか?」



 俺は船の上という不安定な状況で鍛練を行うことに問いを投げ掛ける。

 剣を振るうにも剣を受けるにも、波に煽られて足場の安定しない船の上ではまともに鍛練を積むことなど出来ないと思ったからだ。



 「ああ、もちろんだ。人の邪魔にならないくらいには広さも十分あるし、何の問題もない」



 しかし、俺の心配など無用だと言わんばかりにレンは揺るぎない視線を以てハッキリと首を縦に振る。

 すると、クレアは恐る恐るといった遠慮がちな様子で小さく手を上げる。



 「あの、波の揺れがあることは大丈夫なのでしょうか?」



 そして、俺が疑問に思っていたことを代弁するかのように、クレアは最も気にしている状況について問いを投げ掛けた。



 「あぁ、そのことなら寧ろこの状況の方が良い」



 すると、レンにとってこの状況は避けるべきものではないようだった。

 レンは不安気な様子を露にするクレアへと安堵をもたらせるような笑顔を浮かべる。



 「何しろ、この状況であれば揺れで転倒せぬよう、体の軸がぶれぬように意識せざるを得ない。戦う上では体幹が最も重要なものである以上、それを意識した鍛練が出来るのは好都合と言えるだろう。それに、何よりも波という不確定要素が絡んでくると、鍛練の中に常に咄嗟の状況が作られるようなものだ。生死を分ける戦いともなればその咄嗟の状況をどう判断するかで未来が決まるからな……まあ、あまりにも波が酷い時には鍛練などとは言っていられんがな」



 俺とクレアには反論や疑問など、何か言葉を紡ぐ余裕がなければ、それをすることが出来ない程にレンの言葉に納得を得ていた。

 そんな静かになった俺たちを前に、自身の考えを述べ終えたレンは木剣をスッと胸の前で構え始める。



 「さあシンジ、クレア、そろそろ鍛練を始めようか」


 「「は、はい……!」」



 俺とクレアはレンの一言を機に気持ちを改め、鍛練へと意識を傾ける。

 そして波に揺られる状況の中、俺とクレアは一定時間毎の交代制でレンへと挑み、剣の鍛練に励んだ。


 帆船にとって風は命といえる程の最も重要な要素。

 日々変化を見せる自然の恵みに、船の歩みは一刻の時を刻む毎に変容を見せていた。

 そして、そんな船の歩みの変化に合わせて船にもたらされる揺れも変わり、剣の鍛練は時に中断せざるを得ない状況に見舞われながら毎日のように行われ続けていた。

 そうして日々の鍛練を終えて迎えた、船の上で過ごす数日目の夜。

 俺は夜風を求めて甲板へと足を進める。

 光も何もない大海原では、月の光が普段見ているものよりも強く輝いているようにも見え、船に明かりをもたらすランプの光は、その心許ない小さな光に反して並々ならぬ暖かみを感じさせていた。



 「……!」



 そんな波の音が心地好い静けさの中、甲板の上に浮かぶ一つの人影を俺は見つける。



 「お疲れ様。今日の見張り当番はレヴィだったのか」



 ランプと望遠鏡を手元に携え、舷側で夜風に髪を靡かせるレヴィの姿を見つけ、俺は労いの言葉を掛けながら歩み寄る。



 「……! シンジ様ですか。どうしたのですか? もう夜も更けて来る頃ですよ。眠れないのですか?」


 「いや、ちょっと風に当たろうと思ってな」


 「なるほど、そういうことでしたか」



 声を掛けた瞬間、レヴィは僅かに驚いた様子を見せるが、訳を口にすると優し気な笑みを浮かべる。

 そんなレヴィの隣に立ち、舷側にもたれ掛かりながら俺はレヴィと共に水平線へと視線を注ぐ。



 「それにしても、船での生活っていうのは結構大変なんだな。俺、船に乗るのはこれが初めてだったから最初は凄く楽しさでいっぱいだったんだけど、こうして長い間乗っていると風呂にはろくに入れないし、食べ物も基本的には乾パンだしで……少し精神的に疲れてくるんだな」


 「わかりますよ。私も初めての時はそうでした。長い航海になると水は何よりも貴重な資源になりますから、恵みの雨が降る時でもないとゆっくりとシャワーを浴びることも出来ないんですよね。食事についてはもう慣れるしかない、としか言えないですね」



 目新しさのある日々であってもそれが毎日と続けば飽きが来てくるもの。

 俺の心情に頷くレヴィは儚げな笑みを浮かべる。



 『九時の方角に船影を確認! 海賊船と思われます! 乗員全員、ただちに甲板へと上がって来てください!!』


 「「……!」」



 すると唐突に、レンの懐辺りから共鳴石を通して響き渡ったものであろう、焦りに染まった声が響き渡る。

 レヴィはそれがマストの上方、見張り台で共に見張りに就いていたものからのものだと判断し、驚愕を露にしながら一度頭上を見上げる。

 そして、焦りに身を染めながら望遠鏡を手に取って駆け出し、俺もその後を追い掛けて反対側の舷側へと駆け出した。

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