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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章15話 剣と素手

 睨み合ったまま沈黙を迎えた二人は、構えた状態を維持したまま硬直していた。

 おそらく、二人の間では既に駆け引きが行われているのであろう。

 沈黙の中に張り詰める緊張感は端から見ているだけの俺にも強く感じ取れるほどのものだった。



 (あの人……本当に、素手でやるつもりなのか? あんなこと言っていたが、どう考えても舐めてるとしか言いようがない。もしかして、油断を誘っているのか?)



 俺は耳に響き渡ったフェイの言葉を完全に信じ切ってはいなかった。

 戦いに卑怯はないと言っていたからこそ、どこかに隠し持っていたナイフを瞬時に取り出し意表を突く、などという搦め手を使ってくるのではないかと、俺はそんな風に感じていた。



 「……ッ!」



 そうして考えを巡らせていると、唐突に沈黙の時間は破られる。

 レンが自ら動き出したのだ。

 レンは勢いよく駆け出し、フェイの首を跳ねんとして横薙ぎに剣を振り払う。



 「なっ……!?」


 (嘘だろ!? 素手で剣を弾いた……!?)



 そういった考えを巡らせていたからこそ、視界に飛び込んできた光景に俺は度肝を抜かれた。

 金属が交わるような音は響いておらず、離れた場所から戦いへと視線を注いでいた俺の目には武器を手にしていた様子は映ってはいなかった。

 それがゆえに、素手で刃に対抗したと言う目を疑うような光景を事実と認めざるを得なかった。

 ただそれだけではなく、鋭い刃に触れていながら、血飛沫が飛ぶことはおろか、フェイの手には血が滲む光景すら訪れてはいなかった。

 俺は驚愕に目を見開きながら繰り広げられる剣劇に視線を注ぐ。


 刃が振るわれるのに合わせて手刀を合わせ、手に沿うように刃先を滑らせて剣を弾いたフェイの姿に、レンは一瞬驚きはすれど動揺することはなかった。

 それは数瞬前に交わした会話があったからだ。

 素手で十分だと言う並々ならぬ自信、不気味な笑みの奥底から垣間見える強者の風格。

 自らの直感が感じ取った相手の異様さを鑑みれば、それくらいのことをやっても当然だ。

 そういった心構えがレンの中に形作られていたからである。

 レンは横薙ぎの一撃だけに止まらず、二撃、三撃と、縦に斜めに追撃の剣を振るう。

 しかし、その追撃は服の一端を掠めることすらなかった。

 フェイは華麗な体捌きと、刃に手刀を合わせることのみでレンの三連撃を軽々といなす。



 「ふふっ」


 「……ッ!」



 その程度の攻撃を凌ぐことなど朝飯前です、そう言わんばかりの笑顔だった。

 力の入る一瞬の攻防に呼吸一つ乱さず、素手で受けると言う緊迫する状況に汗一つ浮かべることなく、フェイはかかってきなさいと言った様子で構えたまま動くことはない。

 すると、売られた喧嘩は買おうと言うかのように、レンは再び自ら迫っていった。


 余裕を保ち続けるフェイの姿に、レンは苛立ちを募らさぬよう心を抑制しながら剣を振るう。

 それは、相手の態度に心を乱して振りが大きくなれば、大きな隙を生み出し、相手に反撃の余地を与えてしまうとわかっていたからだ。

 鋭く速く、且つ次の攻撃をすぐさま出せるような繋ぎ方で、レンは幾度となく剣を振るい続ける。



 (レンさんの攻撃が全部見切られてる……! 全然当たらない……!)



 並みの相手なら既に数人、十数人と切り伏せ、地に横たわらせていたことだろう。

 しかし、どれだけ鋭い攻めを続けようともフェイにはそれが届くことはなく、行動を誤らないフェイはレンの攻撃を完璧に捌き続けていた。

 ただ、苦しい状況ではあってもそれは不利ではなかった。



 (けど、リーチでは勝ってる……! その圧倒的な有利は簡単には覆らない……! レンさんが攻めあぐねているのは確かだけど、このまま攻め続けていればいつかは届くはず……!)



 それはレンもまた完璧な攻撃を繰り出し続けていたからだ。

 レンの怒濤の攻撃の嵐にはフェイが反撃を挟む隙間がなく、反撃の機会を伺うフェイを守ることに徹しさせていた。

 フェイが人間である以上、完璧を継続し続けることなど不可能。

 いずれは行動を誤り、畳み掛ける隙が現れることは明確だった。



 「「……ッ!」」



 すると、息つく暇もない怒濤の連続攻撃を前に、フェイは剣を弾くと同時に大きく飛び退いて僅かに間合いを取り始める。



 「ふふっ……思っていた以上にやりますね。正直、武器を構えろなどと言い出した時は素手だけでも圧倒できると思っていたのですが、ここまでできるとは……」


 「……人に色々と言っておきながら、自分も随分と驕っているようだな」


 「いえ、私の場合は少し違いますよ。私は戦いを楽しみたいんです。全力で臨むことなどいつでも出来ますが、それをやってしまってはせっかくの楽しみがすぐに消えてしまうでしょう?」


 「それが驕りというものだろう」


 「……ふふっ、否定はしません」



 フェイの言葉は明らかにレンの気を逆撫でようとしているものだった。

 しかし、レンは声色を低くしてはいるものの、一目見てわかるような取り乱し方はせず、小さな苛立ちを瞳に燃やしながらも冷静さはしっかりと保ち続けていた。



 「……ですが、今回はここを離れなければならないので、そう長く楽しんでもいられません。私は人を待たせるのが嫌いなのでね……既にモルダたちが準備を整え終えているとも限りませんから、今からはほんの少しだけ本気をお見せしましょう」



 すると、フェイは笑みを浮かべながら腰を低く構え、先程までとは違う、その場の重力が強くなったとも感じられるほどの強いオーラを放ち始める。

 その空気の変化に、レンはハッタリではないと察して、柄を握る手に力を込めながら静かに一つ息を吐き、自身の前で剣を構えた。

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