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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章21話 異世界での一週間

 耳をつんざくような爆発の音が響き渡る。

 爆発に伴う地鳴りが足から伝わり、爆発によって生じた爆風が血管のように張り巡る街の通りを、家と家の隙間を駆け巡り、建物の影で爆発に堪えていた俺とレンの元までその衝撃が伝わってきていた。

 そして爆発の音だけでなく、爆風によって割れる窓ガラスの音、爆発四散した瓦礫によって家屋が被害を受ける音など、街中で巻き起こっている音とは思えない音が響き渡っていた。



 「……大丈夫か、シンジ?」


 「は、はい。レンさんも、大丈夫ですか?」


 「ああ、問題ない」



 舞い上がった砂煙に襲われ、視界が塵で覆われる中、俺とレンは互いの無事を確認し合う。

 辺りは街中で爆発が起きたとは思えない程に静けさに包まれていた。

 おそらく、貴族の屋敷の近くということでほとんどの人は既に避難を完了していたのだろう。

 辺りに人の気配は一切なかった。

 風に吹かれて砂煙が収まっていく中、俺とレンは辺りの安全を確めながら立ち上がる。



 「……爆発の音、止みましたね」


 「……そうみたいだな。今ので今回の事件に関わっていた人々の屋敷全てを破壊し終えたのだろうが、さすがに今回は数が多すぎる。もう国も黙ってはいられないだろうな」


 「それって、軍隊が動くってことですか……?」


 「ああ、その通りだ。以前は一件ごとだったのと、国の不徳の致すところという判断で指名手配程度で済んでいたが、今回ばかりはテロ行為と認めざるを得ない。市民の全てがシオンの行動に理解を示していたとしても、もう見逃しては貰えないだろうな」



 レンの推測を聞き、俺は静かに納得していた。

 人道を逸した貴族に罰を与えるにしても、これだけ街を破壊してしまえば擁護のしようもない。



 「……あの、レンさん」


 「……どうした?」



 互いに言葉を失い静けさが舞い降りてから数瞬、俺は一つの疑問を抱いて声をかける。



 「えっと……もし、シオンさんが捕まったら、シオンさんはどうなるんでしょうか?」



 俺はこれから国に狙われるシオンの身が心配で仕方なかった。

 命を救って貰ったと言っても過言ではない出会いをしていたがゆえに、情が沸いていたこともあったからだ。

 心落ち着かない俺は、シオンに救いがあるようにと願いながらレンを伺う。



 「捕まったら、か。おそらく、極刑が下されるはずだろう。少なくとも終身刑は免れられないだろうな」


 「……ッ!」


 「……だが、おそらくそうなることはない」


 「……? どういう、ことですか?」



 捕まれば死は免れられない。

 その事実を知って俺は胸に刺さる思いを感じていたが、僅かな間の後に発したレンの言葉で、頭上に疑問符を踊らせる。



 「簡単なことだ。シオンは人を撒く技術が尋常ではない。さらに、シオンは人一倍足が速い。いくら軍隊を率いて捕らえようとしたところで、この入り組んだ街の中では捕らえることはおろか、シオンを追いかけることすらままならないだろうからな」


 「そう、なんですか……」


 (良かった……って言って良いのかわかんないけど、良かった。犯罪者とはいえ、腐った貴族たちを統制しなかった国に、助けてくれた人が捕まるのは何か嫌だからな)



 しかし、その疑問はすぐに取り除かれ、俺はレンの言葉に安心感を得ていた。



 「……シオンが捕まらないと知って安心したか?」


 「えっ……!? は、はい。まあ……」



 すると、そんな俺の気持ちが表情に現れていたのか、俺の姿を見つめるレンは朗らかな微笑みを浮かべる。

 顔から心を見透かされ、気恥ずかしさに襲われる俺は、顔が徐々に熱くなっていくのを感じながらその微笑みから僅かに目を反らした。



 「よっ、と……!」


 「「……!」」



 そんな和やかな空気の中、地面へと着地する音と共に、俺のものともレンのものとも違う一人の声が響き渡る。

 俺とレンは驚くと同時にその音の方向へと振り返る。



 「レンさんの状態から考えて、この辺にいると思ってたよ。いやぁそれにしても、さすがにこれだけ派手にやると軍隊も登場しちゃうよねぇ。撒くのがちょっと大変だったよ」



 すると、俺たちの視界に飛び込んできたのは銀糸のポニーテールを揺らすシオンの姿だった。

 かすり傷一つない姿で現れたシオンは疲れた様子を感じさせない笑顔を浮かべながら、俺たち二人の元へと歩み寄ってくる。



 「シオン……!? いったい何をしにここに来た!? 逃げたのではなかったのか!?」



 シオンは今、多くの兵に追われている状況。

 捕まることを考えれば、一早く国外へと逃亡することが妥当なことである。

 しかし、シオンは街から離れるどころか、街中にいる俺たち二人の元へとやってくるという、逃げることとは正反対の行動を取っていた。

 そんなシオンの姿を目にし、レンは行動の意図に理解が出来ない様子で驚く。



 「もちろん、この後に逃げるよ。でも、あの時言ったでしょう? シンジ君にもう一度会いに来るって」


 「……! シンジに会いに……? どうしてまた、そんなことを……」


 「少し考えればわかるよ。レンさん、この数日間の街の様子を思い出してみてよ」



 レンはシオンからの要求に疑問符を浮かべながらも、僅かに俯いて思案し始める。



 「……どう? この数日間、街で行方不明となった東洋人を探している人がいた記憶なんてある? ないでしょ?」


 「……! ああ。確かに、ない」


 「でしょ? つまり、シンジ君にはこの街に身寄りがないってことになる……フェイさんたちに捕まっていたってこととそのボロボロの服装から考えて、金目のものは全て盗まれていると見て申し分ない。そして、身寄りがないってことは住む場所もないってことになる。と言うことは、このままいくと、シンジ君はの垂れ死んじゃう可能性が出てくるってことだよ」


 (この会話からして、もしかして……シオンさんは、俺を……)



 確証はない。

 だが、俺はその会話の雰囲気からシオンが何を言いたいのか、僅かだが感じ取れた。



 「……だから、迎えに来たんだよ。シンジ君をこのまま放って一人で死なせないように……どういう経緯でここまで連れてこられたのかは知らないけど、東洋の国にまで行けば家族に会わせることが出来るかもしれない」


 「確かに、そうだな……」


 「だから……シンジ君、君の身の安全はボクが保証して上げる。故郷に帰りたくないと言うのであれば、好きな所にも連れて行って上げるよ……だから、ボクと一緒に行こう」



 シオンから告げられた言葉は薄々感じていた通りのものだった。

 優し気な笑顔と共に手が差し出され、シオンは静かに俺の返事を待つ。

 無一文で身寄りのない俺にとっては願ってもない提案だった。



 (今、ここで手を取れば、シオンさんが俺を養ってくれる……それに、色々な場所へと連れてってくれる……なら、迷う必要は……)



 俺は差し出される手へと吸い込まれるように、徐々に手を持ち上げ、その手を取ろうと腕を伸ばす。



 「待て!!」


 「「……ッ!」」



 しかし、手を取るまで後十数センチといった所で、俺とシオンの耳にはレンの叫びが響き渡った。

 その叫びに腕は止まり、唐突なその行動に驚きと動揺を感じながらレンへと視線を移す。



 「……それなら、その役目は私が担おう」



 そして僅かな間の後、レンはそう宣言した。



 「シオンはもう追われる身だ。シンジの身の安全を保証するとは言うが、まず、自分の身の安全を保証できるのか? 捕まれば、シンジも同じ罪を着せられることになるのかもしれないのだぞ。そんな状態のシオンに任せてはおけん」


 「うーん……まあ、レンさんなら安心して任せられるかな。確かにレンさんの言う通り、ボクは立場上、同業者ではない人を連れているのはよろしくないからね……じゃあレンさん、任せても良いかな」


 「ああ、もちろんだ。シンジも、それで良いか」


 「あっ、はい。レンさんが良いのであればそれで……」


 「決まりだね……」



 どちらでも良い、というのは失礼だが、贅沢を言える状況ではない俺にとってどちらの言葉も願ってもない言葉だった。

 二人の合意に基づき、俺はレンに引き取られることで話は決する。



 「じゃあレンさん、よろしく頼むよ! シンジ君もまたね!」



 すると、要は済んだとばかりにシオンは身を翻して俺たち二人へと別れを告げる。

 そして、腰にあるアンカーピストルを使って軽々と屋根の上に上がると、瞬く間に視界に届かぬ遠くへと消えていった。

 そうして、シオンが嵐のように去って行ったことにより、二人の間には静けさが舞い降りる。



 「……シンジ」


 「……! はい、何ですか?」



 そんな間を開けること数瞬、隣からは優し気な声が響き渡る。



 「これからしばらくの間、よろしくな」


 「は、はい……! こちらこそ、よろしくお願いします!」



 異世界の一日目は最悪。

 それからの一週間は地獄。

 こんな運命に見舞われるのであれば、生きてることすら意味がない。

 そう感じていたこともあった。

 だが、それらの不幸が今の幸運を呼び寄せたのであれば、俺は恵まれているのかもしれない。


 レンと共に過ごすことが決まったこの瞬間、俺は異世界での一週間をそう振り返った。

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