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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章13話 クロキバ研究所

 潜入を終えてから半日と数時間。

 太陽は頂点を過ぎ去り、どんどんと夜へと向かって傾いていく。

 そんな夕刻へと差し迫る頃、クロキバ研究所の位置をレヴィから聞いた俺とレンはそこへと向かうためにアリアの屋敷を飛び出す。



 「……それじゃあ二人とも、気を付けて。特にレン、あなたは普段以上に注意を払うこと」


 「ああ、わかってるよ」



 そして、アリアとレヴィの見送りを背中に受けながら、俺とレンは街を歩み始めた。

 空を埋め尽くす青の割合が徐々に減っていく中、この国の闇を知らぬ道行く人々の表情は誰も彼もが平和そのものだった。



 「……シンジ、本当に行くのか? 出来ることならアリアの屋敷で帰りを待っていて欲しいのだが」


 「すみません。迷惑だってことはわかってるんですが、少し気になることがあって……」


 「……仕方ない。なら、研究所内では私の指示に従ってもらうぞ。良いか?」


 「はい、それはもちろんです」



 レンが待っていて欲しいと願うのは当然だ。

 武器も持たなければ武力そのものすらない俺が付いていくことなど、邪魔にしかならないと言われても仕方がない。

 ただ、俺にはただ待っていることが出来ない理由があった。

 俺の頑なな意思を感じ取り、レンは困ったような笑みを浮かべる。



 「……ちなみに、その気になることというのは聞いても良いか?」


 「はい。えっと……その、クロキバって名前なんですけど、その名前は俺が元いた世界にもあった名前なんです」


 「……!」


 「だから、たぶんですけど、そのクロキバって人は俺と同じように違う世界からこっちの世界に来た人なんじゃないかと思って……ただ単純にそのことを確かめたいって気持ちもあるんですけど、もしかしたら俺ならわかることもあるんじゃないかと思ったんです」


 「なるほどな……」



 しかし、レンの困った笑顔は理由を聞いた途端、一瞬にして消え去った。

 真剣な表情を浮かべたレンは納得の意を呟きながら思案気に頷く。



 「確かに、もしその仮説が正しければ、私だけではわからないこともわかるかもしれんな……では、もしそういう状況に直面したら頼むぞ」


 「はい……!」



 そして、先程までとは一転して、ありがたくもレンからは助力の言葉が飛んできた。

 俺はそのレンからの信頼の言葉に背中を押されるような感覚を受け、心から活力のような力が沸いてくるのを感じた。


 建物の多く寄り集まった市街地を抜け、辺りは人気のない荒野地帯。

 周りに建物はなく、見通しの良いそこからは目的の場所であるクロキバ研究所はすぐに視認出来た。

 空が真っ赤に染まる頃合いに、俺とレンは研究所の入り口へと辿り着く。



 「警備兵は……いないみたいですね」


 「ああ、近くを見る限りはな。ただ、中がどうなってるかはわからん。シンジ、ここから先は……」


 「はい。レンさんの指示に従う、ですね?」



 俺とレンは頑丈さが伺える金属の扉を前にして予め決めておいた約束事を改めて確認し合う。



 「ああ……じゃあ、行こうか」


 「はい……!」



 そして、互いに理解していることを確認すると、一つ息を吐いて心を落ち着かせ、強い警戒心を放ちながら重たい扉を開いた。


 研究所内へと足を踏み入れて最初に感じた印象は整然とされている、というものだった。

 それはとても百年以上昔のものとは思えない、老朽化しているとは感じられない程に清潔に保たれていた。



 「誰も立ち寄らない、にしてはあまりにも整理されている。確実に人が出入りしているな」


 「……ですね。とても街外れに放置された場所には見えませんね」



 あらゆる実験に耐えるためか、内装は床や壁、天井も全て金属板で作られた頑丈な作りとなっていた。

 そして、小さな汚れすら見つけられない程に磨き上げられており、人のシルエットを反射する程に輝いていた。



 「……とりあえず、地下研究室への道を探しながら一つずつ部屋を見て回ろうか」


 「はい……!」



 誰がどこに潜んでいるかはわからない。

 気付かれる要因となる物音は出来る限り減らしたいものだ。

 しかし、金属で出来た床はその要望に応えてくれるわけもなく、足を踏み出す度に強くうるさく音を響かせていた。

 そんな掻き消すことの出来ぬ音が響き渡る中、俺たちはその音に寄ってくるものがいないかと、常に緊張の糸を張り詰めながら研究所内を歩み始めた。


 様々な種類の薬草、色とりどりの薬品、光輝く鉱石類、複雑な形を有する部品類。

 ありとあらゆる実験・実証をしたというに相応しい、多様性に富んだ貯蓄を見せる倉庫が扉を開ける度に俺たちを出迎えた。

 しかし、目的である地下への通路というものには出会えてはいなかった。

 電気工作を作るためであろう部屋など、倉庫以外の部屋とも出会いながら、俺たちは一つずつゆっくりと部屋を確かめていく。



 「……! 随分と様式の違う部屋が現れたな」


 「書斎、ですかね?」



 すると、開けた部屋が十に迫ろうといったところで、資料や本に埋め尽くされた小さな部屋が俺たちの前に姿を現した。

 俺とレンは歩んできた廊下やその先に続く廊下、そして部屋の中へと警戒の糸を張り巡らせた後、ゆっくりと足を踏み入れる。

 そして、机の上や部屋の隅で山のように積み重ねられた資料に目を通し始める。



 「これは……設計図か? また膨大な量だな」


 「店で見たようなものとかもありますね」



 設計図にはこれといった一貫性は皆無だった。

 ただ、出来上がれば確実に世に利をもたらすもの、ということだけが目を通す限りでは伝わってきた。

 俺たちは資料から離れ、今度は机の引き出しへと手をつけ始める。



 「……これといったものは、ないな」



 しかし、引き出しを一通り確かめてみたものの、そこからは何も得ることは出来なかった。



 「ですね。じゃあ、そろそろ次の……」



 俺はレンの言葉に同意を示し、“次の部屋を調べに行こう”、そう提案しようとしたところで一つの違和感を見つけ出す。



 「れ、レンさん……! ここを……! ここを見てください!」


 「ん……?」



 俺が見つけたのは足元の違和感だった。

 床に敷かれる絨毯は経年劣化で所々に穴が開いており、資料を調べている間は拝むに至らなかった床の姿を見せていた。

 そんな穴から見えた床には木目とは違う、一筋の黒い線が走っていたのだ。



 「レンさん、これってもしかして、地下への隠し扉なんじゃ……!」


 「……! 可能性はなくはないな。シンジ、机を動かすぞ。そちらを持ってくれ」


 「はい……!」



 俺とレンはその違和感に確信にも近い感情を抱き、正否を確かめるため、資料で埋め尽くされた重たい机を動かし始めた。

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