三章3話 港町の武具店
遠くからさざ波の音が聞こえる。
柔らかに肌を撫でる風には塩の香りが微かに混じり、窓から覗く視界の先にも、青い水平線がどこまでも延びている光景が垣間見え始めていた。
「レヴィさん……! あれってもしかして……!」
「ええ、海ですよ」
「わぁあ……!!」
そんな海を目にしてレヴィへと問い掛けたクレアは喜びで目を輝かせる。
海を見たのが初めてなのだろう。
クレアは僅かに垣間見えたそれが木々や丘の影に隠れるまで、窓に張り付いてどこまでも目で追いかけ続けていた。
「もうすぐ町に着くな。レヴィ、あそこで船に乗り換えるのか?」
そんな中、馬車の進む前方で垣間見え始めた町の輪郭に目を向けながら、レンはレヴィへと問い掛ける。
「はい、そうなります。ですが、急遽クレア様も乗り合わせることになったので、それに関わり食糧の蓄えの確認などを行わなければなりません。なので、出港まで少しだけお時間頂くことになりますから、僅かながらの町の観光にでも出向いていてもらってもよろしいですか?」
「そうか、わかったよ」
準備を要すと告げられ、レンは一切の迷いなく了承する。
そうして会話を重ねている内、遠くに見えていた町の姿はどんどんと距離を縮め、セインズの街を出てから約一週間程の時間を以て、俺たちは東洋の国へと向かうための港町へと辿り着いた。
「「おお……!」」
「これがアリアの船か」
「はい。帆船キドナップ号です」
町を突き進み、港へと真っ直ぐに向かった俺たちは停船する船を見上げて感嘆の声を上げる。
以前生きていた世界ではもう見ることのない木造帆船。
少年心をくすぐるには十分すぎるロマンが溢れていた。
「レン様、この場所までの道順の把握はいかがでしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「そうですか。では、すぐに確認を行って参りますので、先刻申し上げた通り、一時間程お時間頂戴いたします」
「ああ。ではシンジ、クレア、少し町に行ってこようか」
「「……は、はい」」
俺とクレアは魅力的な船の姿に後ろ髪引かれながらも、出港の準備が整うまで時間を潰すためにレンに連れられて町へと繰り出していった。
町に並ぶ店の数々は海が近いこともあってか、そのほとんどが魚介を扱う店ばかり。
港から取れたばかりの活きの良い魚介が並ぶ店から、食欲をそそる香りを漂わせる料理店。
港町だからこそといった店が多く軒を連ねていた。
しかし、俺たちはそこを歩みながら眺めることはしても、立ち止まり、その店へと立ち寄ることはなかった。
俺とクレアは町の奥へと迷いなく歩みを進めていくレンを、どこに向かっているかの見当も付かないまま、ただただ追い続ける。
「レンさん、ここまで付いてきて今さらですけど、俺たちってどこに向かってるんですか?」
時間を潰すにしてはどの店にも立ち寄らない現状に、俺は疑問符を浮かべてレンの横顔に問い掛ける。
「武具店だ。シンジのための剣を見繕おうと思ってな」
「俺の……?」
すると、レンの口からは予想にしていなかった言葉が飛び出してくる。
いくら剣技の鍛練を積もうとも、それを使うための剣を携えていなければ意味を成さない。
強くなることばかりが先行して、俺の頭からはそのことがすっかりと抜け落ちていた。
レンの言葉を聞いてすぐにそのことに気が付けなかった俺は、尚も疑問符を頭上で踊らせる。
「ああ。そういえばまだシンジに剣を持たせていなかったな、と思ってな。どれだけ鍛練を積んでも、それを発揮するための物がなくてはな」
そうして会話を重ねながら町の奥へと足を踏み入れていく内、目的の場所となる武具店の看板が視界に映り始める。
レンは迷うことなくその看板の店へと足を進め、付いていく俺とクレアは扉を開いたレンに伴って店の中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい……!」
入店した直後、髭を蓄えた男の店主からは威勢の良い声が響き渡る。
「わぁ……! 剣がいっぱい……!」
「さて、どれが良いものか……」
クレアは目を輝かせながら店内を見て回り始め、レンも同時に品定めしながら店内を歩き始める。
俺はそんな二人を追い掛けるようにして、数々の商品を見定め始めた。
(ナイフに斧に槍、大型の両手剣……色々あって迷いそうだな)
並べられている武器の種類は様々だった。
俺の背丈と同じ程の大剣や穂先が三股に分かれた槍、両刃の斧から手甲鉤など、目にしたことのない武器の数々が視界を彩っていた。
(斧や大剣は重さ的に俺には無理、槍とか手に装着するタイプの武器は重さは大丈夫でも使い方を教わってないからダメ。どうにか剣の中からこれだというものを探さなきゃならないんだけど、いったいどれが良いんだ? ナイフは相手の懐に入るだけの技量が必要だろうし、レンさんのような長剣タイプの剣は振り回し続けることまで考えると俺には少し重い気がする……長さも重さも丁度良いものはないのか?)
「シンジ、これならシンジにも丁度良いんじゃないか?」
すると、一つ一つ武器を確かめていたところに、背後からレンの声が響き渡る。
その声に振り返ると、背後に立っていたレンの手には、直剣と同じ長さを持ちながら刀身は細く軽い、いわゆる細剣と呼ばれる類いの武器が握り締められていた。
「このレイピアなら重く感じることもないし、長さ的にも直剣と同じ距離感で戦える。鍛練に使ってる木剣と比べても距離感が狂うこともないだろう」
「わぁ……! 美しい剣ですね」
翡翠色に彩られた柄に、天使の輪を想起させるような鍔、スラリとしなやかに伸びる刀身は白銀に輝き、その姿は宝石を見ているようでもあった。
俺はレンからレイピアを受け取り、手に感じるその重さや手に収まる感覚を確かめる。
(確かに、今の俺にはこれくらい軽さのある剣の方が良いのかもしれないな)
そうして得た結果は、文句の付けようがない、という感想だった。
「じゃあ、これにします……!」
「そうか。なら決まりだな」
俺はレンへと笑顔で決意を露にし、レンからは優し気な笑みが返ってくる。
そうしてこの日、俺は初めてとなる刃の重みを腰に携えた。