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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章28話 女王

 薄れ行く煙を突き破り、部屋の中へと足を踏み入れ、俺は多くの視線が一身に注がれている感覚を味わいながら、シオンが足を止めるのとほぼ同時に立ち止まる。

 視界に映る全てが、これまでに目にしたことがないようなものばかりだった。

 高い天井、広い床、真っ直ぐに伸びる赤い絨毯。

 黄金色に輝く燭台には火が灯り、部屋に漂う空気からは荘厳さが溢れ出る。

 武器を手にする兵たちは俺とシオンへと強い敵意を向け、主を守護する準備は既に整っていると言わんばかりに強い警戒心を放っていた。



 「な、何故……」



 すると、爆煙を突き破ってから立ち止まること数瞬、視界の前方中央からは困惑の色を帯びた小さな声が響き渡る。

 聞き馴染みのある声だった。

 聞き間違いなどするはずもない、優しくも頼もしさの溢れ出る声だった。



 「……! レンさ……」


 「どうして、こんなところにまでやって来たんだッ!?」



 その声を耳にし、その姿を目にし、俺の顔は自然と綻んで、口からはレンの名を呼ぶ声が意図することなくポロリと溢れ落ちる。

 しかし、その呼び掛けを最後まで言い切ることは出来なかった。

 困惑や怒りが絡み合ったレンの叫びに、俺は石にでもされたかのように口を開いたままピタリと固まる。



 「もう一緒にはいられないと、事情は全部手紙に記したはずだぞ……!?」



 これほどまでに激昂している姿は初めてだった。

 いつも穏やかで、胸に熱い火を燃え滾らせる時も常に冷静で、取り乱すような姿を見せることなど想像も付かないレンが見せるその姿に、俺は困惑を隠し切れずに呆然と立ち尽くす。



 「何の用があってこんな危険を犯した!? こんなことをしてはもう、生きて帰ることすら出来なくなるかもしれないんだぞッ!!」


 「やっぱり、こうなっちゃうか……」


 (何の用……)



 レンの表情はどこか哀しみを堪えているような様子すらあった。

 怒りだけではない。

 人の身を案じる優しさに溢れるぶつけ難い怒りを、レンは駄々を捏ねる子供のように感情任せに吐き捨てる。



 (そんなもの、決まってる!)



 シオンの呟きが聞こえた気がしたが、それを考えている余裕などなかった。

 感情をぶつけてくるのであれば、同じように応えよう。



 「レンさんを、助けたいからですよッ!!」


 「……ッ!」



 そう心に決め、俺もまた声を大にしてレンへと本心を叫ぶ。

 広い玉座の間には、その叫びは高らかに響き渡る。



 「事情は手紙に記したって、いったい何を記したって言うんですか!? 俺にはあそこに書かれていた言葉の全てが、助けて欲しいって言葉にしか感じませんでしたよ!!」



 玉座の間はシンッと静まり返っていた。

 二人の感情のぶつけ合いに、その場にいる皆が俺とレンのただ二人にだけ視線を集め、侵入者がいるという状況すら忘れて呆然としていた。



 「……レン」


 「……ッ!」



 すると、そんな空気を一瞬で振り払う厳格な声音が一言、辺りに凛と響き渡る。

 俺の叫びから僅かに一瞬、間を開けてのことだった。

 響き渡った声にレンはビクリとその身を震わせ、その場にいる全員が吸い寄せられるように、一斉にそちらへと振り返る。



 「だから言ったでしょう。いつか必ず邪魔になるのだから、余計な繋がりなど作るなと」



 レンの佇むさらに奥に、その声の主は座していた。

 レンと同じ煌びやかな金糸の長髪が目を引く美しい女性だった。

 だが、そこにはレンのような優しげな雰囲気は微塵も感じられなかった。

 王衣を纏い、威を放ち、頬杖を付いて冷たく細めた瞳でこちらへと視線を向ける彼女の姿は、一目でこの国の王なのだと察せられるほどの風格だった。



 「……も、申し訳ありません、お母様」


 (レンさんの親ってことは、あの人が、この国の王……!)



 王から注がれる鋭い視線に、レンは萎縮した様子で謝罪の言葉を口にする。



 「ですが……!」


 「言い訳は要りません。あなたが私の命に背いたことに変わりはないのですから」


 「……ッ!」



 許して欲しい。

 そんな懇願の言葉が聞こえてくるかのような表情をレンは浮かべていた。

 しかし、女王は一言でさえ弁明を聞く気はない様子だった。

 レンが次の言葉を紡ぐよりも早く、女王は断固とした拒絶を示し、この状況ではもう無駄だと分かりきっているのだろう。

 レンは絶望に打ちひしがれながらそれ以上の弁明を諦め、悔しげに唇を噛み締めて俯く。



 「……親の命令に従うことが、そんなにも大事なことなのかよ?」



 そんなレンの姿を目にした瞬間、防波堤が崩れたかのごとく、俺の口からは思い浮かんだ言葉が次々に溢れ落ちていった。

 口答えするものなどいるはずもない。

 そんな常識とも言うべき暗黙の了解が、その場にいる全員の中に共有されていたのかもしれない。

 俺の声が玉座の間へと小さく響き渡ると、その声の大きさに反し、辺りは一瞬にして静寂に包まれた。

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