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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章2話 旅路に相応しき朝

 文字を勉強し始めてから一日、また一日と時間が過ぎ去っていく。

 東洋の国に向かうために準備をしなければならないと言っていたレンは、どうやら多くの準備をしなければならないらしく、食事の時間帯と就寝時に宿屋へと帰ってくるものの、それ以外の日中の時間帯はその準備へと奔走しているようだった。

 俺は窓から聞こえてくる街の声に耳を傾けながら、一人黙々と字の勉強へと励む。



 「練習帳からわかったこの国の文字の数、それと絵本の絵柄から何となく読み取れる言葉からして、日本語の五十音みたいな感じになってるっぽいな。これなら、結構簡単に覚えられそうだ」



 一日、二日と勉強に励んでいてわかったことは、この国の言葉は日本語と似ているということだった。

 文字の形は知っているものとは程遠い。

 多少の慣れは必要になることだろう。

 ただ、自分の知っている言葉と法則性が同じということがわかれば、一から文字を勉強するという難しさを感じる行為であっても気持ちが楽だった。


 そうして、勉強漬けの日々に身を置くこと三日目の夜。

 大きな荷物を携えたレンは、晴れやかな顔で宿屋へと帰ってくる。



 「シンジ、待たせてすまなかったな。ようやく準備が整った。明日の朝から東洋の国へと向かうぞ」


 「……! はい、わかりました……!」



 レンの言葉を聞いた瞬間、俺は僅かながらも心が踊るような感覚を覚えた。

 まだ見ぬ景色を見に行くという、男心や冒険心といったものをくすぐられる所があったのかもしれない。

 俺は遠足を前にする子供のように、その日の夜はすぐに寝付くことができなかった。


 そうして迎えた明くる日の朝。

 寝付きが悪かった夜とは対照的に、普段よりも早い、スッキリとした目覚めを迎えていた。

 窓から差し込む光は柔らかで、朝陽が登り始めたばかりだということが伺える。

 街の声も静かで、窓から外の景色を眺めても通りを歩く人の影はまばらだった。

 すると、背後からは気遣わし気に扉を開く小さな音が鳴り響く。



 「……! 起きていたのか。おはよう、シンジ」


 「……! おはようございます、レンさん」



 その音に振り返ると、視界に飛び込んできたのはレンの姿だった。



 「随分と朝が早いんだな」


 「あっ、えっと……何だか楽しみで、すぐに目が覚めちゃったんです」


 「ふふっ、そうだったのか。それなら起こす手間が省けたな」



 俺の言葉にレンは微笑を浮かべる。



 「とりあえず、時間には余裕を持っておきたい。少し早いが、朝食を摂ったら馬車の停留所に向かおうか」


 「はい……!」



 いよいよ出発の時を迎え、俺の心は昨夜よりも高揚感が増していく。

 今までにないほどに目覚めの良い朝を迎え、普段はあまり胃に入らない朝食が、今日に至ってはいつもとは対照的だった。


 そうして速やかに朝の準備を済ませた俺たちは、まだ人通りの少ない街の通りを歩み始める。

 俺たち二人の背中にはレンが用意した旅路に必要なものを詰め込んだリュックサックがのし掛かる。

 軽いと感じるほどのものではないが、重いと感じるほどのものでもない。

 未知への旅路へと赴くことを実感させる、そう感じられるような重さだった。

 人々が生み出す雑音がなければ、瓦礫を撤去する騒音もない、そんな静かで歩きやすい街の通りを俺たち二人は背中の重みを揺らしながら馬車の停留所へと向かっていった。


 徐々に太陽が空高く上っていくにつれ、旅の始まりを迎える朝に相応しいほどに、頭上に広がる青空は澄み渡っていく。

 この世界へとやって来た時以来となる穏やかな気持ちで街を歩く時間は、実際に流れた時間よりも遥かに短く感じた。

 街の外れのほど近く、目的の場所である数台の馬車がすれ違うことが出来るほどの広さがある通りへと辿り着くと、そこには荷車を後背に携える一頭の馬の姿と、荷車で何やら作業をしている一人の人影があった。



 「……! おはようございます、レン様。お早いですね。打ち合わせ頂いた出発の時間までまだ十分以上余裕がありますよ」


 「ああ、おはよう。道中何が起こるかはわからんからな。早く来るに越したことはないだろう?」


 「確かに、ご最もでございます」



 すると、その人影は足音で俺たちの存在に気がつき、振り返って早々にレンへと頭を垂れる。

 おそらく、この人が御者なのであろう。

 恰幅が良く、人当たりの良い笑顔を浮かべる優し気な女性だった。



 「ところで、そちらの方が話にあった……?」


 「ああ、そうだ」


 「……! あっ、えっと……よろしくお願いします」



 俺は唐突に向けられた御者からの視線に緊張し、自己紹介をするべきか迷いながら、まずは馬車を引いて貰えることに対して頭を下げる。



 「東洋人、ですね……確かに、これなら他の人たちと乗り合わせるのはあまりよろしくないですね。物珍しさで祭り上げられては落ち着くものも落ち着きませんから」


 「ああ、だから助かったよ」



 すると、御者は俺を注意深く見つめた後に何かを悟るように頷く。

 事前にあった打ち合わせに関わっていなかった俺は、二人の会話がどういうものなのか付いていけずに頭上で疑問符を踊らせることしかできなかった。

 すると、俺の様子に気がついたのか、隣にいるレンから視線が向けられる。



 「何の事だかわからない、と言った様子だな」


 「は、はい……」


 「実はな、本来ここから隣の国まで行こうとしたら、最低五人の客がいなければ馬車を出して貰えないことが多いんだ」


 「えっ……! そうなんですか?!」


 「ええ、実はね」



 俺はレンの口から語られた言葉に驚き、御者へと振り返った。

 すると、彼女の表情には困ったような笑みが浮かぶ。



 「それと言うのも、利益が出ないからだ。本来、隣国まで行くとなると乗客以外に護衛の傭兵を雇わなければならない。ただでさえ距離があって食料や水を備えるだけでも出費が膨らむのに、普通に人を運ぶよりもさらに出費が増えるのだから、一度に多くの人を乗せなければ赤字が必至なんだ……ただ、知らない人と乗り合わせれば、シンジに注目が集まって面倒なことになるのもまた必至。だからたった二人だけでも仕事を請け負ってくれる人を探すのに、少しばかり苦労していたんだ」


 「そうだったんですか……あの、ありがとうございます……!」


 「良いのよ良いのよ! 気にしないで!」



 無理なお願いを受け入れてくれたという事実を知り、俺は先程よりも深く頭を下げる。

 しかし、御者はそのことを恩着せがましくする様子はなかった。

 その言葉を聞き、俺はさらに頭が下がる思いとなった。



 「さ、あんまり変な空気にならない内に乗っちゃって! とりあえず今日は隣町まで行くわよ!」



 しかし、そんな俺の思いを忘れさせるかのごとく御者は威勢よく乗車を促す。



 「ああ、そうだな。じゃあ、よろしく頼むよ」


 「……よ、よろしくお願いします!」



 そんな勢いに乗せられ俺とレンは共に一言述べてから荷車内へと乗車し、備え付けられた座席へと腰を下ろす。

 すると程なくして馬に指示を出す手綱を叩きつける音が響き渡り、次に馬の鳴き声が響き渡ると、小気味良い音と継続的な小さな揺れをもたらしながら、馬車は隣町へと向かってゆっくりと進み始めた。

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