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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章8話 拾った理由

 レンは敵の人数を確認するかのごとく右に左に視線を走らせる。



 「……! シンジ、ここにいたのか! 無事だったか!? 何か手荒な真似はされなかったか?」


 「は、はい。大丈夫ですよ、何もされてません」



 おそらく、アリアとレヴィの和の中に馴染んでいたこと、殺気立っていたことが理由にあるのだろう。

 レンは部屋の中央で椅子に腰掛け一服の時間に身を委ねていた俺に気づくまで、僅かな時間を要していた。

 そして俺の存在に気づいたレンはすぐさま駆け寄り、全身を注意深く確かめ始める。

 すると、テーブルの向かい側からパタンという音が響き渡る。



 「……ようやく来たわね。あなたをずっと待っていたわ、レン」



 それは熟読していた本をアリアが閉じる音だった。

 アリアはいつも通りの眠たそうな瞳の中に、どこか真剣さのようなものが宿っていた。

 アリアから声を掛けられ、レンは俺からアリアへと視線を移す。



 「待っていた……? どういうことだ? 私を呼び寄せるためだけにシンジを誘拐したとでも言うのか?」


 「……誘拐じゃない。拾っただけ」


 (……頑なだな)



 五日間もの間、時間を共にしたことにより、アリアの対応に俺は既に慣れていた。

 しかし、アリアと初めて触れ合うのであろうレンは、頬にピクリと苛立ちの反応が現れる。



 「ものの捉え方などどうだって良い……! 何のために私を誘き寄せたのかを聞いているのだ、答えろ……! 初めに言っておくが、先程のようなふざけた言葉を吐かないことを勧める。返答次第では一発拳を振るわなければならないのでな」



 レンは宣言通り既に強く拳を握り固めていた。

 しかし、眠たそうにするアリアはレンの様子に一切怯えた様子はなかった。



 「……あなたを待っていた理由は、依頼を一つ、受けて欲しいからよ」


 「えっ……」


 「……!」



 すると、アリアの言葉を聞いた瞬間、握り固められていたレンの拳は途端に弛緩する。

 ただ、それと同時に俺は呆気に取られた。



 「ちょっと待てアリア……! 俺を誘か……いや、俺を拾った理由って、まさかそれだけなのか!?」


 「……ええ、そう」



 秘密にしなければいけない、というわけでもない単純な理由に、俺は眉間が痙攣する感覚を覚える。

 そんな俺の横でレヴィは頭を抱えながら溜め息を吐いた。



 「それくらいなら教えてくれても良いだろ!? 忙しいわけでもなかったんだし、本を読みながらでも食事の時間にでも、教えてくれても良かったじゃないか!?」


 「……同じことを二回も言うのは面倒」


 「なっ……!?」



 アリアの言葉に、俺は顎が外れたのではないかというほど、口が開きっぱなしとなる。

 俺とアリアの間に何があったか知らないレンは、会話がハッキリとは掴めていない様子の表情を浮かべ、レヴィは呆れた様子で苦笑いを浮かべていた。



 (教えてくれていればもっと気楽でいられたっていうのに……まあ、この人にそれを言っても無駄か)



 慣れたとはいえないものの、アリアの性格をそれなりに覚え始めていた俺は溜め息を一つ吐くことで諦めを付ける。



 「……理由はわかった。そういうことであれば拳を振るうのは止めておこう」



 すると、話を戻すと言わんばかりに落ち着きある声音でレンは声を上げる。

 その一声で、俺たちの視線は一切にレンへと注がれる。



 「だが、それならなぜ、シンジを使って誘き寄せようとしたのだ? それくらいなら素直に私にコンタクトを取れば良かっただけのことじゃないのか?」


 「……!」


 (確かにそうだ。レンさんに直接それを言っていれば五日間も待つ必要なんてなかった。面倒くさいなんて合理的なことを言っておきながら、これはあまりにも非合理……いったい何で……)



 そして、レンが問いを放っては今度はアリアへと視線が注がれ、間に座る俺とレヴィの視線は忙しなく移動する。



 「……それではダメ。あなたは有名人過ぎる」



 すると、いつも通りの僅かな間の後に、アリアはキッパリとレンの言葉に否を突き付ける。

 レンはそれに言葉は返さず、僅かな間の後に来るであろう理由を静かに待った。



 「……それと言うのも、依頼というのが、この街の中で人道を外れた行いをしているものがいるから、その犯人を捕らえて欲しい、と言うものだから……ただ、その犯人はおそらく警戒心が強い。私があなたに依頼を頼んでいるところを少しでも見られれば、何もわからぬまま犯人を逃してしまうかもしれない。でも、私がシンジを拾うことで、それを取り戻すためにあなたがここへとやって来れば、犯人にあまり警戒心を抱かせることなく私はあなたとコンタクトを取ることが出来る……そのためにシンジを拾った」


 「なるほど……それならば納得だ」


 (この人、意外とちゃんと考えてたんだな……)



 アリアと共に過ごした五日間、俺はアリアに対して一切尊敬の念を抱くことはなかった。

 むしろ、アリアという人物を知れば知るほどにダメな部類の人間ではいかという感情すら沸いていた。

 俺はまともな考えを告げたアリアに強い感心を抱く。



 「……ちなみに、あなたにも一つ依頼があるわ、シンジ」


 「えっ……」



 すると僅かな間を置き、アリアからは耳を疑うような言葉が呟かれる。



 「シンジに依頼……? いったい何を頼むつもりだ? それは私では出来ないことなのか?」


 「……ええ。さっきも言ったけど、あなたは有名人過ぎる。シンジに頼むのは、私が睨んでいる犯人が悪いことをしていることの裏付けを取ること。シンジならばあなたとは違ってそう簡単にバレることなく潜入することが出来る……正直、無理矢理捕まえても良いのだけど、確たる証拠を得ているわけではないのにそれをしてしまえば権力の乱用だと言われてしまう。何より、それで犯人に多くの味方を付けてしまって、逃がしてしまうことにも繋がりかねない。だから、ちゃんと裏付けは取っておきたい」



 レンはアリアの説明に納得している様子だった。

 俺自身も説明の大部分については納得していた。

 ただ、その中の一部に疑問符が残っていた。



 「ちょっと待ってくれアリア。裏付けを取ってないのに何で人道を外れた行いをしているやつがいるってわかるんだ?」


 「それは、お嬢様の勘は必ず当たるからですよ」



 すると、俺が投げ掛けた問いにレヴィが受け答える。



 「小さな頃からそうでした。未来予知とも言える程の正確さでお嬢様の勘は当たってしまうんです。なので、いるというのであれば本当にいるのですよ。ただ、裁きを与える場では勘などというものを証拠として提示することは出来ません。なので、お嬢様はお二人のお力を借りたいのでしょう」


 「な、なるほど……」



 そんなレヴィから飛び出してきた話が予想もしていなかった超能力レベルの話に、俺は理解を示すくらいのことしか出来なかった。

 すると、僅かな間を置いてレンが静かに喉を鳴らす。



 「……そう言うことであれば、依頼を受けよう」


 「……そう、良かった……シンジ、あなたはどうする?」



 そして、レンの決意によって決断の時間が迫られる。

 俺に課せられたものは最も重要と言える敵地への潜入だ。

 本番を迎えていなくともそれがとても危険が伴う行動だというのは感じられた。



 「……やるよ。俺に頼むって言うことは、俺じゃなきゃいけない理由があるんだろう? なら、やるよ……!」



 何も持たぬ俺が依頼を断っても恥ずかしいことはない。

 そう頭ではわかっていたが、心はなぜかやれと叫んでいた。

 俺は強い意思を以て三人へと宣言する。



 「……いや、別にシンジじゃなければいけないという理由はない」


 「えっ……」



 しかし、ボソリと呟いたアリアの言葉を耳にした瞬間、俺は一瞬前の発言を猛烈に後悔した。

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