一章2話 異世界の街並み
視界は暗く、闇に包まれ、耳には多くの人の声が聞こえる。
そんな数多くの人の声は真っ暗だった俺の視界に光をもたらし始め、遠くにあった意識は徐々に戻り始める。
(何だろう……この感じ。すごく、人の気配を感じる……あれ? 俺、何をしていたんだっけ? 確か、バイトが休みになって、母さんたちが帰ってきて、それで……)
「……ッ!」
意識がハッキリとしていく中、記憶を整理した瞬間、俺はまるで誰かに叩き起こされたかのようにハッと顔を上げて閉じていた瞳を開いた。
「ぇっ……は……?」
すると、俺の瞳に映ったのは部屋の天井でも澄み渡る青空でもない、見たことのない街の景色だった。
レンガ造りの家に木造の家、自分が住んでいた街並みとは似ても似つかない、古く奥ゆかしい景色がそこには広がっていた。
ただ、その景色は外国へと観光に来ていたのであれば、とても心動かされる景色であったことだろう。
しかし、俺が目を覚ます直前の記憶は、赤信号に気付かなかった俺が大型のトラックに轢かれていたというものだった。
本来であれば道路上に倒れているか、病院のベッドの上で寝かされている状況が正しいはずなのだが、どういうわけか俺は、見知らぬ土地で、後ろから涼しさをもたらす噴水の縁石に腰掛けている状態にあった。
どこをどう繋ぎ合わせても整合性の取れない現状に、俺の頭にはいくつもの疑問符だけが踊るように浮かぶ。
(な、何がどうなってるんだいったい……というか、どこだよ、ここ? 俺、轢かれたんじゃなかったのか? 病院でも、事故現場でもないって……もしかして、これ……夢か?)
「……ッ、いって……」
現実かどうかを疑い頬をつねった俺はジンとくる痛みに指を離し、夢ではないという事を確かめてさらに疑問符を踊らせる。
(夢じゃ、ない……ということは、どういう事だ? あの速度のあの大きさのトラックに轢かれたってことを考えると、俺は死んだって考えてまず間違いないはず……つまり、そうなってくるとここは天国ってことなのか? いや……でも、死んでたらたぶん痛みなんて感じないだろうし……もしかして、現実とは別の世界、なのか? 平行世界とか、異世界とか、そういった物語の設定であるような類いの……)
「……あれ、ちょっと待てよ」
摩訶不思議な現状をしっかりと把握するために、記憶を整理しながら現在を見つめていた俺はあることに気がつく。
「俺、死んだのか……」
それは、自分の人生が終わった、という事実だった。
認めたくなくとも認めざるを得ないその事実に気がつき、俺は頭を抱えると同時に自然と笑みが溢れた。
(……嘘だろ。俺、まだ十六だったんだぞ? 確かに、事故が起きた原因は俺にあるし、あの状況は誰がどう見ても全面的に俺が悪いんだけど、こんなのってありかよ……)
熱いものが込み上げてくる感覚に襲われながら、俺は作った笑みを浮かべてそれを堪える。
そうして、頭を抱えたまま涙を堪え続け、目に込み上げる熱さが引いていくのを感じた後、俺は小さく吐息を吐いた。
「まあ、良いか……どうせ、生きていたとしても、あれから心から笑えて過ごせていたかなんてわからないし……むしろ、無限の可能性があるこっちで生きた方が良いかもしれないな」
そして、誰にも聞こえないような声でそう呟き、俺は心を改めて顔を上げ、改めて深く街の景色を眺め始めた。
目の前だけでなく、背後や身の回りにまで視線を回し、今いる場所が広場のような場所であるということを確かめる。
(それにしても俺、異世界にやって来たのか……漫画やアニメの世界であるようなものに、まさか自分自身が行くことになるとは思ってもみなかったな……それよりも、何だかここは随分と男の数が多いな。もしかして、ここは男の人口が多い街、とかなのか?)
そうして流れ行く人波を眺め続けること数分、俺は道行く人の男女比が男性が優勢であることに気がつく。
そして、一つ気になる点を見つけ始めると、今いる街に対する興味はどんどんと増し始めていった。
(全てが新鮮な景色であることは確かだけど、ずっと同じ景色を眺めるのはさすがに少し飽きてきたな)
「……少し不安はあるけど、色々と回ってみようかな」
現状に対する飽きが来ていたことも相まって、未知への興味に駆り立てられた俺は不安を抱きながらも立ち上がり、他にどんな街並みが待っているのかという期待を膨らませながら街を散策するために異世界での一歩を踏み出した。
街を奥へ奥へと歩み進めていくほどに、現代では見られない姿を見せる街の姿に俺は心を踊らせた。
ゲームの世界やアニメの世界、漫画や小説の世界観にある景色を自分のその目で目の当たりにし、俺は幼い子供に戻ったかのように瞳を輝かせた。
ひとつ通りを通れば昼間から酒を飲み交わして賑やかとも騒々しいとも取れる笑い声を上げる女性たちの声が響き渡る。
また一つ別の通りを通れば、大道芸人が寄り集まる子供たちを楽しませる光景が道の端で笑顔を溢れさせていた。
俺は色々な形の幸福に満ちた光景を眺め、供給され続ける目新しさに心を踊らされ、既に元いた世界への記憶を忘れるほどに異世界の景色にのめり込んでいた。