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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章3話 男女の固定観念

 どこを目指して行くわけでもなく、俺は冒険に出る少年のような気持ちで街の景色を眺めながら歩み続けていた。

 すると、俺の耳には徐々に道行く人を呼び込もうとする、威勢の良い声が響き渡り始める。

 俺は導かれるようにその声の方向へと歩みを進め、流れ行く人波が多く見える交差路を曲がり、声の響き渡る方へと視線を移す。



 「おぉ……すげぇ……!」



 すると、そこには多くの出店が軒を連ね、多くの買い物客で溢れる活気に満ち溢れた光景が待っていた。

 コンビニやショッピングモールなど、現代に多くある商業施設ではまず目にすることのできない市場ならではの光景に、俺の心は異世界にやって来てからというもの、休まる暇がなかった。



 (これ、市場ってやつだよな……! 初めて生で見た……! こんな一本の通りにこれだけの人が集まるのか……! 何というか、人の多さに圧倒されるな……!)



 あまりの人の多さに暑苦しさすら感じる中、俺は市場となっている通りを歩み始める。

 野菜や魚、果実などの食料品はもちろん、調理器具や衣類など、多様性に富んだ店が道行く人の目を惹き付けていた。



 (色々あるな……何て書いてるかはわからないけど、聞こえてくる言葉はわかる。とりあえず、ここで生きていく、ってこと自体は何とかできそうだな)



 右に左に視線を移し、人波に揉みくちゃにされながら、俺は市場となっている通りをゆっくりと進んでいく。



 (……それにしても、道行く人はやっぱり男が多いな。けど、露店商は女の人の方が多い……こういう場所の俺のイメージだと、男性の店主の割合が多くて、女性客の割合が多いって感じだったんだが、ここではそれと正反対の状況になってるのか……何というか、さすが異世界というべきなのか、今までの人生では味わえないようなことばかり起きて、忙しくも楽しいって感じだな)



 店だけでなく人をも眺めながら、俺は通りをどんどん奥へと進んでいく。



 「あっ……!」


 「……?」



 すると、市場の終わりへと迫ったところで、いくつもの金属音と共に男性の声が響き渡る。

 その声に反応して振り返ると、俺のすぐ近くで、どうやらお金を落としたらしい男が落ちた硬貨を必死に拾い集めている姿があった。

 そして俺の足元にはその男のものであろう、一枚の銀貨が転がってくる。



 (これがこの国のお金か……)



 俺はそれを拾い上げ、硬貨に描かれた模様などを見つめた後、落ちたお金を一通り拾い上げた男の元へと歩み寄る。



 「あの……これ、落としましたよ?」


 「あっ……! ありがとうございます!」



 そして、恐る恐るそれを差し出すと、男は申し訳ないといった様子を感じさせながらも笑顔で頭を下げた。



 「まったく、危なっかしいわね。帰るときも何か落とさないよう気を付けるのよ?」


 「はい、気を付けます」


 「ふふっ……毎度あり!」



 恰幅の良い、人柄の良さそうな女性店主は優し気な笑みを浮かべて世話を焼き、男は恥ずかしそうに笑みを浮かべながら会釈し、買い込んだ食料品の紙袋を抱えて人波の中へと消えていった。

 俺はその姿を手を振る店主と共に見届け、男の姿が消えた後、店主は一仕事終わったとばかりにフゥと一息吐く。



 「……それで、お兄ちゃんはどうするのかしら?」


 「えっ……?」



 そしてそのすぐ後、俺に向けられたであろう言葉が耳に響き渡る。

 その声の方向に振り返ると、先ほどの店の主である女性がニコニコとした表情で俺を見つめていた。



 「何か買っていく?」


 「あっ……あぁ、い、いえ……! 俺は、何も……」


 「そう、それは残念」



 この国のお金はおろか、一円すら持ち合わせていない俺は、店主の期待するような表情に曖昧な言葉を返してやり過ごした。

 しかし、店主からの視線は途切れることはなく、俺は絶えず注がれる視線に店主を見つめ返す。



 「あ、あの……何か?」


 「ああ、ごめんなさいね……! あなたのその綺麗な黒髪と黒目が気になっちゃってね」



 そして、店主へと問い掛けると、店主は珍しいものを見るような目で俺の髪に視線を注いでいた。



 「一つ聞きたいんだけど、あなたってもしかして、東洋から来た人だったりする?」


 「えっ……ええ、まあ。そんなところ、です」


 「やっぱり! この辺ではあまり見られない感じだったからそうだと思ったのよ!」


 (この世界では黒髪は珍しいのか……でも確かに言われてみれば、道行く人は金髪とか茶髪とか、純粋な黒髪っていう人は全くいないな)



 店主の言う通り、回りをよく見渡してみれば、道行く人の髪や目の色は純粋な黒色をしているものは一人も見当たらなかった。

 店主は俺の返答を受け、俺が街の景色の目新しさに表情を輝かせたのと同じように表情を輝かせる。



 「あ、あの、おばさん……少し聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」


 「んー? 何でも答えて上げるわよ、何かしら?」


 「えっと……俺、自分の国を出たのが初めてでよく分からないんですけど、この国って女性よりも男性の方が多いんですか? 色々と見て回ったんですが、男性とすれ違うことの方がものすごく多かったんですけど……」


 「ああ……そのことね」



 そんな店主へ問いを投げ掛けると、店主は質問の内容が想像の範囲内だといった様子を見せる。



 「それはね、この国は男性よりも女性の方が力持ちが多いからなのよ」


 「えっ……そうなん、ですか……?」



 耳を疑う一言。

 俺の中にあった常識が常識ではなくなるその一言に、俺は多くの言葉を返すこともできずに、ただただ疑問符を浮かべる。



 「ええ。この国では女性たちが働きに出て男性が家を守っているから、自然と買い物に出掛けている人が男性の方が多くなるって感じなのよ……まあ、あなたがそこを疑問に思うのはなんとなくわかるわ。あなたたちの国、東洋の方では男性の方が力強いっていうのは聞いたことがあるし、だからこそ、働きに出るのは男性中心で女性が家を守っている。だから街に買い物に出掛けてるのは女性が多い、っていう認識があなたにはあるんだろうけど、実はそっちの方が珍しいことなのよ? 東洋の方以外の国で、男性が中心的に働いてる国っていうのは実はほとんどないのよ」


 「そうなんですか……」


 (つまり、この世界では男女の関係性が、俺の中にあるイメージとは逆になってるってことか……)



 男女における固定観念の逆転。

 それがこの国、もとい、この世界での常識であると知り、俺は危機感を抱いた。



 「あ、ありがとうございました。この国について少し勉強になりました」


 「そう、それは良かったわ」


 「では、俺はこれで……」


 「ええ、今度は何か買ってってね!」



 笑顔で手を振り別れを告げる店主へと俺は苦笑いを浮かべながら、通りをさらに奥へと進み、新たに現れた交差路を曲がって市場から遠ざかっていった。

 そうして歩み続け、人通りの少ない脇道を見つけては、そこへと足を踏み入れていく。



 「はぁ……」



 そして、僅かに奥へと進んだところで立ち止まり、一つ深い溜め息を吐いた。



 「まずいなぁ。あのおばさんの話を聞く限り、この世界は男性の社会進出があまり進んでない感じだったからな……仕事が見つかるかどうか怪しくなってきたな」



 女性が中心的な世界ということは、男性が手に出来る職は少ないということが考えられた。

 さらに、文字の読み書きが出来ないという現状を省みれば、なおさら、手に出来る職が存在する可能性は自然と薄くなってくる。



 「……ただ、それよりも何より、今は今日をどうやって乗りきるかが問題になってきたな。街の観光で浮かれてて忘れてたけど、俺今、無一文なんだもんな。食うものと寝る場所、どうやって見つけたものか……あのおばさんに頼み込んでみるか? あわよくば、あそこで働かせてもらうっていうのも……いや、でもさすがにそれは図々しいかな?」



 そして、衣食住についての問題まで抱えていた。

 未来も現在も問題だらけであることを省み、俺は深く考えを巡らせる。



 「……いや、でもそんなことを言っていられる状況じゃないよな……よし、恥を忍んで頼み込んでみよう……! 今の俺にはもう、こうすることしか道は……んぅッ!?」


 (な、何だ!? いったい、何……が…………)



 そして、現状を打開する案を考え、行動に移す覚悟を決めた瞬間、俺は背後から何者かに口元を布で押さえつけられたという感覚を最後に、目の前が真っ暗になった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 形質の違いは国ではなく種族に依存するはず(例えば、日本のチワワとアメリカのチワワで違いはないですよね)。 単一人種国家しか存在しない世界観だとしても、作中での説明の仕方は違和感がある。…
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