三章4話 出港の時
腰に感じる重みに心を踊らせながら、俺はレンとクレアと共に港へと来た道を戻っていた。
港を離れてから過ぎ去った時間は数十分程。
レヴィのやらなければならないことが備蓄の確認だけなのであれば、既に船へと戻るには頃合いの時間だった。
(ゲームの中に登場していた勇者とかもこういう感じだったのか……! 何か、わくわくが止まらねぇ……!)
辺りでひびく人々の声の全てが耳に入ってはすぐさま抜けていくといった感じで、俺の心は常に浮わついていた。
「シンジくん、シンジくん」
「……!」
すると、隣を歩むクレアから名を呼ばれると同時に肩を優しく叩かれる。
俺はその声で我に帰り、声の方向へと振り返ると、クレアはニコニコと微笑ましいものを見つめているかのように笑みを浮かべていた。
「ふふっ、なんだか凄く嬉しそうですね。剣を持つことに憧れとかがあったんですか?」
「うーん……憧れはかなりあるかな。ただ、それ以上に初めてのものとか、新しいものって何でも嬉しいだろ?」
「あっ、わかります……! 新しいものとかって、なんだか凄くわくわくするんですよね……!」
「ああ、そうなんだよ」
俺とクレアは意見が一致し、互いに笑顔を交わし合う。
その光景を静かに見守るレンは、まるで我が子の楽しそうな様子を眺める親のような様子で、優し気な笑みを浮かべていた。
「そうだ……シンジくん、さっきお店に入る前に少し気になったことがあったんですけど、聞いても良いですか?」
「ん? 気になったこと……? 何だ?」
すると、クレアは思い出したように唐突に疑問符を浮かべる。
店に入る前という言葉に俺は記憶を省みるが、不思議に思うような点は見当たらず、クレアが引っ掛かった点が全く思い当たらなかった。
「えっと……レンさんと剣の鍛練をしていると言っていましたけど、何で剣を覚えようと思ったのかなぁ、と思いまして」
「あっ、ああ……そのことか」
俺とレンとの剣の鍛練は、クレアが居合わせていない時期に事を進めていたもの。
クレアが知らないのは当然であり、その経緯を知りたいと感じるのもまた自然なことだった。
俺はクレアの質問にどう説明すればわかりやすく伝わるか、と思案を巡らせる。
「うーんと、そうだな……クレアは、地下で俺と一緒に追い掛けられていた時の事を覚えているか?」
「はい、もちろんですよ。あれだけのこと、忘れようにもそう簡単に忘れられるものではありませんから」
「だよな……ならクレア、あの時のことを思い出しながら、レンさんが駆け付けてくれるのが間に合っていなかったら、どこか一つでも俺が選択を間違えていたら、っていうことを考えてみてほしいんだ」
「レンさんが、間に合っていなかったら……」
そうして考えをまとめながら俺はクレアへと語りかけ、俺の要求にクレアは俯きがちに、足を進めながら思案する。
「……たぶん、捕まっていたと思います。もしかしたら、あの時……」
すると、僅かな間の後に言葉を紡いだクレアは俺の想像していたものを思い浮かべたようで、表情を曇らせる。
そうして言葉を途切らせたクレアに俺は小さく頷く。
「ああ。俺とクレアはあそこで死んでいたかもしれない……だから俺、思ったんだよ。最低限、自分の身を守れるだけの力が欲しいって。それくらいの力がなかったら、人を助けることなんてまず出来ない。クレアの時はなんとか助かったけど、あれだけ運良く事が進んでいくなんてこと、そうそうない。だから、レンさんに心配を掛けないためにも、頼りっぱなしでいることから卒業するためにも、俺は剣の鍛練を積むんだ」
「……そういうことでしたか」
そして、俺の意思をハッキリと告げると、クレアは意思を固めたような表情を見せた。
「それならレンさん、私も剣の鍛練を付けて貰っても良いですか?」
「……!」
すると、クレアは俺からレンへと途端に視線を移して鍛練を懇願する。
二人だけで会話を進めていたからか、レンは自分へと向けられたその言葉に驚きを露にする。
「……クレアも、か?」
「はい。私、剣はあんまり使ったことがないので、そんなに上手ではないんです。だから、もっと上手く扱えるようになっておけば、危険な人助けをすることになったとしてもお役に立てると思うんです……ダメ、でしょうか?」
クレアは懇願の理由を述べ、上目遣いでレンを見つめながら問い掛ける。
「もちろん、構わんよ。時間が許すのであれば、今日からでも始めようか」
「はい……!」
すると、レンは一も二もなく笑顔で了承し、クレアもまた表情を輝かせた。
そうして会話を重ねながら歩いていると、いつのまにやら目の前には港の姿が現れ始める。
港の先に見える船の上では何やら作業をしている様子が垣間見え、甲板と港を繋ぐタラップの前には、レヴィが俺たちの帰りを待っていた。
「皆様、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
レヴィは俺たちが目の前までやって来ると一礼と共にメイド然とした言葉を口にする。
「レヴィ、備蓄の方は大丈夫だったのか?」
「はい。確認したところ、蓄えに不足はないことがわかりましたので、これより出港したいと思います。皆様、御乗船のほどをお願い致します」
「ああ、わかった」
そんなレヴィへとレンは状況を確認すると、準備に問題はないことが告げられる。
そして、レヴィがタラップに足を進めるのに伴って、俺たちは船へと乗り込んでいった。