一章20話 自由への宣言
レンを支えながら暗い階段を上り切り、レンの誘導のもと、地に伏せ動かない人々から目を背けながら荒れた屋敷内を歩んで外へと繋がる扉までやって来た俺は、両開きの大きなその扉を力強く押し開く。
『……皆さんは、貴族たちのこの悪行を許すことができますでしょうか?!!』
すると、外から僅かに漏れ聞こえていたシオンの放送が、扉を開けると共に耳に大きく響き渡る。
そして、その音声と共に視界には芝生が青々と茂る広い庭が飛び込んできた。
「始まったか……シンジ、屋敷の爆発に巻き込まれぬよう、建物の影まで避難しよう」
「はい、わかりました」
俺はレンの体の調子が少しずつ戻っていくのに伴って足を速め、いつ巻き起こるともわからぬ爆発に僅かに恐怖を抱きながら屋敷から離れることだけに注力した。
ーーーーー
『ボクにはこれを許すことなどできません!!』
シオンは街中へと声高らかに宣言する。
すると、噴水の広場に集まった人々はシオンに同調し、彼らが発する同調の言葉はさらにシオンを勢い付けていく。
『これまで二度、ボクはこの国の貴族の悪行を暴いてきました! それに伴い、ボクに悪行を暴かれた貴族からだけでなく、市民の皆様からも数々の批判を頂きました。“人の家を炭へと変える悪魔”だの、“国を崩壊させようとする疫病神”だの、色々な悪態を吐かれてきました! けど! そんなもの痛くも痒くもない! この映像を見てまだ尚その言葉を吐けるものがいるというのなら、ボクはいくらでもその言葉を受け入れようじゃないか! 今のこの腐った国の状況を正すためなら、ボクは不幸をもたらす悪魔にでも、街を壊す破壊神にも進んで成り変わる!!』
「やっちまえシオン!!」
「腐った貴族に天罰を与えろ!!」
シオンの演説を聞き、人々の目には嫌悪から来る狂気が宿り始める。
広場の熱量は油を注いだ炎のごとく燃え盛り、誰にも手が付けられないような勢いへとなっていた。
『……今回はさすがに罰を与えなければいけない貴族の数が多い。怪我人が多く出てしまうことだろう。もしかしたら死者が出てしまうかもしれない。でも、ボクはもう止まらないよ。こんなことを放ってはおけないからね……それでは、始めようか。まずは、レザルス家だ……!』
シオンは覚悟を決めた表情で指をパチンッ、と打ち鳴らす。
するとその瞬間、街には地震のような地響きと爆発の轟音、そして塵を巻き上げながら黒煙を広げる大きな爆発が巻き起こった。
正常な思考を以て考えれば、今しがた巻き起こった出来事は明らかな異常事態だ。
しかし、人畜非道な行いを目にして殺気立っていた人々にとって、その音は異常事態どころか祝砲として捉えられていた。
シオンを取り巻く人々の中には歓声すら上げる人々すら現れ、爆発とはまた別ベクトルの異常事態がそこでは起こっていた。
『次はグランボーク家……!』
そして、その歓声がさらにシオンを後押しする。
また一つ、シオンが指を打ち鳴らすと、先程の爆発とは遠く離れた場所で新たに爆発が巻き起こった。
「やれー! シオン!!」
「全部ぶっ壊しちまえー!!」
その場の誰もが街が破壊されていくことに対して恐怖を抱いている様子はなかった。
何かに取り憑かれたように、爆発の音と共に彼らの怒りは苛烈を極めていく。
『次はアイリーン……』
「止めろーーーッ!!!!」
そうして次なる爆発を引き起こそうとした瞬間、広場には一人の女性の叫び声が響き渡る。
放送機器を使うシオンにも劣らないほどの大きな叫びに、シオンの声も、猛り狂う群衆の声も一斉に鳴り止んだ。
そして、皆の視線はその声の方向へと次々と向けられる。
「どきなさい盲信者ども!!」
その女性は強い怒りに身を染めながら人波を掻き分けていく。
「何がこの国を正すためよ! やってる事なんてただのテロ行為! 本当に悪魔そのものじゃない!! 腐った貴族に罰を与えるなんて白々しい! 大義名分を振りかざしてなんていないで、本当のことを言いなさいよ! 人の心を持たないこの悪魔が!! あんたは人も国も不幸にしたいだけでしょ!?」
そうして人波を掻き分けながら女性はシオンへと怒りをぶつけていく。
そんな彼女の怒りをシオンは一斉言葉を挟むことなく聞き入れ、シオンと同期するかのごとく群衆もまた女性に一斉の手出しはしなかった。
女性は建物の上に立つシオンに最も近い、群衆の最前列へと躍り出る。
「……つかぬことをお聞きするけど、君はいったい誰なんだい?」
そんな女性へ、シオンは放送機器を介さずに静かに問いを投げ掛ける。
「あんたが以前爆発させた貴族の家の近くに住んでいたものよ! あんたのせいで私の家も人生も粉々よ!」
「そうか……それは申し訳ないことをしたみたいだね。心からお詫び申し上げるよ」
「……ッ!」
シオンは返ってきた答えに心苦し気な表情を浮かべて謝罪を口にする。
しかし、その言葉を耳にしても女性は満足するどころか、逆にさらなる怒りを募らせていた。
「思ってもいないことを言わないで! 私はあんたから謝罪を貰うためにここに来た訳じゃない!」
「……なら、何のために?」
「こんなバカなことを止めるために決まってるでしょう!! どれだけの人が被害を被るのかわかっているの!? 私と同じように不幸な目に会う人をまた出すつもり!?」
すると、女性の問いかけにシオンはフッと笑みを浮かべ、再び機械を握り締める手を口許へとかざす。
『どれだけの人が被害を被るのかわかっているのか? わかっているさ。不幸な目に会う人を出すつもり? そういうわけじゃない。ボクが求めるのはただ一つ……! 自由だ! 何もわからぬまま捕らえられ、見ず知らずの大人たちに奴隷として売り出され、もののように扱われる! そんなの、可哀想じゃないか!! ボクはそんなものを見て見ぬふりなど出来ない! 言ったはずだ! ボクは悪魔にでも破壊神にでも進んで成り変わる!! 不自由な人たちに自由を与えるためなら、ボクはこの世界の全てを敵に回してでも突き進む!! 誰に止められようとも止まる気はない!!!』
そして、一際大きな叫びで宣言すると共に指を打ち鳴らす。
その瞬間、三度目の爆発が響き渡り、それと同時に群衆にはまた火が付き始め、止めに入っていた女性は成す術もなくその波へと飲み込まれていく。
もう誰も、この嵐のような勢いを止められはしなかった。
そんな烈火のごとき勢いに乗りながら、シオンはこの世の地獄を体現しているかのようなさらなる爆発を引き起こし続けた。