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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章18話 頼りない救世主

 耳に響き渡る音は俺とクレアが響かせる音だけ。

 まだ、俺たちの話し声に誘われてやって来る存在は感じられなかった。

 そして、ポロポロと涙を溢し続けていたクレアは目尻に溜めてはいるものの、新たに滴を落とすことはなかった。



 「あの……シンジさんは、何で会ったばかりの私に、そんなに優しくしてくれるんですか?」



 優しさを与えられる心当たりはない、といった様子でクレアは疑問符を浮かべる。

 クレアを助けたいと思ったのは勧善懲悪を望む心がそうさせたのもあった。



 「……俺も、クレアと同じだったからだよ」


 「ぇっ……」



 ただそれ以上に、自らの過去とクレアの姿が重なったことが大きかった。



 「俺は、一ヶ月程前まで奴隷と言えるような扱いを受けていたんだ」


 「……ッ!」


 「人間として扱われてはいなかった。完全に、金の道具として扱われていたんだ……そんな俺の過去と、クレアの今の境遇は、凄く似ていると思ったんだ。だから、助けたいって思ったんだよ」



 俺の境遇を聞く内にクレアの瞳からは涙は消え、同情するような表情へと変わっていた。

 しかし、俺の意思を聞き終えたクレアはフッと儚げに笑う。



 「……すっごく、嬉しいです。お母さんがいなくなった私は、もう一人だと思っていたから。だから、ありがとうございます。でも、助けてもらうことは出来ません」


 「……! どうして?」


 「えっと……私の体の中には、ジーピーエス? という、私の位置情報がわかる機械が組み込まれているらしいんです。だから、ただここから逃げ出しただけじゃ、意味がないんです」



 嬉しさと悲しさ、逃れられないことに対する悔しさと。

 いろいろな感情が混在した、複雑な表情をクレアは浮かべる。



 「……安心してよ、クレア」


 「……?」


 「言ったろう? 俺は、この国の王女様から依頼を受けたって。王女様は今、クレアをこんな目に会わせた人を捕まえようと、この近くを包囲してくれている。犯人を捕まえちゃえばGPSだって関係ないだろ? それに、王女様から依頼を受けたのは俺だけじゃない。俺よりももっと頼りになる人が来てくれている。逃げられないだなんて心配はいらない、一緒にここを出よう」


 「……ッ!」



 しかし、助けに来た味方が俺だけではないと知り、クレアの瞳は再び潤い始める。



 「俺にはクレアを守って上げられる力はないけど、歩けないクレアをここから連れ出して上げることなら出来る……さあ、乗って」


 「ありがとう、ございます……!」



 そんなクレアへと俺は背中を向け、クレアが背に乗り易いように姿勢を低くする。

 しかし、待てども一向にクレアの重みが背中へとのし掛かっては来なかった。

 その代わり、背後で涙を流し、泣き叫ぶのを堪えるような小さな声が耳に響き続けていた。

 俺は何も言わず、ただクレアの準備が整うのを静かに待った。



 「「……!」」



 しかし、敵陣の奥深くであるこの場では、ゆっくりと過ごすことなど許されはしなかった。

 俺とクレアの二人の耳には反響して届く一つの音が響き渡る。



 (走る足音……! 階段を下りてくる音じゃない!)


 「クレア、早く……!」


 「は、はい……!」



 音の間隔や強さからしてレンではないと確信した俺は、クレアの重みが背に乗った瞬間、スッと立ち上がり来た道を戻って階段へと向かい始める。

 今のタイミングで走って来てることからして、レンが響かせる戦いの音に釣られて来てるわけではないことは確かだった。

 そうなってくると見えてくる原因は、俺とクレアの話し声しかない。

 もう音を出すことを構うことはなかった。



 (片手片足がないから普通よりかは断然軽いけど、走るには少し重い……! このままだと確実に追い付かれる!)



 たった片腕で俺の背中にしがみつくクレアの手には服が破けるのではないかという程、強い力が加わっていた。

 それは振り落とされないように、という意味があるだろうが、それと共に、ここで捕まれば更なる酷い仕打ちが待ったいるのではないかという恐怖もあったからだろう。

 背中からは僅かながらに震えが伝わった来ていた。


 俺はクレアを振り落とさぬようしっかりと抱え、全力で駆け続ける。

 しかし、重さを背負った状態で振り切ることなど不可能だった。



 「そこのあんた! 止まりなさい! さもなくば撃つわよ!」


 「……!」



 俺は背後から響き渡った声に振り返ると、そこにはもう視界に収まる程の距離で女が一人、追い掛けて来ている光景があった。

 俺は強い焦りを感じながらも女の言葉を無視して駆け続ける。

 どうせ止まった所で、その先で待っているのは虐げられる未来だけだと感じたからだ。



 「……ッ! 後悔してももう遅いわよ!」


 「……ッ!」



 女の言葉で背後を振り返った俺の視界に、掌にある銃口が向けられる光景が飛び込んでくる。

 今から回避行動を取ろうとも銃弾程の速度ではもう遅い。

 俺はただ、その光景を目に焼き付けることしか出来なかった。



 「ふッ……!」


 「なッ……!?」


 「……! レンさん!」



 しかし、銃弾が牙を剥いてくることはなかった。

 女が立ち止まって銃を構えた場所は丁字路。

 そのたった一つの分かれ道からレンは現れ、駆ける勢いをそのままに女の腕を剣で貫いて銃撃を防いでいた。



 「眠れ……!」


 「……ッ!?」



 そして、腕から剣を素早く引き抜くと、剣の柄の先端を向け、それを女の腹部へと叩き込む。

 レンの出現自体が予想外だったらしい女には、その流れるような一撃に反応することは出来なかった。

 女はくぐもった喘ぎを小さく残し、崩れ落ちて地面へと突っ伏した。



 「大丈夫か、シンジ……!」



 すると、女が動かなくなったことを確認した瞬間、レンはすぐさま振り返り不安気な表情を浮かべる。



 「はい、大丈夫です。助かりました、レンさん……!」



 俺はそんなレンに即座に無事を伝え、レンの心の内を取り払った。

 レンの衣服にはかすり傷がいくつも散見すれど、血が滲んでいる姿はない。

 俺は流石だと、素直に感心した。

 そしてそれと共に、心強い味方が駆け付けて来れたことに並々ならぬ安堵の感情が心に広がっていくのを感じた。

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