二章3話 嘘
遠くを見れば森や山の姿が、近くを見れば風に揺れる草原が。
それらの真ん中を貫くように、真っ直ぐに、時に湾曲し、または二つの分かれ道を作りながら土気色の筋を作る街道がどこまでも長く伸びる。
その一つの道を俺とレンを乗せた馬車は、一定速度を保ち続けながらカタカタという音を響かせて進み続けていた。
「レンさん、一つ質問してもいいですか?」
「ん、何だ? 答えられるようなものであれば何でも答えよう」
この世界へと来なければほとんど目にすることが出来ない、緑に溢れる景色を眺め続けていた俺は、その景色にも見慣れてきたこともあり、気分を変える意味合いと単純な興味を持って声を掛ける。
「えっと、その……レンさんってどういう仕事をしているんですか?」
犯罪者であるオークションに関わっていたものたちを捕らえに来た。
そこから考えれば、国防兵であるということが考えられた。
しかし、東洋の国へと向かうために国を出ている今の現状を省みると、その可能性は薄いとも感じられた。
レンは俺の問いにすぐさま答えを返してはこず、小さな間が作られる。
「……何と言えば良いか。そうだな……私の仕事は人を助けること、と言えば良いかな」
「人を助けること、ですか?」
「ああ。基本的にはあの街の中で困っている人たちを助けてはいるのだが、依頼があれば遠くの町や国にまで出向くこともある。まあ、他の国に行くことはほとんどないのだがな」
そんな間の後に飛び出してきた答えは、自分が知っている職業の範囲外の答えだった。
「そうなんですか……でも、それなら街から離れて大丈夫なんですか? レンさんがいなくなると困る人たちが出てくるんじゃ……」
「ふふっ……無一文ながら故郷を見に行きたい。シンジも困っている人の一人だろう? それを助けているのだから、私を求める人たちもわかってくれるはずだ」
「……ッ!」
(何か……心が痛い。もう言ったことが嘘でした、なんて打ち明けられねぇ……)
普段であれば、その笑顔に俺の表情も自然と和らいでいたことだろう。
ただ、レンの言葉を聞いた今の俺にとってはレンのその優し気な笑顔が、心臓に何本ものナイフを突き立てるかのごとく胸に強い痛みをもたらしていた。
俺はその痛みを悟られないよう、表情を隠すように苦笑いを取り繕った。
「ところで……シンジ、文字の勉強の方は順調か?」
すると交代だとばかりに、今度はレンの方から問いが投げ掛けられる。
「えっ……あっ、はい。それは結構順調に進んでます」
直前の心境が複雑だっただけに、俺は問いに一瞬動揺を感じるも、すぐさま笑顔で答えを返す。
そんな俺の返答に、レンの表情には安心した様子の微笑が浮かぶ。
「そうか、それは良かった……文字と言えばだがシンジ、知っているか? この国で使われている文字と全世界で使われている文字は同じだ、ということを」
「えっ……」
そしてその笑みを保ったレンの口から告げられた言葉に、俺はどういう意味を以ての問いなのかわからなかった。
「どういう意味かわからない、といった感じだな……簡単に説明すると、生まれや育ちがどこであれ、シンジくらいの年齢の人は皆文字を知っている、ということだ。それは即ち、シンジの言っていた生まれや育ちにはどこか嘘がある、ということになる」
「……ッ!」
しかし、次に発せられたレンの言葉で、問いの意味をようやく理解する。
嘘がバレた、ということだ。
俺は体が凍り付いていくような寒さが体を襲ってくるのを感じた。
「別に責めているわけではないぞ? ただ、本当のことを教えてほしいんだ……シンジ、君は本当はどこから来たんだ?」
レンの表情は言葉通り、責め立てているような険しさはない。
ただ、遠回しではなく、ハッキリとそう問い掛けてきた。
(もうバレた……嘘だろ? じゃあ、もしかして……文字の勉強がしたいって言った時にはバレてたってことか……?)
あまりの唐突な出来事に対する動揺で心が激しく揺れ動く中、俺の顔色とは違ってレンの真剣な眼差しが変わることはない。
(……言おう。ちゃんと、全部……)
俺は覚悟を決めた。
どういう仕打ちが待っていようと、もう俺にはそれを甘んじて受け入れることしか出来ない。
俺は一つ深呼吸をし、レンと同じ、真剣な眼差しで見つめ返す。
「えっと、信じて貰えないかもしれないんですけど……俺、別の世界からやって来たんです。この世界とは違う……遠い、もう戻ることは出来ない異世界から」
そして、俺は何一つ包み隠すことなく、正直に自分の出生を打ち明けた。
すると、俺の告白にレンの眉はピクリと反応する。
俺が逆の立場ならば、嘘を吐いていたという事実とあまりにも突飛な言葉に信じることは出来ないだろう。
ただ、俺はレンに信じて貰うしかなかった。
ここで怪しいやつだと、頭の狂ったやつだと認定されて見放されてしまえば、職も財も持たぬ俺は一週間の内に死に至る可能性が高かったからだ。
俺は信じてくれと強く願いながら、沈黙を作るレンへと真剣な眼差しを注ぎ続ける。
「……異世界か。なるほどな」
「……!」
すると、僅かな間の後に返ってきた反応は、あまりにもさっぱりとしたものだった。
「あの……自分で言うのもあれですけど、こんな突飛なことを信じるんですか?」
「まあ、そういう理由でもなければ文字の読み書きが出来ないということにはならんだろうからな。信じるよ」
「……!」
信じる。
そのたった一言が、ここまで嬉しい言葉であるということを俺はこの日初めて実感した。
「けど、嘘はおいそれと吐くものではないぞ? 信じて欲しい時に信じて貰えなくなるかもしれんのだからな」
「は、はい。以後気を付けます……」
しかし、俺が表情を輝かせた後に優し気な叱咤がなされる。
気を引き締められるようなレンのその言葉に、俺は改めて申し訳ない気持ちを抱きながら頭を下げた。