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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章19話 興行の道具

 辺りに敵の気配は感じられない。

 人を背負って駆け、戦い続けて体力を浪費した、俺とレンの荒い息遣いだけが辺りには響き渡っていた。

 すると、レンは一つ大きな深呼吸を行い、フゥと一息吐いて乱れた呼吸を整えつつ、俺の背中に身を預けるクレアへと視線を注ぐ。



 「無事だったのは良いが……シンジ、その状況は一体どういうことなんだ?」



 レンが疑問に思うのは当然のこと。

 少し目を離した隙に、直前まで行動を共にしていた人物が身動きの取れない人を背負っていたのだから。

 ただ、レンから伝わってくる感情に叱責などの感情は感じられず、純粋に疑問を抱いているといった様子だった。



 「えっと、昨日少し話したと思うんですけど、親子で殺し合いをされていた子がいたって話を覚えてますか?」


 「ああ、あれ程の胸糞悪い話を一夜で忘れるはずがない……もしや、その話の?」


 「はい」



 すると、レンは問い掛けから話のおおよそを察する。



 「あの、えっと……クレアと、言います」


 「レンだ。よろしくな」



 そして、俺の背に身を預けながら名乗ったクレアに、レンは優し気な微笑を返した。



 「……しかし、困ったな。今の状態の二人をこの場に留まらせておくのは避けたいところなのだが、新手を凌いでいる内にあの通路は棚のほとんどが崩れて通れなくなってしまっている。どうやって外に出たものか……」



 そんな自己紹介から僅かに間を置き、レンは顎に手を当て思案し始める。

 俺一人を守りながら戦うだけでも厳しいものがある中で守らねばならない人が増えたのだ。

 より慎重な行動を取らねばならないのは必至だ。



 「あ、あの……」



 そんな中、クレアは恐る恐るといった様子で唐突に声を上げる。

 その声に俺とレンの注意はクレアへと注がれる。



 「外に繋がってるかはわかりませんが……その、一つだけ心当たりが……」


 「それはありがたい情報だな。とりあえず、そこを調べに行ってみよう。案内を頼めるか?」


 「はい」



 退路を失い、次の行動に悩んでいたレンはクレアの一言で次の進路をすぐさま定める。

 そして、クレアの記憶を頼りにしながら、俺たちはクレアの心当たりへと向かって地下道を歩み始めた。


 警戒の糸を緩めることなく歩みながら俺たちは地下道の両側面に視線を行き来させる。

 並ぶ地下牢の中にあるのは錆び付いた鎖と、油汚れらしき、こびりついた汚れが跡を残すばかり。

 人の姿はそこには一つもなかった。



 「クレア、一つ聞いていいか?」


 「はい、何ですか?」



 そんな薄気味悪い牢の存在に俺は一つ疑問を抱く。



 「ここの地下牢には全然人の姿が見当たらないけど、他の人たちはどうしたんだ? クレア以外にも闘技に参加させられていた人たちは何人もいたはずだろう?」



 その疑問は、昨夜、戦いを強いられているものたちの姿がどこにも見当たらないことだった。

 死んだものたちがいるからには多少、人の影が減っていることは理解出来ることだったが、全く目にしないのは不自然だった。



 「……勝ち上がった人たち以外は皆、死んでしまいました」


 「……!」



 すると、僅かな間を置いてクレアは問いに答える。



 「私だけです、死ぬのを恐れて戦いを投げ出したのは。皆、負けるとわかっていても、続ければ死んでしまうとわかっていても、地獄から解放されることを望んで戦い続けていました。あの闘技が始まる前まではたくさんいたんです。ここにある地下牢の全てが埋まるくらいにはたくさん……でも今はもう、今闘技場で戦っているであろう人たちを除けば、ここには私しかいません」



 殺し合いという惨劇の結果を耳にして、俺は掛ける言葉が見つからなかった。



 「……ただ、お母さんたちは……死んでいった人たちのほとんどは、後悔していなかったんじゃないかって思います。私は偶然にもシンジさんたちが助けに来てくれたから良かったのかもしれませんが、もしそうなっていなかったとしたら、いづれ私も死ぬことを選んでいたはずですから。あの時、死んでおけば良かった、って後悔しながら……だって、この闘技場で戦わされ続けているままだったら、人を楽しませるだけの道具になってしまう。人間としての生活を送らせて貰えないのに、生きている意味なんてないですもん」


 「……クレア」



 背中から聞こえる悲し気な声に、どう言葉を掛けようか悩みながら俺はクレアの名を呟く。



 「だから……!」


 「……!」



 すると、しんみりとした空気を払拭するかのようにクレアは唐突に声を張り上げる。

 耳元で響いたその声に、驚きのあまり俺の体はビクリと跳ねる。



 「助けて頂いたこのご恩は絶対に忘れません……! 一生を掛けてでも必ず返します! シンジさん、レンさん、私たちを見つけ出して頂き、本当にありがとうございます!」


 「ふふっ……ちょっとそれは大袈裟じゃないか?」


 「いえ、そんなことありませんよ。これで丁度良いくらいです」



 助けに来た、たったそれだけの行為に対する感謝としては大袈裟と感じ得るクレアの言葉に俺とレンの表情には自然と笑みが浮かぶ。

 辺りを取り巻いていた空気も明るくなり、息苦しかった雰囲気は一瞬にして吹き飛んでいた。



 「あっ……! ありました、あそこです」



 そうして歩みを進めている内、クレアの心当たりへと辿り着く。

 そこは、真っ直ぐに闘技場へと伸びているのであろう道の横にポッカリと開いた横穴。

 その横穴には上へと伸びる階段があり、かがり火の明かりが静かにその存在を照らしていた。



 「確かに、これは確かめる価値はあるな……よし、行こう」


 「はい」



 階段の先からは熱気ある大勢の声が反響していた。

 この先に人がいるのは確実と言える。

 俺たちは方向を転換し、真っ直ぐに伸びる通路から反れて上階へと目指して階段を登り始めた。

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