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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章30話 本心

 状況は完全にアウェイ。

 戦況は多勢に無勢。

 鍛え抜かれた複数の王国の兵士をたった二人、互いに与えられた責務を考えればたった一人で凌ぐことはまず不可能。

 俺に与えられた時間はごく僅かしかないことは容易に察せられた。



 (自分の子供にあんな言葉を平然と言えるような人のところに、レンさんを置いておけるか……!)



 どんな言葉を掛ければ心を動かせるのか。

 十数年しか人生を歩んでいない俺には、人の心に語り掛ける言葉など何一つわからなかった。

 しかし、怒りに揺れる心だけが、まるで俺の心ではなくなったかのように、何も思い付かぬまま俺自身を駆り立てる。

 こんな心のない場所から早くレンを連れ出せ、と。



 「レンさんは、本当にそれで良いんですかッ!? 自分の人生なのに、他人が敷いたレールの上で一生を終えても、それで後悔は無いって言えるんですか!?」



 考えを纏めている余裕はなかった。

 シオンが迫り来る衛兵たちへの対処へと動き始めたのを機に、俺はもう一度レンへと語り掛ける。



 「レンさん、手紙に書いていましたよね? もう我が儘は言えないって。それってつまり、もっと我が儘を言いたいって事なんじゃないんですか!? もっと自由に、今を楽しんでいたい、そういう事なんじゃないんですかッ!!?」



 激しい金属音が鳴り響き続けていた。

 シオンは俺には指一本触れさせはしないと言わんばかりに、アンカー式の銃と手にするナイフを駆使して複数の衛兵と一人で渡り合う。

 一見すれば互角に見える戦い。

 だが、幾らか死線を潜り抜けてきたからこそ、俺の未熟な戦いの勘でも、シオンには既に余裕がないという事がすぐさま感じることが出来た。

 見れば見るほどに、シオンを助けに行きたいという気持ちは強さを増していく。

 だが、俺はその感情をぐっと堪え、レンだけを真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。



 「レンさんの口から、ちゃんと本心を言って下さい! 本当に、それで良いんですか!?」


 (その気が無いことくらい、変わらない態度でもうわかってる。だから、それが固い意思で決めた本心だったのなら、無理に連れ出したところで戻っていってしまうから諦めるしかない。でも、もしそうじゃないのであれば答えて欲しい……! 俺の思いを受け止めるでも突っぱねるでも何でも良いから、レンさんの口から本心をハッキリと聞かせてくれ……! じゃなかったら、諦めるものも諦めきれない……!)



 これで心を動かせるわけなどない。

 それは自分でもわかっていた。

 だが、内にあるであろう本心に語り掛けるくらいしか、言葉が浮かんでは来なかった。

 せめてもの希望を見出ださせて欲しい。

 そんな願いを胸に抱えながら、俺は俯くレンへと返答を待つ。



 「……レン」



 答えてやれ。

 そう言わんばかりに、女王は短く一言、厳格な声音でレンの名を呼ぶ。



 「私は……」



 すると僅かな間を置き、レンの口から小さな声が響き渡り始める。



 「私はもう、シンジたちを危険な目に遭わせたくないんだ……」



 呟かれたその言葉は、問いに対する肯定でも否定でもない、俺たちの身を案じる思い。

 俯いていた顔を上げたその表情も、響き渡ったその声音も、どれも切実な、嘘偽りがないと感じるものだった。



 「私はバカな女だ。悪事に手を染めている人がいれば、後先考えずに首を突っ込んでしまう。そのせいで、いつも危険と隣り合わせだった。シンジならよくわかるはずだ……」


 (わかりますよ……何度も危険な目に遭ってきた。死ぬ直前まで行ったことだってある)



 レンの言葉に、思い出されるのは死と隣り合わせだった戦いの記憶。

 何も力を持たぬまま追われ、覚悟が出来ずに窮地に陥り、圧倒的力量差の前に終わりを悟った。

 そんな危ない橋を渡るばかりの記憶、そればかりが思い出されていた。



 「それに、私は関わる人に不幸を引き寄せてしまう。今の状況がそれだ。お母様にとっても、シンジたちにとっても、命を脅かすような状況を私は招いてしまっている……。

 もう嫌なんだ……! 私のせいで、誰かが傷付く姿なんて見たくない。シンジたちを思うからこそ、自分自身が痛い目に遭って、それを強く思うようになった……! だから、私を思うのであれば私のことは放っておいてくれ! 私のせいでシンジたちを死なせるようなことにはなりたくないんだッ!」


 (……でも、そんなの関係ないッ!)



 レンの言葉には全て心の叫びなのだという、真実味が帯びていた。

 しかし紡がれたそれの中に、このままで良いという、今の自分に置かれた状況を受け入れる、という言葉はどこにもなかった。

 それだけで俺にとっては戦い続けるに十分な理由だった。



 「レンさんの為なら、死ぬことなんて怖くないッ!」


 「……ッ!」



 レンの叫びに呼応するように、俺は腹に力を込めて叫び声を響かせる。

 身を案じている。

 その思いが伝われば理解してくれる、諦めてくれる、そう思っていたのだろう。

 悲痛な叫びから一転し、レンは動揺する素振りを垣間見せながら言葉を詰まらせる。



 「あの日、この街の地下で、もし奴隷として売られていたのだとしたら、俺の人生はそこで終わっていたようなものだった……! あの日、レンさんが俺を助け出してくれたから、俺は今こうして生きていられているんです! だから、レンさんの為なら命なんて惜しくないッ!」



 一人、また一人と床に倒れ伏す姿が視界に映る。

 手持ちの全てを駆使してシオンは孤軍奮闘を続けていた。

 だが、それももう見るからに限界が来ていた。

 いくつも刃が掠めたのであろう薄い血の跡が、頬に、腕にと、何本もの筋を作っていた。



 「まだ、質問に答えてもらっていません! レンさん、本当にこのまま親の言いなりで良いって言うんですか!? どんな命令にも頷いてばかりの、奴隷みたいな人生で良いって言うんですかッ!!?」


 「……聞いて呆れるな。まるで私がクズとでも言いたいようではないか」



 気を逆撫でるのは承知の上だ。

 時間がない以上、もう言葉を選んではいられなかった。



 「衛兵ッ! いつまで手をこまねいている! さっさと片付けんかッ!」



 すると次の瞬間、辺りには女王の喝が響き渡る。

 特別動きが悪いわけではなかった。

 だが、それを耳にした瞬間、衛兵たちは皆魔法でも掛けられたかのごとく、一段階より強さを増してシオンへと襲い掛かり始め、その内の二人は、シオンの防衛線を潜り抜け真っ直ぐに俺へと向かって駆けてくるのが視界に映る。

 庇われ続ける時間はもう終わりだ。

 そう覚悟を決め、俺はレンへと注ぐ視線は切らさないまま剣を抜き、迫る衛兵へと構える。



 「親に我が儘を言えないって言うなら俺に我が儘を言ってください!」



 迫る衛兵は駆ける勢いをそのままに、深く踏み込んで剣を振り下ろしてくる。

 後ろには間髪入れることなく次の一人が迫っているのは把握している。

 鍔迫り合いだけは最悪の一手だ。

 俺は真っ向からぶつかるように剣を振り払い、刃が交わるその瞬間、絶妙な力加減を調節して刃を滑らせ、自身の背後へと一人目を受け流す。



 「どこか行きたい場所があるならどこにだって付いて行きます! 助けて欲しいって言うならどんな場所にでも必ず助けに行きます! 居場所が無いって言うなら俺がレンさんの帰る場所にだってなります!」



 レンの心へと叫びながらでは、思うように力が入らなかった。

 どうにか力任せに剣を振り払い、二人目から振り下ろされる剣を弾き返しはしたものの、その重い一振りに手は痺れ、連続するたった二合の打ち合いで俺の体勢はもう僅かに崩されていた。



 「だから、自分の心に正直になってください! レンさんが俺にしてくれたように、今度は俺が守るからッ!!」



 だが、ここで止まるわけにはいかなかった。

 戦いへとのめり込めば、もう頭は回らず、言葉を紡ぐ機会も失せてしまうのは察せられた。

 今この状況で振り絞る以外に、レンの心へと語り掛けるチャンスは俺には見えなかった。

 思い付く限りを声に出し切り、俺は背後の殺意へと振り返って剣を振るう。



 「……ッ!」



 金属音が鳴り響いた瞬間、手から重みが一瞬にして消え去った。

 振り払ったはずの腕は頭上に上がり、上体は浮わついている。

 一瞬のラグの後、剣が弾き飛ばされたのだと瞬時に頭が理解した。

 そしてそれと同時に、背中には嫌な汗がヒヤリと溢れ出す。

 だが、どうすることも出来なかった。

 眼前には俺の剣を弾き飛ばした衛兵が、俺とは対照的に力強く剣を握り締めて顕在し、そして、直前に弾き返した人物は既に体勢を整えているであろうことは明白。

 俺にはもう、死を悟り、受け入れるくらいしか出来ることは残されていなかった。



 (やっば……)



 背中から凶器が迫ってくる感覚が襲ってくる。

 振り返ることすら体が追い付かない。

 死ぬことなんて怖くない。

 そうは言ったものの、いざそれが瞬時に迫ってきているとわかると一瞬にして心に恐怖が溢れ出してきた。



 「シンジくんッ……!」



 終わった。

 そう心が諦め掛けたその時だった。

 諦めるなと言わんばかりの叫びと同時に、耳元で剣がを打ち砕かれるような鈍い金属音が鳴り響く。

 それはシオンの銃から射出されたアンカーが剣の腹を撃ち抜く音だった。

 だが、一つを防いだところで俺の眼前にいるもう一人を止めることは叶いようがない。

 俺はただただ成す術もなく、浮わついた体が床へと倒れ行く感覚を味わいながら、迫る白刃を呆然と眺めているばかりだった。



 「……ッ!?」



 痛みと金属音、辺りを漂う空気の変化。

 死を悟った次の瞬間、それらが瞬時に、同時に俺の五感へと駆け巡る。

 感じる痛みは尻にのみ。

 斬られなかった。

 そう状況を理解しながら俺は天を仰ぐ。

 すると、俺の視界に飛び込んできたのは煌びやかに揺れる長い金糸の糸。

 いつもよく見ていた、頼りがいのある背中が俺を背後に背負い、弾かれたはずの俺の剣を手にして衛兵の前に立ちはだかっていた。

 その背中は一瞬の間を置き、美しい長髪をさらりと揺らしながら、言葉なくこちらへと振り返る。



 「……まったく、守ると言うのならもっと格好いいところを見せてくれ。あまりにも頼りなさ過ぎて、これでは放っておけないじゃないか」


 「レンさん……!」



 振り返ったレンの表情は仕方がないと言わんばかりの、儚げな笑みが浮かべられていた。

 だが、ただ困っているような様子ではない。

 どこか嬉しそうな、苦笑と微笑が入り混じったような、そんな笑顔がそこにはあった。

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