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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章9話 鉄の扉

 アリアの依頼を受けてから何も行動せぬまま一夜が経った。

 それというのも、まだ行動に移さないでくれとの要望がアリアからあったからだ。



 「シンジ様、レン様、お嬢様がお呼びです」



 すると、朝陽の暖かな光で目覚めを迎えた俺とレンの元へ、メイドの一人がノックの音と共に現れる。

 俺とレンは共にどういう用件なのかを察した。

 連れて来られたばかりの時とは変わり、たった一人の先導を以て俺たちはアリアの部屋へと廊下を歩み始める。



 「シンジ、改めて確認するが、本当にやるのか? 敵地への潜入となれば命が関わってくるものなのだぞ?」


 「は、はい。正直、怖いと感じているところはありますけど、あれだけ勢いよく啖呵を切っちゃいましたから。やると言ったからにはやります」


 (この世界では男が弱い。だから、守られ続けていることは何もおかしくないし、それが普通って言っても過言じゃない……けど、いつまでもそうやって甘え続けていたらダメだ。何もしない、何も出来ないままでいたら、何も抵抗出来ずにまた奴隷みたいなことになるかもしれない。そんなのはもう嫌だ……! アリアのような人ばかりとは限らないんだから、そうならないためにも出来ることを少しずつ積み重ねていくんだ……!)



 アリアの呟きによって依頼を断ることに対する抵抗感は取り払われていた。

 レンの言うように、潜入には計り知れない危険が伴う。

 それへの恐怖で前言を撤回することは恥ずかしいことではなかった。

 ただ、俺の心の中にはなぜか、恐怖の気持ちも断るという選択肢の影も欠片もなかった。



 「……そこまで言うのなら止めはしない。だが、あまり無茶はするなよ?」


 「はい。それはもちろん、わかってますよ」



 すると、レンはそれ以上の問いは野暮だとばかりに俺の気持ちを受け入れる。

 そうして意思を確認し終えたところで、俺たちはアリアの部屋の前まで辿り着き、先導していたメイドは扉をノックする。



 「お嬢様、シンジ様とレン様をお連れいたしました」


 「……そう、ご苦労様」



 扉を開いたメイドはアリアへと用件を告げると深い一礼をした後、その場から去っていく。

 そんなメイドと入れ替わるように、俺とレンはアリアの部屋へと足を踏み入れた。



 「……ようやく準備が整った。シンジ、あなたには今日の夜、依頼に取り掛かって貰うわ」



 すると、部屋へと入った途端、アリアからは指令が下されるが、俺はそれに返事を返すことは出来なかった。



 「ンーッ! ンーッ!!」


 (また誘拐して来たのか、この王女様はッ……!?)



 その理由は、目の前に手足を縛り付けられ、口に布を噛まされて何かを叫ぶ女性の姿があったからだ。

 驚きのあまり言葉が出ないのは俺だけではない。

 共に部屋へと踏み入ったレンもまた驚愕している様子だった。



 「……あ、アリア、その人はいったいどうしたんだ?」



 レンは困惑した声音でアリアへと問い掛ける。



 「……拾った」



 すると、僅かな間の後に想像通りの言葉が呟かれる。

 俺とレンは共に苦笑いを浮かべることしか出来なかった。



 「……そ、そうか。それで、その人はどうするのだ?」


 「……この人はこれからシンジに潜入して貰う現場に出入りしている人間。裁きの場で証人として使える」


 「「……!」」


 「……それに、この人は潜入するために必要なものを持っている……それがこれ」



 そんな俺たちの目の前にアリアは捕らえた女の懐を探り、一枚の真っ黒に染まるカードを取り出す。

 金の印字が施されたそれは何かの会員証のようであった。



 「……潜入して貰う場所はこのカードキーがないと出入りが出来ない。ただ、これだけあってもまだ鍵を解くことは出来ない。昨日一日確かめていてわかったけど、潜入するにはこのカードキーとこれを所持しているものの指紋と虹彩が必要らしい……だから、この人を拾った」


 「……ちょっと待ってくれ。潜入するのにそれだけのものが必要なら、その人と一緒に潜入するってことなのか?」



 アリアの説明から必要なものが多数存在することを知り、俺は疑問符を浮かべる。



 「いえ、それは違います。今からこの方の虹彩と指紋を作るので、シンジ様にはそれを付けて潜入して貰うのです」


 「……そう言うこと。それと、そこに出入りしているのは女性しかいなかったらしい。だから、潜入する際にはシンジにはこの人と同じような姿に変装して貰うわ。万が一にもそのままの姿で潜入して即座にバレるのは避けたいから」



 すると、レヴィの補足と共にアリアのさらなる説明が為される。

 確かにレヴィの言う通り、この国の技術力があればそれくらいのことが出来ても不思議ではない。

 俺の頭上に浮かんでいた疑問符は瞬く間に取り払われていった。



 「……それで、その指紋や虹彩というのを作るのにどれくらいの時間が掛かるんだ?」


 「……だいたい半日あれば作れる。だから、今日の夜に潜入して貰うわ。シンジはそれまでに心の準備を整えておいて」


 「……! わかった……!」



 アリアから本番へのカウントダウンを受け、俺の心はキュッと引き締まる。

 そんな俺の横で、レンは言葉を口にはしないもののどこか不安気な表情を浮かべていた。


 半日以上の時間を置き、俺はたった一人、夜の街へと繰り出していた。

 ただ、その姿は髪の色も目の色も黒ではなく、髪型や衣装も女性のもので統一され、何も知らぬ人が見れば女性と見間違える可能性のある姿だった。

 そんな俺の目線の先、馬車道を一本挟んだ向かいにはアリアから聞かされていた潜入場所の入り口である重厚な鉄の扉が硬く道を閉ざしていた。



 「……じゃあ、行ってくるよ」



 俺はポケットに忍ばせていた小さな石を取り出し、夜道に響かぬ小さな声で石へと語り掛ける。



 『……ええ、気を付けて』



 その石は数日前にとある店で目にした共鳴石。

 機械の類いではない石は、仮に金属探知の類いが仕掛けられていたとしても、気づかれることなくその場所の音を遠く離れたアリアたちの元へと届けることが出来る。

 そんなアリアからの提案で俺は石を忍ばせていた。

 俺の声の後に、石からはアリアの声が小さく響き渡る。



 『少しでも危険を感じたらすぐに逃げるのだぞ』


 「はい、わかりました」



 そして、その次にはレンの声が響き渡った。

 俺は石をポケットの中へと忍ばせると、一つ深呼吸をしてうるさく鳴り響く心臓の音を整え、それから視界の先で待つ鉄の扉へと向かって歩み始めた。

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