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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章4話 暗闇での目覚め

 冷たい……硬い…………暗い? あれ、俺……いつ眠ってたんだろう……そういえば俺、何してたっけ? 確か、街を観光して、市場のおばさんと話して……それから…………。



 「……ッ!」



 朧気だった意識は突如として鮮明さを取り戻した。



 「いって……!」



 そしてその瞬間、同時に全身には重たい痛みが駆け巡る。

 しかし、そんな痛みに堪え、冷静さを以て俺は状況を把握するために辺りへと視線を巡らせる。

 取り巻く空気はひんやりとし、視界を照らすものはかがり火の明かりのみで薄暗い。

 痛みの原因となった床には石畳が敷き詰められ、回りを取り囲む壁は岩壁に覆われ、目の前には鉄格子があった。



 (突然眠らされたあげく、この状況って……もしかして、俺……誘拐されたのか……?)



 前後の状況から考えられるたった一つの答えを導き出し、俺は落ち着きなく視線を泳がせる。

 しかし、どれだけ視線を巡らせようとも牢の中にはこの場を脱出するための手段など見つかるわけもなく、目の前を通る廊下を見渡せども、そこにはかがり火によって僅かに存在が確認できる他の牢しか捉えることはできなかった。



 (おいおい、嘘だろ……!? こんなのってありかよ!? 誰にも苦しめられることのない新しい生活ができると思ってたのに、こんな……)


 「……ッ!」



 天罰が下るような悪事に身を染めたわけでもないにも関わらず振り掛かった災難によって悲壮感に包まれていた俺は、遠くから近づいてくる足音によって瞬く間に緊張感に包まれ、全身は強張り、思うように動かせなくなる。

 響き渡る足音は幾度となく反響しているような音を響かせており、それは、この空間が開放的ではないことを示していた。

 それがゆえに、近づく足音の大きさは通常のものよりも大きく響き、それがまた、現状に対する恐怖感を増大させていた。

 俺はまるで金縛りにでもあったかのように、響き渡る音の方向に対して目が離せなかった。



 「ねえねえ! 今度のオークションはいつ開く?」


 「そうね……できる限り早く開きたいわね。何だか凄く良いものを手に入れたって話だから、見た目が悪くならない内に取引しちゃいたいし」


 (女の声……! 二人いる……! というか、今の会話……オークションって何のことだよ……!? まさか、俺が誘拐された理由って……)



 快活な少女のような声と、大人のお姉さんといった印象が感じられる声が響き渡る。

 そしてその会話の音は足音と共に徐々に大きく響き渡り、数瞬後には、視界にかがり火で揺れる影が映り始める。

 会話の内容から見るに、迫る二つの影が自分を助けに来てくれた救世主のものではないということはわかっていた。

 増幅する恐怖によって心臓は強く、速さを増し、脈拍はうるさく感じるほどに俺の胸の内で騒ぎ続けた。



 「……! たぶんこの子ね……おはよう。気分はどうかしら?」



 そんな俺の心境を知ってか知らずか、艶目かしい青紫色の長髪を揺らす、落ち着きの感じられる女性は、優しげな声音と表情でそう問いかけてきた。



 「あはっ! 怖くて声も出ない感じなのかな? 可ぁ愛いぃ!!」


 「リゼ、あんまりはしゃがないの。もっと怖がっちゃうでしょうが」



 すると、どういう反応を取るのが正解かわからずに固まっていた俺を見て、共に現れた少し背の低いピンク色の髪をツインテールにしたリゼと呼ばれた少女は、まるで愛らしい小動物を見つけたかのように喜びを露にする。

 そんな彼女の横でもう一人の女性は牢に取り付けられた南京鍵を解錠し始める。



 (女が二人、他に人の気配はない……チャンスだ……! 重りとか、拘束具の類いは付けられてないし、相手が二人だとしても、もしかしたら逃げれるかもしれない……!)



 今捕らえられている場所がどういう場所か、内部構造はどうなっているのか、そういったことはわからない。

 ただ、繋ぎ止められているわけではない現在の状況は、脱走するにはまたとない絶好の機会だった。

 俺は表情で悟られないよう、顔色に変化を見せないように注力しながら鍵が開けられるのを耳を澄ましてひたすら待った。



 (今だッ!!)


 「……ッ!?」



 そして、解錠された鉄格子の扉が開かれる瞬間、俺は勢いよく立ち上がり、その勢いのまま牢の外へと駆け出した。



 「おっと、ダメじゃない!」


 「ぅぐッ……!?」



 しかし、リゼと呼ばれた少女を押し退けて廊下へと飛び出した瞬間、視界はぐるりと反転し、両手首をしっかりと掴まれて壁に押さえ付けられた俺は背中に走った痛みに表情を歪める。

 ただ、押さえ付けているのは俺よりも背の低い、たった一人の少女だ。

 俺は根性を振り絞って痛みを振り払い、リゼの手を振り解こうと腕に力を込める。



 (なっ……!? 嘘だろ!? 全然動かせねぇ!?)



 しかし、どれだけ力を込めようとも、俺の腕は壁に縫い付けられたかのようにびくともしなかった。

 そして、動けない状況を前にして、俺は気を失う前に出会っていた露店商との会話を思い出した。



 (……そうだった! この世界の女は、男よりも力が強いんだった……!)


 「ふふっ……逃げ出そうだなんていけない子ね。でもリゼ、そういう子好きよ。あなたみたいな反抗する子ほど、堕としたくなっちゃうもん……!」



 リゼは俺を押さえ付けながら好物を目の前にしたような目で笑みを浮かべる。



 「リゼ、ちょっとそのまま押さえ付けといて」


 「ん? どうしたの?」



 すると、もう一人の女性は動けない俺へと強い眼差しを注ぎながら歩み寄ってくる。

 そんな女性へと振り返るリゼは、俺への視線を切りながらも変わらぬ力で押さえ付け続けるら。



 「……明かりに照らされてわかったけど、純粋な黒髪に黒目……この子、東洋人ね」


 「東洋人……!? この辺じゃ滅多に見ない子じゃない!」


 「ええ。これは凄く高く売れるわよ」


 「……ッ!」


 (売れる……ってことは、やっぱり俺は……奴隷として…………結局、俺はこの世界に来ても……金の道具として、扱われるのか……)



 二人の会話で自分が置かれた立場をハッキリと理解した俺は瞬く間に抵抗する気力が失せていった。



 「モルダ、そうとわかったら早く準備に取り掛かりましょ! お得意様たちに目玉商品が手に入ったってことをお知らせしなきゃ!」


 「ええ、そうね。最近、近くを嗅ぎ回られてるような気がするから、逃げる準備もしておかないといけないし、突き止められない内にこの子だけでも売り捌いちゃいましょう」



 そんな俺をモルダとリゼは上機嫌に引っ張って牢へと放り込み、抜かりなく施錠をかける。

 そして、二人でどれほどの金額で売れるかと、予想を言い合いながら徐々にその声と足音は遠ざかっていった。



 「……いや…………そんなこと、させてたまるか……!」



 牢の中で地に伏せ、死んだように数分の時を過ごしていた俺は、地面に手を着き、体を起こしながら音一つ響かなくなった薄暗闇の中で小さく呟く。



 (せっかく違う人生が舞い込んできたんだ、こんなところで諦めちゃダメだ。このままこうしていたら、本当に金の道具にされる……! どういう扱いを受けるかなんてわからないけど、奴隷にされて良いことなんて起きるはずがない……! 逃げるためのチャンスならまだやって来るはず……! 絶対に諦めちゃダメだ……!)



 そして、弱った自分の心を励ますように、俺は希望の光があると信じて自分に言い聞かせた。

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