一章18話 罪
カツン、カツンと、レンが剣を松葉杖代わりにする音を耳にしながら、俺たち二人は一段ずつゆっくりと階段を上がっていく。
階段を取り囲む岩壁には明かりを灯すための燭台が設けられていたが、所々が消えているせいで足元は闇のように暗く、僅かな段差とはいえ、両手足と片足に痺れが残る今のレンにとっては非常に危険なものとなっていた。
「あの、レンさん……」
「……ん? 何だ? シンジ」
そんな暗く静かな中、俺はレンへと恐る恐る声を掛ける。
「さっきのシオンって人は、いったいどういう人なんですか? 助けに来てくれた人だってことはわかったんですけど、レンさんとは何だか、敵対関係にあったような感じがしましたけど……」
俺はどうにも、先程のレンとシオンの会話が気になって仕方がなかった。
レンが俺にとって正義の味方であることは出会いの経緯からして揺るぎない事実だ。
そしてシオンもまた、俺たち縛られた立場にあったものたちを解放した、善意に溢れる行動を取った人物であることもまた事実。
しかし、会話の中でのレンの様子は、仲間であることはおろか、むしろフェイらに向ける敵意と同じようなものすら感じられた。
レンは俺の問いにすぐさま答えは出さず、僅かな間、足音だけが耳に響き渡る。
「……彼女は正義の味方であると共にこの国ではお尋ね者としてその身を追われている、私としても少々扱いに難しい人間なんだ」
「えっ……」
レンは困ったような笑みを浮かべながら、シオンについて語り始める。
「お尋ね者って……つまり、犯罪者ってことですか?」
「ああ、そうなるな。罪状は、窃盗と器物損壊」
「窃盗と、器物損壊……」
俺にはレンの言葉は信じられなかった。
それは僅かな時間とはいえ、触れ合ったシオンの心にはモルダやリゼたちとは違う、優しさや温かさがあったからだ。
それだけで人を量れるわけではないことは頭でなんとなくはわかっている。
しかし、心に浮かんでくるシオンに対する感情は、良い印象しか浮かんでは来なかった。
「えっと……でも、犯罪者なのに、正義の味方なんですよね?」
「ああ。シオンは縛られた立場にあるものたちに救いの手を差し伸べる正義の味方なんだ。シオンの窃盗の罪は、貴族たちが買っていた奴隷の解放にある。普通なら貴族側が人身売買に関わった罪で裁かれるべきなのだが、彼らは裁判官を買収して自分たちの罪を無きものとしている。そして、奴隷の解放に対して所有物を盗まれたなどと言い張り、彼女に罪を被せているのだ。この国では司法の決定は絶対だ。この国の王がシオンの行為を許す、くらいのことがない限り、この国ではシオンはいつまでも犯罪者として生きていかなければならない」
そんな俺はシオンを取り巻く現状を知り、言葉を失った。
正しきことをしているにも関わらず罪人の汚名を着せられている、その事を理解し、俺の心には沸々と怒りが沸き始める。
「なんだよ、それ……あの人は、何一つ悪いことなんてしてないじゃないですか!? 貴族の勝手でありもしない罪を被せられている、ただそれだけじゃないですか!?」
「その通りだよ、シンジ。貴族と言うものは実に勝手だ。全員が全員、そうと言うわけではないが、皆自分たちに都合の良いように世界を作ろうとしている。そして国もまた、国を支える立場にあるものたちが多い貴族たちの意見を無下にはできない。変化が怖くて、正そうにも正す勇気が出ないんだ。シンジのその憤る気持ちは十分にわかる。この国の半数はシオンの行動を理解し、支持し、応援している。シンジと気持ちは同じだ……だがその反対に、この国のもう半数の民はシオンに良い感情を持ってはいないんだ。その反感の感情を芽生えさせたのが、器物損壊の罪」
「……! あの人は、何を壊したんですか?」
「シオンが壊したのは、この国の街だ」
「えっ……」
俺は貴族への私刑として彼らが持つものの中で最も大事なものを壊した程度のことだと思っていた。
それがゆえに、鼓膜を打ち鳴らした言葉に耳を疑った。
俺は予想だにしない回答に驚きを隠せず、階段の途中で足を止める。
「……ま、街って……この、今いる街のこと、ですよね?」
「ああ、この街をだ。シオンは奴隷を解放した後、必ずそれに関わっていた屋敷を爆発させる。それも、原型が残らないほどに跡形もなくだ。これまで、奇跡的に死者を出すことはなかったが、屋敷周辺の家は軒並み被害を被っていた。だから、シオンが正しい行動を取っているとわかってはいても、素直に受け入れられてはいないんだ」
「そう、なんですか……」
(だから、早くここを離れろなんて……)
善行を行うシオンが犯罪者である理由、俺やレン、捕まっていた人々に放った言葉の意味を知り、俺の中に残っていた疑問はほとんど消え去っていった。
(……でも、じゃあ何で最初に待っててなんて……あれは一体、どういう意味で……)
「……シンジ」
「……!」
ただもう一つだけ、俺の中には疑問があった。
しかし、それに考えを巡らせているとレンの呼び声が響き渡る。
「この屋敷も時期、跡形もなく爆発してしまうはずだ。だから、そうなる前に早くここを離れよう」
「は、はい……!」
今の俺とレンの歩行速度は通常のものよりも遥かに遅い。
このままのんびりとしていてはシオンが巻き起こす爆発に巻き込まれて死ぬことは免れ得ないだろう。
レンの言葉に促され、俺は今やるべきことを思い出す。
そして、レンをしっかりと支えながら、終わりが見え始めている階段を上り切るために再び歩み始めた。