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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
二章 死を喜ぶ世界
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二章1話 文字の読み書き

 貴族の屋敷が次々と爆破されてから一夜、街はその後片付けと復興に追われていた。

 散在した瓦礫を片付けるために兵士たちだけでなく、市民がボランティアとして活動し、数時間でも早い復興へと力を注いでいた。

 しかし、一ヶ所のみではない爆破の後を片付けるのは一日で終わるようなものではなかった。

 街中では郊外へと瓦礫を運ぶ音が数日と鳴り響いた。


 そんな音が近くで聞こえる一件の宿屋。

 レンと時間を共にすることが決まった俺は、そこで寝食にあやかっていた。

 ただそれだけではなく、薄汚れ、ボロボロとなっていた俺の服装を見兼ねたレンから、新しい衣服まで恵んで貰っていた。



 「ありがとうございます、レンさん」


 「なに、礼には及ばん。あれだけボロボロとなった状態の服でそのまま過ごさせておくわけにはいかんからな」



 しかし、自腹を切ったレンは一切恩を着せるような素振りは見せなかった。

 それどころか、そうすることが当然と言った様子だった。



 「……それよりも、一応シンジの意思を確認しておきたいんだが、シンジは東洋の国に向かうことについては問題はないか? 何か特別な理由があって国を出たというのであれば、国に送り届けるのを取り止めることも考えるが……」


 「……! あっ、えっと……」


 (どうしよう……正直に答えるか? 送り届けるって言われても、この世界に俺の親なんていないしな……でも、かと言って異世界からやって来ました、なんて言っても信じて貰えないだろうし……ただ、この世界の東洋の国を見てみたいって気持ちもあるんだよな)



 すると、僅かな間を置いてレンからは問いが投げ掛けられ、俺は答えに悩むその問いに酷く頭を悩ませた。

 思案に思案を重ね、問いの内容から考えても既に答えを出せていてもおかしくない時間が過ぎ去っていく。



 「……だ、大丈夫です。問題はないですよ。ただ……」


 「……ただ?」


 「ただ、その……俺、親がいないんです。えっと、物心付いた時から俺には親がいなくて。その、だから親を探しに行く必要はないというか……でも、自分の故郷がどういう所なのか見てみたいな、とか思っていたり……」


 (嘘は言ってない。全部本当の事だ……怪しまれてたりしないよな? 貴族の独善で罪を着せられるようなこの世界じゃ、もし問い詰められたら、俺の出生が怪しすぎるからって理由で牢に入れられる可能性まである。頼む、神様……! 俺に救いの手を!)



 俺はビクビクと怯えながらレンの様子を伺う。

 その様子は静かで、真っ直ぐな視線を俺へと強く注ぎ続けていた。



 「……そうか、両親と無理矢理離れ離れにされたわけではなかったのだな。それなら良かった」


 「……!」



 しかし、僅かな間の後にレンは優し気な笑みと共に安堵の吐息を吐く。

 俺はその様子を見て信じてもらえたことを確信し、レンとは違う安堵が胸中に広がっていくのを感じた。



 「……そうなってくると、育ての両親の所には行かなくて良いのか?」


 「……ッ!」



 だが、安堵したのも束の間、レンからは次なる問いが飛んでくる。



 (そっちのことを考えてなかった……!)


 「あっ……えっと、はい……! それも大丈夫です……! えっと、育ての親元から離れた所であんな目にあったので、帰ると逆に心配させちゃうかもしれないので……!」



 俺は目まぐるしい勢いで脳をフル回転させ、それらしい言葉を取り繕う。

 レンの表情からは俺に対する疑念は感じられない。

 しかし、レンの真剣な眼差しが俺の心を見透かしているかのようで、俺はレンが作り出す沈黙の時間が不安で仕方がなかった。



 「……わかった。そういうことなら真っ直ぐ故郷を見に行こうか」


 「……! は、はい!」


 (危ねぇ、助かった……)



 すると、数瞬の間の後に俺の視界に飛び込んできたのは優し気な笑みだった。

 俺は服の内にうっすらと汗が滲んでいるのを感じながら、心の内で深い吐息を吐く。



 「だがその前に、東洋の国へと向かうにあたって色々と準備をしておかなければならないことがある。だからシンジ、すまないがそれが終わるまでこの宿で待っていてくれないか?」


 「は、はい。わかりました」


 「ありがとう」



 そうしてこれからの予定を一つ取り決めると、レンはその準備へと取り掛かるために部屋を出ようと扉へと赴く。

 しかし、途中まで足を進めたところでレンはふと足を止めて振り返る。



 「……そうだ。どれくらい時間が掛かるかわからないし、何か暇潰しとなるものを買ってこよう。シンジ、何か欲しいものはあるか?」


 「えっ……?」



 再び問いが投げ掛けられるとは思っていなかった俺は、そんな唐突な質問に驚きのあまり疑問符を浮かべる。

 しかし、すぐさまレンの言葉を理解し、この世界にどういう暇潰しの道具があるかもわからないまま思考を巡らせる。



 (暇潰しって言われてもな……この世界にどういう娯楽があるのか知らないし……そうだ!)


 「えっと……なら、文字の読み書きを勉強出来るものが欲しいです」



 そして、俺は唯一思い浮かんだものをレンへと求める。



 「……! 文字の、読み書き……そんなもので良いのか?」


 「はい!」


 「そうか……わかった。なら、少し待っていてくれ」



 レンは俺の言葉を聞いた瞬間、頭上に疑問符を浮かべるが、念押しに対して即答すると、それ以上は何も言わずにそれを受け入れる。

 そして、短く言葉を残してレンは部屋を後にした。


 それから、レンが俺が求めたものを買って戻ってきたのは十分ほど後のことだった。

 レンは買ってきたものを俺へと託すと、すぐさま準備へと取り掛かるために、足早に再び部屋を後にして行った。



 「文字の読み書き練習帳らしきものと……これ、幼児教育の絵本、だよな?」



 俺は手渡されたそれをまじまじと見つめ、若干言葉を詰まらせる。

 心が和むうな優しい絵柄に、一文字一文字大きく描かれた見易い字の形。

 十六歳という年齢の人が愛読するものとしては気恥ずかしさを感じるものだった。



 「……まあ、こういったものの方が分かりやすいか」



 しかし、この世界の言葉を初めて勉強する俺にとってはそれが最も相応しいものだということに気付き、俺は気を取り直して絵本の一ページ目を開いた。

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