二章15話 技術が集う店
広大に広がる野を走り、遠く見える街へと息急ききって駆け戻る。
空には既に夜の帳が下り、山の輪郭をうっすらとなぞる赤色が徐々に消えていく中、煌々と白く光輝く月は俺たちに微かながらも視界をもたらしていた。
「シンジ、わかったかもしれないとは言うが、いったい街に行ってどうするというのだ?」
そうして駆ける中、隣を走るレンからは研究所を飛び出す前に発した俺の言葉に対する問いが飛んでくる。
俺は先を急ぐあまり、レンへの説明は省いていた。
駆け続けている疲れによってまともに頭が回らないが、俺は問いに答えるために先刻に導き出した答えを整理し始める。
「えっと……地下闘技場ではサイボーグとなった人たちが戦わされていたと言ったじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
「それをやるための手術はさっきの研究所でやっていると見て間違いないはずです……なら、それをするための手術費はどうやって賄ったんでしょうか?」
「……!」
考えをまとめ、話し始めた時には既に街の中。
俺たちは街灯の明かりを頼りにしながら街の奥へと駆けていく。
「サイボーグの手術はこの街でしか出来ないってアリアが言っていました。それだけの最先端の技術が必要なのであれば、手術費は相当なもののはず。自分たちでそれを行うにしても、必要な部品や設備を整えるには並大抵の貯蓄では足りないはずです……その貯蓄を作るためのものが、あの研究所にあった設計図です。レヴィはあの研究所には誰も寄り付いていないって言ってました。でも、この街には一切改良されていない、設計図をそのまま形にしたものが一つの店でいくつも売られていました……!」
「……! あの店が資金源と言うことか!」
「はい……! あの店と闘技場の位置はそう遠くはありません。地下道を掘り進めるには現実的な距離と言えます!」
そうして導き出した答えを打ち明けながら、目的地を共有した俺たちは共に交差路を曲がる。
そして、まだ店を開けている彼の店舗へと辿り着くと、俺とレンは息を整えながら店の奥へと足を進めた。
店では一人、二人と、商品を手に取り眺めているものたちもいる。
だが、それを気にしている余裕などなかった。
俺たちは辿り着いた勢いをそのままに店主の元へと歩み寄っていく。
「仕事に励んでいるところすまない。押し掛けて早々にこんなことを申し付けても何のことだか理解できないことだろうが、店の奥を少しだけ確認させては貰えないだろうか?」
「……は、はあ。どうぞ」
すると、暇そうに店番をしていた小太りの女性は鳩が豆鉄砲に撃たれたかのような表情をしながらも、コクンと首を縦に振る。
俺とレンは女性の背後にある通路、在庫などが取り揃えてあるのであろう場所へと進むためにカウンターを回り込む。
「うあぁぁあぁッ!!」
すると、レンに続いて女性の横を通り過ぎ、俺が通路へと足を踏み入れた瞬間、背後からは気迫に満ちた気合いの叫びが響き渡る。
「……! シンジッ!」
「……ッ!」
そんな叫びに対し、レンは予期していたかのごとき素早い反応を見せる。
レンは声が響き渡ると同時に瞬く間に振り返り、俺の腕を取って引き寄せながら俺の背後へと腕を伸ばす。
すると、背後ではパシリと何かを受け止めた音が響き渡った。
俺はその音にふと振り返ると、俺の首元には女性の掌を突き破って飛び出していたナイフが切っ先を光らせており、レンが寸でのところで手首を掴んで受け止めているといった状況が背後にはあった。
その光景を目にし、俺の背筋には凍り付くような寒気が駆け抜ける。
「どうやらシンジの読みは正しかったようだな。この態度からしてこの先に闘技場への道があると見て間違いなさそうだ……!」
レンは掴んだ女性の手首を力強く引き寄せる。
すると、引き寄せられた影響で女性は上体を崩し、レンはその隙だらけとなった女性の腹部へと膝を叩き込んだ。
女性はくぐもった呻き声を漏らしながらレンの足元へと倒れ込み、気絶したようで突っ伏したまま動かなかった。
「「……ッ!」」
ただ、その場に静けさが舞い降りることはなかった。
店内からはバタバタと駆け寄ってくる音が響き渡り、その音源はすぐさま俺たちの目の前に姿を現す。
人数は二人、共に女性。
その表情には明らかな敵意が俺たち二人へと向けられており、通路の狭さからしてギリギリ二人が横に並ぶことの出来る状況。
俺には戦力として数えられような武力がないがゆえに、レンにとっては二対一と言える状況だった。
「シンジ……! 先に行ってくれ! おそらく相手は二人ともサイボーグ……シンジを守りながら多勢を相手に戦うのはさすがに分が悪い!」
「えっ……!?」
そんな中、レンから飛んできた言葉に俺はすぐさま従うことが出来なかった。
現状からして既に敵陣へと侵入していることは伺える。
その状況で先へと進むと言うことは、敵が多く待ち伏せている場所へと近づくと言っても過言ではない。
事前の約束事は頭に残っていたが、危険へと自ら飛び込むことへの躊躇が指示に従うことへの抵抗を生み出していた。
「この場から離れるだけで良い! 目の前の二人に集中させてくれ!」
「……! は、はい!」
ただ、次に飛んできた言葉を耳にした瞬間、その抵抗は一瞬にして取り払われた。
自分がいることが戦いの邪魔になる、そのせいで不利を強いられなければいけない。
そのことを理解し、俺は一人で先へと進むことへの恐怖を捨て、指示通りに通路の奥へと駆けていった。