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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章21話 依頼の報酬

 首謀者を捕らえた。

 その感覚もないまま依頼は終わりを告げ、俺とレンはアリアの屋敷へと舞い戻る。

 共に連れ出したクレアについては、手足が欠損していたこともあり医療施設へと運ばれ、義手や義足の手術を受けるという形で話は運ばれていった。


 アリアの屋敷へと戻った俺たちは依頼に関する話は一度置き、一直線に用意された部屋へと向かって疲れを癒すためにベッドへと飛び込んだ。

 しかし、暗い夜が開け、鳥の囀りが朝の訪れを報せる中、消化不良のような形で依頼を終え、後味の悪さからスッキリとした眠りを得られなかった俺の体には、今まで感じたことがないような強い疲れが残っていた。

 すると、俺が目覚めたことを見ていたかのように、体を起こしてから僅かに遅れて、部屋の扉を叩く音が響き渡る。



 「シンジ様、お嬢様がお呼びです」



 訪ねてきたのは、もう日常に鳴りつつあるメイドの声だ。

 俺はどういう用件で呼ばれているのかを察し、疲れを訴える体に鞭を打ってメイドの元へと向かった。

 もう道順も覚えた廊下を歩み、扉をノックしてアリアの部屋へと足を踏み入れる。

 するとそこには、アリアと専属メイドのレヴィ、そして先に来ていたレンの姿があった。

 報告と労い、アリアとメイドの一連のやり取りを前にしながら俺はレンの隣へと足を進めてアリアの前に立つ。



 「……昨夜はご苦労様。あなたたちの頑張りのおかげで無事、首謀者の一人を捕らえることが出来たわ。ありがとう」



 すると、いつも通りの僅かな間を置いて、アリアは依頼の終了に対して感謝を述べる。

 しかし、俺にはその言葉を素直に受け止めることが出来なかった。

 首謀者の一人を捕らえたことは確かな事実、だがそれと同時にもう一人を取り逃がしたのもまた事実だ。

 さらにそれは、偶然の重なりによって起きたことではなく、彼らの想定通りに事が進んで起きたもの。

 “一人を捕らえた”、のではなく“一人しか捕らえる事が出来なかった”、という負の印象の方が強かったからだ。



 「……その言葉は嬉しく思うが、今回の私の働きにその言葉は不適合だ。捕まえなければいけない人物を一人、取り逃がしている。今回の事件の犯人全員を捕らえたわけではないのだから、その言葉は不要だ」



 そして、その感情はレンも共有しているようだった。

 レンは冗談の類いを口にしているわけではない、そんな意思を主張するように、真剣な眼差しでアリアへとそう述べる。



 「……どうして?」


 「「……!」」



 すると、アリアは言葉の意味が全く理解出来ないといった様子で首を傾げて疑問符を浮かべる。

 犯人全員を捕らえていなければ完全に事件が終息したわけではない、そう感じるのは当然と言っても良いもの。

 しかし、疑問符を浮かべるアリアからはその色が全く感じられなかった。



 「……確かに、全員を捕らえられたわけではなかったけど、あなたたち二人のおかげで首謀者を一人捕らえることが出来たのは事実。そのことを労うのは依頼者として当然……それに、彼らがこれまで築いてきたものは昨夜の一件で大半が消失したと言っても過言じゃない。労うには十分すぎる働きだわ……何より、あなたたちのおかげで一人の命が救われた。それだけでも褒賞を与えるに値する働き」



 アリアにも、依頼が完遂されたという感覚はないようだった。

 しかし、そのことについて責めたりはせず、むしろ、直接依頼に関わるものだけでなく、一つ一つ称賛出来るところを見出だしては労を労ってくれていた。

 一人の人としては、アリアにはかなり危ういところがある。

 ただ、人を鼓舞し活力を与える才能を持っている、という一点を見れば、人の上に立つものとして相応しいものを持っているのかもしれない。

 アリアの言葉を聞いていた俺は、そうアリアの印象を改めた。



 「……それで、今回の依頼に関する報酬だけど、お金は……いらないわね」


 (……いや、いるだろ。報酬なんだからむしろそれが一番必要だろ)



 しかし、改まった印象はすぐさま元通りとなる。



 「……ところでレン、あなた、これからどこに向かうつもり?」


 「これからか……? この後は東洋の国に向かおうと思っているのだが、それがどうかしたか?」


 「……そう。東洋の国……」



 アリアは俺たちの次なる目的地を耳にすると僅かに俯き、無言となって考え始める。

 そうして一秒、二秒と待っていると、考えがまとまった様子でゆっくりと顔を上げる。



 「……なら、東洋の国まで船を出すわ。海辺の町に行くまでの馬車も出す。もちろん、送りだけじゃなく迎えもやらせる。報酬はこれでどう?」


 「それは助かるな。船を手配するのも、馬車を手配するのも、すぐに見付けられるかどうかわからなかったからな。それで頼むよ」



 すると、アリアから提示された報酬に、レンは心底ありがたそうに笑みを浮かべた。



 「……じゃあレヴィ、レンたちの送迎をお願いするわね」


 「……」



 アリアはレンからの合意を受けると話は決まったとばかりにレヴィへと視線を移す。

 しかし、主からの命にレヴィはすぐさま首を縦には振るわなかった。



 「……お嬢様、正気ですか? 私が送迎を請け負うとなると、しばらくの間お嬢様の元を離れなければならなくなるのですよ?」


 「……レヴィ、主に向かって失礼。私は子供じゃないのよ? 何をそんなに心配することがあるのかしら?」


 「お嬢様は子供以上に心配な人間だからそう言ってるのではないですか」


 「……ひどい」



 使用人からの辛辣な言葉に、アリアはシュンとして眉を曲げる。



 「……でも、考えを改める気はない。レヴィ以上に船の知識がある人はこの屋敷にはいない。あなたには必ず行ってもらうわ」



 しかし、落ち込んだのも束の間、すぐさま元の表情へと戻ったアリアは人を誘拐した時と同じ頑なさを露にし始める。

 そんな態度を前にし、レヴィは僅かな間を置いて溜め息を吐く。



 「……仕方がありません、わかりましたよ」



 そして、肩を落としながらレヴィはアリアの命を受け入れると、今度は俺とレンの方へと視線を移す。



 「申し訳ありませんがレン様、シンジ様、ここを離れるのに当たって少しやっておかなければならないことがあるので、出発の程は少しお時間頂いても宜しいでしょうか?」


 「ああ、もちろん構わん。シンジも良いか?」


 「はい、大丈夫です」


 「すみません、ありがとうございます」



 手配に関わる時間を短縮出来る。

 そういった意味合いを以て長い目で見れば、もたらされた報酬は金品を受け取るよりも余程良いものだったのかもしれない。



 (時間に余裕が出来るのか……それなら、少し頼んでみようかな)



 出発までの猶予があると知り、俺はある考えを頼み込んでみようと決意した。

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